(本記事は、宮村岳志氏の著書『ブランディング・ファースト』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

ブランディングがもたらすインナーへの効果

ブランディング
(画像=PIXTA)

今回は、ブランディングの効果のひとつとして紹介した「インナー」について、さらに細かく説明していきます。

何度も繰り返すように、ブランドはインナーから生まれます。前回触れたデザインも、インナーに内包されます。たとえデザイン面で私たちのような第三者を入れていたとしても、最終的に決断し、手を動かすのは自社のメンバーです。

ですから、インナーに効果のないブランディングは、ブランディングとは言えないのです。

インナーからアウターへ

ブランディングの効果は、一般的に企業価値や商品価値を高めるものであり、外部から見えるアウターに作用するものと思われがちです。

しかし、その効果もあるにせよ、順番としては、「中でつくったもの」を「外に発信する」形になります。近年、従業員に向けたインナーブランディングが注目されていますが、インナーとアウターがセットになっているのが本来のブランディングです。

ブランディングの初期段階においては、インナーへの効果(社内浸透)を重視するべきです。

身も蓋もない話ですが、中小企業が一般的な戦略を採用したところで、大手に勝てる可能性は低いかもしれません。

確固たる柱(ブランド)がない状態で、安易に外向けのプロモーションなどの戦略に走っても、資金力のあるブランドには勝ち目がありません。

仮に、非常に魅力的な外向けの戦略を実施できたとしても、中身が伴わなければ、大手に模倣されたり、よりスケールアップしたプロモーションで上書きされたりしてしまうだけです。

まずインナーから始め、自分たちの最大の長所をブランドの柱に据え、そこに注力して中身を充実させます。また、中身が充実してこそ、有効な外向けの戦略を考えやすくなります。

いわゆる“ブランド力”とは、企業の組織行動と表現(コミュニケーション)が伴うことで初めて可視化されます。全従業員がブランドコンセプトに則った組織行動ができるように社内浸透を図り、その上で、ブランドコンセプトに則った社外への発信を行う。そうすることで、ユーザーや取引先が、ブランドコンセプトを実感できるようになるのです。

インナーへの3つの効果

的確な戦略の下に推進されるブランディングがインナーにもたらす効果は、数え切れないほどあると言っても過言ではありません。

ここでは、私たちが特に重要と考える、ブランディングによって得られる以下の3つの効果をご紹介します。


インナーへの効果① ブランド力の強化
インナーへの効果② 優れた人材の獲得
インナーへの効果③ 働き方改革

それでは、順番に説明していきましょう。

インナーへの効果① ブランド力の強化

ブランド戦略の社内浸透は、企業のブランド力強化に直結します。

当たり前の話かもしれませんが、どれだけ魅力的なブランド戦略でも、従業員のみなさんが「うちの社長がこんなことを言うのは無理がある」「こんなブランドをつくるなんて無理だ」などと受け取って、その実現に力を貸してくれないようでは、文字通り絵に描いた餅です。

繰り返しますが、ブランディングの担い手は企業で働く方々です。経営者や少数のボードメンバーが旗を振るだけで、ブランドが確立されるなら苦労はありません。

ですから、まず従業員のみなさんが納得し、「これを実現したい」と思える魅力的なブランド戦略を策定することが大前提になりますが、そんなブランドコンセプトができて、社内浸透が進んでいくと、さまざまな好影響が出ます。

特に大きいのはスピードです。いまの時代は本当に判断スピードが重要になっています。自社のビジネスがどこを目指すのか、強みは何なのか、という点を全従業員が理解していれば、未来の選択肢を大きく絞り込むことができます。

そうすれば、投入できるリソースも大きくなりますし、指針がバラバラな状態でありがちな「AとBのどちらにするべきだろう?」といった判断に悩む時間も発生しません。

もちろん、それでも悩ましい事態がゼロになるとは限りません。

それでも、従業員一人ひとりの中にブランド世界観がしっかり根づいていれば、何か問題があったときに、課題を設定する上で「ブランドにとって有益か?」「うちのブランドらしいと言えるか?」といった強固な判断基準を持てるので、適切な判断を、スピーディーに行えます。

また、そんな判断基準からブレることなく業務経験を重ねていくと、その人個人からもブランドコンセプトが感じられるようになります。たとえば、有名セレクトショップで働いていれば、その気がなくてもファッションに目覚めていくでしょう。

そんな従業員が増えると、(人間の評価軸はひとつではありませんが)少なくとも自社のブランドコンセプトに好感を抱く人たちの目には、その従業員一人ひとりも魅力的に映るようになります。そして、その人間的魅力は、ブランド価値を高める強固な土台となります。

ブランド戦略ができただけで、いきなり外向けに派手なプロモーションを行っても、従業員の行動が伴わないと、そのタッチポイントに触れたお客さまはがっかりするだけです。しかし、そこで「良い体験」を提供できれば、ブランドのファンを生む、かけがえのない時間の提供になるかもしれないのです。

例を挙げるなら、任天堂のカスタマーサービスなどは、まさに従業員が提供するブランド体験の最たるものと言えます。私もさまざまな話をインターネットなども含めて見聞きしたのですが、特に衝撃を受けたのが次のエピソードです。

ある親御さんが、壊れたお子さんの携帯ゲーム機を修理に出したところ、本体をそのままで修理するのは不可能で、新品状態で戻ってきたそうです。それだけでも素晴らしいことですが、なんとその本体には、元の本体に貼っていたシールが、以前と同じように貼られていたというのです。

繰り返し述べている「体験」の観点で見ると、たくさんのゲームを楽しんできたゲーム機そのものも、ユーザーのゲーム体験、ひいては人生の一部です。そこに対する、深く、大きなリスペクトを感じます。こんなサービスを受けたら、きっと任天堂のファンになるでしょう。

ほかにも、世界的なホテルグループのリッツカールトンで働く方々の行動指針になっている「クレド」は、ビジネス書などでも大いに話題になり、そのサービスの質はよく知られています(クレドは、全世界のリッツカールトン従業員が共有する理念・価値観を文章化したものです)。

たびたび述べているように、従業員もブランドを体現するタッチポイントのひとつです。そのため、裏を返せば、従業員の応対ひとつでブランド価値が毀損される可能性もあります。全社一丸で臨めるブランド戦略でなければ、ブランディングは成功しません。

また、従業員はブランドの伝道師でもあります。ユーザーや取引先に、直接自社のブランドについて伝える機会も少なくありません。社員がブランド世界観を深く理解し、腹落ちできていないと、そんな機会に外向けに発信するたびに、伝言ゲームのように本来の意味合いが薄まっていく危険性も考えられます。

これは、クレドやそれに準ずるブランドブックのようなものがあればOK、という話ではありません。

「クレド」とは、「約束」や「信条」を意味するラテン語です。ホテルを訪れたゲストがリッツカールトンのファンになるのは、クレドに記された信条に則った応対をする約束を、全従業員が果たしているからでしょう。

ブランディングはインナーの価値や魅力を高めるものですが、社内浸透が甘いと、反対にブランディングの大きな障壁となりかねません。無理に推し進めようとせず、従業員としっかり対話しながら社内浸透を進める意識が大切です。

特に気をつけてほしいのは、「経営者やボードメンバーも、大切なインナーの一員である」という視点です。

トップは自ら発信し、何度も議論を重ねたことなので、そのマインドがブランドコンセプトから外れることは考えにくいでしょう。

しかし、それがアウターに現れていないケースがあるのです。

中には、従業員のみなさんは深く理解しているのに、社長の服装や言動がそぐわない……という非常に困ったケースもあるほどです。当たり前の話ですが、温かいサービスを届ける企業のトップの服装や髪型、メイクに威圧感があったり、言動が乱暴であったりしたら、台なしですよね。

海外のビジネスシーンでは、特にスタイリングが重視されるので、グローバル展開も視野に入れるブランドの場合は絶対に手を抜けないポイントです。日本では一般的な黒スーツも、ビジネスシーンで着用されることは滅多にありません。有名企業のトップは、スタイリストをつけている方も多いほどです。

企業の構成員はすべて、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)からズレた言動をするべきではありません。これは誰にでも言えることですが、最も外からの視線を浴びるのは企業のトップなのですから要注意です。僭越ながら、私たちは「ブランディングをする前に、社長の言動から変えていきましょう」とお話しさせていただくこともあります。

インナーへの効果② 優れた人材の獲得

人口減少社会となった日本において、優秀な人材の獲得および離職防止は、緊急度の高い経営課題と言えますが、ブランディングは人材の確保にもつながります。

魅力的なブランドを生み出す企業は、人を惹きつけます。

アップルやナイキで働きたい人が大勢いるのは言うまでもないことですが、これはどんな規模の企業にも言えることです。

給与や条件面、規模が同じなら、普通はブランド世界観により共鳴できる企業で働きたいと思うものです。人生の充実を求める人が多いいまの時代、条件が下でも、好きな企業を選ぶ若い方も多いそうです。

つまり、ブランディングに成功すると、採用に必要な手間やコストも大幅に削減できるのですが、教育においても大きな効果があります。ブランド世界観に共鳴して応募してくれる人材は、そのような視点で就職活動をしている時点で優秀な方である可能性が高い上に、自社のブランド戦略をある程度知った上で応募しています。そのため、「すでにブランドについての知識を持った状態」で入社してくれるのです。

さらに、ブランディングは採用だけでなく、離職防止にも効果を発揮します。

私たちの手掛けるネクストブランディングでは、「これから自分たちはこうなっていきたい」というブランドビジョンを必ず決めています。これは、まだブランディングの結果が出ていない状態であっても、明るい未来を可視化できるようにするためです。同じような仕事をするなら、より良い将来の展望がある企業で働きたいのは当然のことです。

そのため、ブランディングを的確に進められれば、自ずと離職率も下がっていきます。

もちろん、「やりがい重視」の時代とよく言われますが、ブランディングの成果が売上にも現れ始めたら、条件面で従業員のみなさんに報いることも大切です。

ブランドビジョンについて先述している、書籍のChapter2で、ブランドビジョンについて「単に押しつけるのではなく、全員が納得することが大切」と述べているのも、このような理由からです。現場で働く方々から見て、その未来のビジョンが荒唐無稽なものであったら、むしろ「ここで働き続けるのは危険かも……」と不安に思われてしまいかねません。

加えて言うなら、ブランディングは新入社員の離職率も下げられます。

どれだけやる気を持って入社しても、実際に働いてみると、予想外のことは起きるものです。そこで、やる気を削がれてしまう人もいます。特に、社会人経験のない新入社員の場合はなおさらでしょう。

しかし、「どんな企業・ブランドなのか」という情報が事前にあれば、その予想外をゼロにはできなくても、大幅に減らすことができます。

一般的に、人材を新規に獲得するためのコストは、人材を維持するコストの約20倍と言われています。インナーに働きかけるブランディングの実施は、「経営効率」という点で見ても非常に重要です。1人の人材を雇うのに数百万円かかることも珍しくありませんが、それだけのお金があれば、クレドやブランドブックも作成できます。

また、だからこそ、ブランディングは優れた経営戦略だと言えるのです。

ただし、完全にデメリットがないわけではありません。

ブランディングに取り組むことで、離職者が出る可能性もあるのです。これを完全に防ぐのは難しいでしょう。

これまでの記述と矛盾を感じる方もいると思います。ただ、これは本質的にはメリットと言える出来事です。なぜかと言うと、ブランドの確立に向かう過程で、ふるいにかけられる形の離職であるからです。

言葉は悪いのですが、ただそれなりに仕事をして、お金がもらえればいいと考える人もいます。口頭ではブランドビジョンに同意を示したものの、実際にそのビジョンが少しずつ実現していくと、そんなタイプの人は、変わっていく自社に居心地の悪さを覚えることがあるのです。

ですから、喜ばしい出来事ではないものの、「組織がより筋肉質になる」と考えて、そうした離職は受け入れるべきだと私は考えています。ブランディングの本質は、余計な部分を削り、ブランド確立に注力することにあります。これは組織を構成するメンバーにも言えることです。

インナーへの効果③ 働き方改革

近年は「働き方改革」が大きなテーマとなっています。

現状、「働き方改革に対応するためにブランディングを始めた」という企業はないと思いますので、実証的なデータは出せませんが、ブランディングは確実に働き方改革につながります。

その根拠として挙げられるのは、次の2つです。

1)スピードの向上による労働時間削減
2)利益体質の強化

まずは前述した「スピードの向上」と、それによる労働時間の削減です。

ブランドコンセプトが社内に浸透することで、さまざまな判断に要していた時間を節約できます。複数人を拘束する会議時間なども大幅に短縮できます。これからの日本社会は、このような「時間」を軸に戦略を考えるべきです。

労働基準法の改正によって、時間外労働の上限規制が導入され、月60時間以上の時間外労働の割増賃金率が2割5分以上だった中小企業の割増賃金率も5割以上になります。要するに、残業をたくさんさせられない上に、残業時の人件費も増える状態になるわけです。

「残業代は惜しくない」と考える経営者もいるかもしれませんが、たとえば貴社の従業員が有給休暇を完全に取得していなかったらどうでしょうか?年5日の年次有給休暇の確実な取得も義務化されています。有給休暇の運用がいい加減な企業が、確実に取得・消化しなければいけないようになると、現場への影響は大きいでしょう。そうなると残業代の負担を重く感じる企業も少なくないように思います。

残業が少なくなることで、企業側の人件費の圧縮のみならず、従業員のワークライフバランスにも大きく貢献するので、仕事の質や、自社とブランドへの愛着にも影響が出ます。

また、経営者目線で言えば、残業が常態化している企業は、人件費の問題だけでなく、自社や従業員の可能性を大きく毀損しているかもしれない点に目を配るべきだと考えます。

2019年8月、日本マイクロソフト株式会社は、働き方改革に対応する実証実験として、1カ月間、毎週金曜日を休みにする週休3日制の導入などを試験的に実施しました。

その結果、売上を社員数で割った労働生産性は前年8月比で39.9%アップ、30分以内で終わる会議は46%アップ、リモート会議の割合は21%アップしています。

無駄な時間を使わないようにする意識によって、売上が減るどころか増えているのです。残業代という支出のみならず、収入にも影響していることがわかります。

同社は、労働生産性については「さまざまな要因から実現された成果」と断りを入れていますが、それにしても凄い数字です。

そもそも、リモート会議などのシステムが導入されていない中小企業も珍しくありません。日本有数のIT企業である日本マイクロソフトですらこれだけの効果が出るのですから、われわれ中小企業が無駄な時間を減らそうとすれば、もっと減らせるでしょう。

この実証実験の結果は、現在の社内にある無駄を削ぎ落とせれば、週4日の労働時間でも十分にこれまで通りの仕事ができること、そして、それどころか、従業員が余計な負担から解き放たれ、自己研鑽のための勉強やリフレッシュにあてられる休日が増えることで、週5日働くよりも良い仕事ができる可能性すら示唆しています。

ブランディングが働き方改革につながるもうひとつの根拠が、「利益体質の強化」です。長期的な視点に立つと、ブランディングがもたらす最大の効果は「利益の増加」と言えます。

差別化を実現し、価格競争に巻き込まれなくなることで、粗利が高くなります。さらに、ブランドが確立されれば、黙っていても選んでくれるファンがつくので広告宣伝費が圧縮され、先述した理由により人件費も下がります。また、無駄な残業が減ることで、その他のさまざまな経費も減らせます。

日本マイクロソフトの実証実験では、2016年の8月と比較して、2019年8月の印刷枚数は58.7%マイナス、電力消費量は23.1%マイナスとなっています。経費の削減のみならず、地球環境保全につながる点からも要注目です。

つまり、売上や粗利が増える上に、支出も減る。ブランディングは、双方の面から利益の増加に貢献するのです。

利益が増えて現金預金に余裕ができれば、従業員を増やすのも容易になります。仕事量の多い部署があれば、そこに人を増やしてメンバーの負担を減らせます。そうすれば、働き方改革の面から見ても適切な対応と言えますし、負担が軽くなった現場の仕事の質が上がれば、さらに売上もアップする好循環を生み出すことすら可能となります。

繰り返すように、ブランディングとは、企業の指針や姿勢を明確にする施策であり、その本質は「余計な部分を削ること」です。

そんなブランディングを推進することで、従業員に使わせていた不要な時間や、それに関わる支出など、社内のさまざまな無駄が可視化されます。ブランディングは、それらをも削ることができる施策なのです。

ブランディング・ファースト
宮村 岳志
株式会社グロウ・リパブリック 代表取締役、エグゼクティブクリエイティブディレクター。2003年にグロウ・リパブリックを創業。 ブランディング・クリエイティブ事業のかたわら、VJ(ビデオジョッキー)としても活動し、国内外の数多くの有名アーティストとイベントなどで共演。現在は、時流を予測したマーケティングから、コンセプト開発、クリエイティブ、分析・運用まで、一気通貫でディレクションを行っている。特にブライダル業界においては150施設以上の案件に携わるほか、美容・ファッション・教育・飲食など幅広い業界で、ビジネスとクリエイティブの両軸の深い理解を武器に、業界で一目置かれるブランドや上場企業のパートナーとして活躍している。その他、バリ島に特化した高級別荘の宿泊サービスの運営や、カフェ・飲食店の経営、音楽関連のグループ会社の経営にも携わる。

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