(本記事は、宮村岳志氏の著書『ブランディング・ファースト』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

中小企業にいま最も必要な施策はブランディングである

ブランディング
(画像=PIXTA)

最初に、本書における“ブランド”と“ブランディング”の意味を定義しておきましょう。

ブランド(brand)の起源は、畜産家が牛に、区別のための焼印をつけたことにあります。家畜やワインの酒樽などに、産地等の区別をするためにマークを入れたわけです。

今日、ブランドと聞くと、フェラーリの跳ね馬やアップルのリンゴマークのように、「抜きん出た品質」や「ユーザーの持つ良いイメージ」を保証するビジュアルやロゴマークなどをイメージする方も多いでしょう。私たちに寄せられるブランディングのご相談でも、ロゴマークの変更が念頭に置かれているケースは少なくありません。

そのイメージは、ある一面だけを見る分には間違っていません。

だからと言って、「事業・商品・サービス(以降、表記をシンプルにするために、企業が生み出したものという意味で“プロダクト”とのみ記します)の質はまったく関係なく、優れたビジュアルがあればブランドになる」というわけでもありません。

また同時に、フェラーリやアップルのように、「圧倒的な品質や人気を誇る企業にしか、ブランドは確立できない」という話ではないのです。

ブランディングとは「柱の確立」である

私がよくお客さまへの説明として用いるのが、「ブランドは“柱”である」という表現です。

柱は、決して特別なものである必要はありませんが、なくてはならないものです。

理屈の上では、壁を四面立てて、床と天井で上下を塞げば、家のような構造体はできます。しかし、その構造体を「ビジネスを長く続け、発展していく企業」と考えるとどうでしょうか。柱がない壁だけの構造体では、ちょっとした揺れで崩れてしまいそうです。

つまり、企業という構造体は、プロダクトや、その背景にある経営者や企業の強い思いといった柱があってこそ、安定して自立できるのです。

このように表現すると、“ブランド”とは、高級品や超一流企業のロゴマークなどに限ったものではないとご理解いただけるでしょう。たとえば、菓子・食料品を販売する株式会社やおきんにとって、「うまい棒」は1本10円でも「低価格でうまいお菓子を届けたい」という企業の強い思いという柱(=ブランド)を背負った立派な大ブランドです。

ただし、たとえ利益を上げている企業であっても、「これがブランドである」と言い切れる柱が、必ずしもあるとは限りません。また、反対に、柱にしたいもの、柱になるべきものはあるものの、まだまだ道半ばで、世間からは柱と認識されていないプロダクトもあるものです。

私たちは、そんな企業の中にある、「柱にしたいもの」「柱になるべきもの」を、誰もが納得するブランドとして確立させるための施策を“ブランディング”と呼んでいます。

その上で、社内的には間違いなく柱と言えるが、社会的には認知度が低いプロダクト等をより知ってもらうための施策も“ブランディング”の一部と言えるでしょう。

このように、ブランディングとは、決して企業やプロダクトの知名度を、単に上げようとする広告宣伝のことではありません。

私たちの考えるブランディングの対象は、その企業や組織において一番大切な宝物です。そして、その宝物をクライアントの柱=ブランドに育て上げるのが目的となります。

時折、「知名度が上がればブランドになる」と考えている方を見かけますが、それは間違いです。

ブランディングを行ったことで、結果的にプロダクトの知名度が上がることはありますが、そのための戦略や実行すべき施策は、一般的な広告とはまったく別物なのです。

ブランディングとは、“知らせる”という狭義のものではなく、企業の柱を“見つけ、育て、強くする”その一連の過程を指すものです。

ブランディング・ファースト
(画像=ブランディング・ファースト)

ブランドは大企業だけのものではない

私がブランディングを手掛ける中でよく感じるのが、「ブランドは大企業のもの」と捉えている方が非常に多いことです。しかし、それは大きな勘違いだと考えています。

先ほど、うまい棒も立派なブランドだとお伝えしましたが、ブランドの値段や種類がさまざまであるように、ブランドという柱が支える企業の規模もさまざまです。

たとえば、ジーンズの「リーバイス」で知られるリーバイ・ストラウスは、「桃太郎ジーンズ」で知られる株式会社ジャパンブルーの100倍以上の売上規模を誇りますが、だからといって「桃太郎ジーンズはブランドじゃない」と考える方はほとんどいないでしょう。ジーンズが好きで、リーバイスよりも桃太郎ジーンズを愛好している方も、たくさんおられるに違いありません。

このことからもわかるように、ブランドやブランディングは、決して大企業だけのものではないのです。

もちろん、優れたブランドを抱える大企業は数多ありますが、「ブランドを確立したことで大企業になった」という順番であるケースも多いはずです。

極端な例ですが、アップルのブランドの核となるものは、創業者であるスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが出会ったとき、すでに生まれていたと言っても過言ではないでしょう。

大きな会社だけが主役の時代は終わった

巨大企業,決算,時流
(画像=canadastock/Shutterstock.com)

規模の経済の時代から、品質の経済の時代へ

ここでは、「なぜブランディングが必要なのか」。すなわち、ブランディング・ファーストであるべき理由を、社会的な背景から説明していきます。

時代は大きく変化している

かつては、それなりの品質のプロダクトさえあれば、広告を打てばそれなりに選ばれ、それなりの売上・利益を上げられる時代でした。この延長線上にある企業は、いまも少なくありません。

しかし、同じやり方で多くの企業が元気でいられる時代はもう終わりつつあります。特に、リーマンショックや東日本大震災は、その傾向に拍車をかける出来事でした(新型コロナウイルスの影響がとどめを刺すことになるかもしれません)。裏を返せば、近年、苦戦している企業の多くは、時代の変化に合わせてビジネスモデルをアップデートできていない、とも言えます。

もちろん、不景気の影響も小さくはありません。ただ、企業の不振は不景気の原因の1つでもあります。「鶏が先か卵が先か」という話ながら、時代の変化についていける企業がもっと多かったら、もう少し違った未来もあった気がしてしまいます。

では、時代はどう変化したのか?

端的に言えば、「規模の経済」から、「品質の経済」への移行です。

厳密には、規模の経済が完全に終わったわけではありません。しかし、いまやそのメリットを得られるのは、ごく一部の超大企業のみになりつつあります。

ブランディング・ファースト
(画像=ブランディング・ファースト)

コンビニエンスストアやスーパーマーケットのプライベートブランド(PB)商品が顕著な例ですが、母数の大きさによって、中小企業を大きく上回る原価の圧縮を実現し、開発力でも圧倒的に勝っているため、「安いけどそこそこ」ではなく、「安いけど高品質」なプロダクトが次々に生まれています。

こうした背景から、ユーザーの「平均的なプロダクト」のイメージが大きく上書きされています。そんな時代に、中小企業がコモディティ化(均質化して付加価値が低下)した市場で、大手の開発力と真正面から競い合うのは難しいでしょう。

「安くて高品質」は当たり前。平均値は上がり続ける

これは、コンビニやスーパーに並ぶような商品に限った話ではありません。ありとあらゆる分野で、大企業はどんどん高品質のプロダクトを繰り出していき、不人気のものはすぐに入れ替えられ、新しいプロダクトがリリースされています。

変化のスピードが早く、なおかつ品質も高い。そんな大手のプロダクトが平均レベルを押し上げることで、これまで中小企業が送り出してきた「平均的」とされていたプロダクトの偏差値が50以下に追いやられてしまい、同じ土俵に立つのも大変です。

また、どうにか同じ土俵に立っても、たくさんのライバルの中から選ばれるのも至難の業です。品質も価格も大手に負けているプロダクトでは、売上を伸ばせません。

そこで選ばれるだけの“何か”がなければ、中小企業のプロダクトが淘汰されてしまうのも、当然のことかもしれません。

このような時代に、大手と渡り合い、選ばれるには、大手に負けないだけの品質が必要不可欠です。

ちなみに、私自身のキャリアも、この時代の変化にさらされています。

私は当初、単なるデザイン会社としていまの会社を起業しましたが、ライバルが多く付加価値の出しにくい仕事に難しさを感じ、戦略立案やデザインの力で企業のブランディングを手掛ける、現在の仕事をするようになっていきました。

このような事業を行う企業やデザイナーは、当社を設立した17年前から現在に至るまで、そう多くありません。

また、ブランディングを手掛けるコンサルティング会社はそれなりにありますが、ビジュアルの力をベースに一気通貫でブランディングを手掛ける企業はまだまだ少ないのが現状です。また、だからこそ、私たちは品質の時代において差別化を実現し、売上を伸ばし続けることができているのだと思います。

品質の時代こそ中小企業の出番

同じような品質の、同じようなプロダクトで競い合う時代の終焉は、「高品質で低価格」を実現しやすい大企業に有利な流れだと感じられるかもしれません。

しかし、そんなことはありません。むしろいまこそ、中小企業が活躍しやすい時代です。

これは、自分の生活で考えてみるとわかりやすくなるのでないでしょうか。コンビニやスーパーマーケットのPB商品を毎日利用していれば、食費を抑えられ、それなりに美味しいものを食べられますが、必ずどこかで飽きがきます。たまには少し違う個性的なものや、高級なものを食べたくなるものです。どれだけ大手のシェアが巨大でも、必ず他の選択肢が入り込む余地はありますし、他の選択肢を求める層も確実にいます。

食べ物の場合は、まだ「安くて美味しければPB商品だけでいい」と思える方もいると思いますが、ほかの分野なら大手の人気商品のシェアはさらに下がるでしょう。服はよく買うけどユニクロやGUは利用しない方、音楽は好きだけど嵐やAKBは聴かない方、本やマンガは好きだけど村上春樹や『ONE PIECE』は読まない方もたくさんいるはずです。

もちろん、大企業もそのような層への目配せはしています。とはいえ、すべてのユーザーの趣味嗜好をカバーするのは不可能です。そこに中小企業の活路があります。

目を引く品質があればユーザーに選ばれる時代に

規模の経済が幅をきかせていた時代にも、間違いなくニッチなニーズはあったはずです。

ただ、かつてはユーザーに与えられた選択肢そのものが、あまり多くありませんでした。

基本的には、近所の小売店の棚にある中から選ぶ。通信販売もありましたが、その利便性は低く、選択肢も少なかったでしょう。ニッチなプロダクトを求めようにも、そんなプロダクトの存在を知る機会、探す手段自体がほとんどなかったのです。

それに、私たちは「こんな尖ったものがほしい」と考えてプロダクトを探すとは限りません。尖ったプロダクトの存在を知って、初めて「自分はこれが好きだったんだ」と感じ、隠れていた真の欲望を発見する―という順番もあります。

いまや、インターネット通販もありますし、小売店も選択肢過剰の時代にできるだけ対応しようと、多種多様なプロダクトを取り扱っています。また、近年の小売店は、以前と比べても利用者の声を積極的に参考にするため、100%かなうわけではないにせよ、中小企業のプロダクトの入荷をリクエストすることもできます。

つまり選択肢の数は、基本的には「知りうるプロダクト」の数と言えます。インターネットは、私たちが購入したいと思えるニッチなプロダクトを「知る機会」そのものを、爆発的に増やしました。無名メーカーのプロダクトでも、口コミサイトなどで一度注目を浴びれば、大企業の人気プロダクトより評価されることも珍しくありません。

時代が品質の経済へ移行したことで、企業の規模を問わず、品質でユーザーの心を掴めば、中小企業のプロダクトが選ばれる時代になっているのです。

いま、シャンプーなどヘアケア製品を中心に扱い、若い女性に強く支持されている「BOTANIST(ボタニスト)」というブランドがあります。

BOTANISTは「植物と共に生きる」というブランド理念を掲げ、植物由来の原料に徹底的にこだわったプロダクトが特徴です。ご存じでない方は、娘さんなど若い女性に聞いてみると、みんな知っていると思います。

BOTANISTは、もはや自然派のヘアケアブランドとしての地位を確立していると言っても過言ではありませんが、実はこのブランドはI-ne(アイエヌイー)という大阪にある小さな会社が展開しているブランドです。

かつてはヘアケアの分野と言えば、P&G(パンテーンなど)や花王(メリットなど)、資生堂(TSUBAKIなど)ですらなかなか定着がかなわなかった、大企業の“メジャーブランド”がしのぎを削り合い、その他の勢力が参入する余地の非常に少ないカテゴリーの代名詞でした。BOTANISTは、そのヘアケア市場に堂々と地位を築き上げ、いまや通販のみならず、店頭での流通も拡大しています。広告宣伝をほとんど行わず、InstagramなどのSNS、ウェブを中心に商品をPRし、若者層に支持を広げ、メジャーに肩を並べるまでになっているBOTANISTの成功は、“品質の時代”である現代ならではと言えるでしょう。

ブランディング・ファースト
宮村 岳志
株式会社グロウ・リパブリック 代表取締役、エグゼクティブクリエイティブディレクター。2003年にグロウ・リパブリックを創業。 ブランディング・クリエイティブ事業のかたわら、VJ(ビデオジョッキー)としても活動し、国内外の数多くの有名アーティストとイベントなどで共演。現在は、時流を予測したマーケティングから、コンセプト開発、クリエイティブ、分析・運用まで、一気通貫でディレクションを行っている。特にブライダル業界においては150施設以上の案件に携わるほか、美容・ファッション・教育・飲食など幅広い業界で、ビジネスとクリエイティブの両軸の深い理解を武器に、業界で一目置かれるブランドや上場企業のパートナーとして活躍している。その他、バリ島に特化した高級別荘の宿泊サービスの運営や、カフェ・飲食店の経営、音楽関連のグループ会社の経営にも携わる。

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