(本記事は、宮村岳志氏の著書『ブランディング・ファースト』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)
ビジネスの現場で求められるデザイン
ブランディングの問題をデザインが解決する
“デザイン”とは何なのか? その定義にはさまざまなものがありますが、ここで私なりの考えをお伝えします。
デザインは、創造性をベースにつくられた制作物である“クリエイティブ”に含まれるものです。
“クリエイティブ”には、“アート”も内包されています。アート=芸術とは、「問題提起」を社会に対して行うものです。作品をきっかけに、社会問題に対する意識を持ったり、感動したりするのが典型例です。
一方、デザインは社会の「問題解決」をするクリエイティブと言われます。具体的な問題を、見た目だけの話に限らず、さまざまな体験を通じて解決に導くのがデザインの役割です。
「かっこいい/かっこよくない」「かわいい/かわいくない」といった評価基準ではなく、「問題解決をできている/いない」が良し悪しの基準で、英語でも、‘design’は「設計」と訳されます。決して「装飾」ではないのです。
このように、デザインを「問題解決のクリエイティブ」と認識すると、ブランディングに必要不可欠な要素であるとご理解いただけるのではないでしょうか?
ブランディングで左脳的アプローチが軽視されることはほとんどありません。ブランディングが成功しない原因は、「論理の質」に問題があるケースもあるかもしれませんが、多くの場合は「デザインの不在」にあると思われます。
つまり、「問題解決の手段であるデザインがないために問題が発生する」という、禅問答のような状況になっているのです。
以前、ある経営者から呼ばれ、ウェブサイトを制作してほしいという依頼を受けました。私は、その企業が大手のコンサルティング会社と契約し、ブランディングに取り組んでいたことを聞いていたので「そのコンサルティング会社さんが制作するのではないですか?」とお聞きしたのですが、社長はこうおっしゃいました。「制作を進めていたのだけど、ユニークなものが出てこないです。正しいのだけど、面白くない。これでは他社と同じものになってしまうと思って、宮村さんに来てもらったんです」。
こうしたケースは、実はかなり多くあります。左脳的アプローチが優先されることで、デザインがおざなりになってしまうというのは、百戦錬磨のコンサルティング会社をもってしても、とても陥りやすい罠なのです。
「最後の仕上げ」の重要性
下の図は、企業がブランディングに取り組むときの作業フローです。
ブランディングに限らず、すべての施策に言えることですが、出発点は企業の抱える悩みなどの問題です。現状に課題や不満のない企業がブランディングに取り組むことは少ないでしょう。
悩みを解決する課題としてブランディングに取り組む場合、問題を整理して、どのような施策を取ればいいのかを検討することになります。
一般的にビジネスにおける「課題」とは、問題をポジティブな方向に持っていくためにする行動を指します。たとえば「偏差値が低い」という問題があったら、「勉強する」のが課題になるわけです。
そのため、先ほどの図の「整理」には、「いまある悩みを解決するための課題が、本当にブランディングでいいのか?」といった議論も含まれて然るべきなのですが、ここではブランディングに話を絞ります。
「整理」のフェーズでは、企業の問題点や持っている強みなどを可視化し、自社が「どんなブランドを打ち出せばよいのか」を検討します。
ここまでは順調に進む企業も珍しくありません。やはり問題は、最後のデザインです。ユーザーや取引先は、そこまでの社内の取り組みも知りません。どれだけ中身の濃い議論が交わされていても、微妙なアウトプットではブランドを確立できません。
ここでいう“デザイン”とは、ほぼ内容が固まったプロダクトのビジュアルを考えるという作業ではなく、冒頭で定義した“デザイン”を指します。すなわち、「問題解決」をするためのクリエイティブ作業全般です。
企業の価値・本質を正確にまとめ、社会にわかりやすく伝える―。これは、すべてデザインの担う領域です。コンサルタント目線で言えば、クライアントが持つ資源を再発見し、再構築して、最も伝わりやすいビジュアルを提案する。これもすべてデザインです。
デザインの価値が上がっている
本書の「はじめに」で私は、「欧米では、経営とデザインは切っても切り離せないものとする考えが根づいています」と書いているのですが、この点についても、デザイン=問題解決と考えると、よくおわかりいただけるのではないでしょうか。単に「見た目をとことん追求するのが欧米のスタンダード」という意味ではないのです。
欧米のビジネススクールでは、マーケティングやブランディングと一緒に、デザインを学ぶのが当たり前になっています。また反対に、デザインを学ぶアートスクールでも、デザインで問題解決し、制作したビジュアルでいかに他者とコミュニケーションを図るのか―といった訓練をしっかりと受けるそうです。
同じく「はじめに」で、経済産業省と特許庁が取りまとめた『「デザイン経営」宣言』から、企業がデザインに投資した金額に対して、営業利益は4倍、売上は20倍になり、米国の株式主要500銘柄の中で「デザインを重視する企業の株価」は全体と比べて2.1倍に成長しているという調査を紹介していますが、この数字も、デザインを「問題解決」と翻訳すれば納得いただけるでしょう。
本質的な効果がありながら、ROI(投資対効果)も高いので、欧米のビジネスシーンで注目を集めるのも当然だと思います。『ビジネスの限界はアートで超えろ!』(増村岳史著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)によれば、近年は経営学修士(MBA)よりも美術学修士(MFA)のほうが、給与も待遇も良くなっているそうです。
いまやMBAホルダーよりも、MFAホルダーのほうが稼げる時代になっている―。
この事実は、デザインの重要性を示しているのではないでしょうか。MBAとMFAの学位を両方取得できる、デュアルディグリープログラムを実施している大学もあるようです。
とはいえ、最も重要なのは「バランス」です。これは決してMBAの価値が低いというわけではありません。単純に、MBAを取得するビジネスパーソンが多く、現場が左脳偏重になっているから、MFAホルダーの価値が相対的に上がっているのだと考えるべきでしょう。
ネクストブランディングで優れたデザインを生み出すには?
真のデザインを生む3つのポイント
続いては、ブランディングの現場で、問題解決としての優れたデザインを発揮するために、私たちが必要だと考える3つのポイントを紹介します。
- ポイント① 戦略を理解しデザインを行うポイント② 「体験をつくる」という発想ポイント③ ブランドコンセプトを全タッチポイントに落とし込む
ポイント① 戦略を理解しデザインを行う
デザインは、ユーザーの問題を解決する「機能」と、見る人に「問題を解決してくれそうだ」と思わせる(またその上で、できれば見た目としても)優れた「ビジュアル」の両輪を形にする作業です。
日本の企業に多い構造的な問題は、「戦略策定にデザイナーを付き合わせるのは時間の無駄」と考える方が多いことです。
私が見聞きする限り、「デザイナーは戦略に興味がない」と思っている方も少なくありません。しかし、そんなことはないのです。デザイナーは、ビジュアルを形にするために、さまざまな要素に目を配り、頭を悩ませています。
デザイナーの能力を最大限に発揮させるには、戦略策定の段階からの情報があるべきです。それを抜きにして、議論の結論のみをポンと渡されるから、デザイナーの悩みが深くなるように思います。
みなさんと共に働くデザイナーが、いつも忙しそうにしているため、「会議などに呼ぶ暇はなさそうだ」と思う向きもあるかもしれません。しかしながら、プロジェクトの最初期からコミットさせてもらえれば、アイデアを考える時間を短縮でき、結果的に効率も良くなり、ビジュアルの質も上がるはずなのです。
これはブランド戦略に限った話ではありません。時間がもったいないと思う方ほど、打ち合わせにクリエイティブ担当者を同席させることを、強くおすすめします。
上記のような、クリエイティブに理解のある体制が整っているのが大前提ですが、「デザインによる問題解決」は容易ではありません。
見栄えを良くすることが「デザイン」と呼ばれ、デザインを学ぶ場でも、IllustratorやPhotoshopといったツールの使い方を教わる機会はあっても、ビジネスの奥深くに踏み込んだ知識を学ぶ機会はなく、見栄えを整える技能はあるが問題解決はできない人でも「デザイナー」と呼ばれるのが現在の日本です。
しかし、問題解決のデザインは特殊技能で、それができるデザイナーはそう多くありません。
ブランディングは、装飾的なデザインのみでは実現できないため、問題解決できるデザイナーがいない場合、自社の人材のみでブランディングを実現するのは難しいかもしれません。
その場合は、新たに優秀なデザイナーを雇うか、デザインに強みを持つ第三者のアサインをおすすめします。私の経験上、多くの企業において、経営層はデザインの知識が十分でなく、デザイナーは経営や戦略の知識が少ない、というすれ違いが発生しています。
私は、デザインを柱とするブランディングを「ネクストブランディング」と呼んでいます。ネクストブランディングを実施するには、デザインと経営の現場をつなぎ、互いの意見を翻訳して、双方が腑に落ちたコミュニケーションをできる体制が必要になります。
ポイント② 「体験をつくる」という発想
現代はサービス業に限らず、どんなプロダクトであっても優れたユーザーエクスペリエンス(体験)が求められます。
自社目線で「モノ」をつくって終わり、という時代はもはや過去です。
ユーザーの視点に立ち、「コト」=体験をつくる視点・手法が重要な時代になっています。
この傾向は、インターネットによって加速しています。かつてのデザイナーは、形や色を考えることが仕事でした。しかし、いまでは、世界でも指折りの素晴らしい形や色のプロダクトがネット上で見られます。遠い異国の世界遺産だって高解像度の写真がいくらでも見つけられます。
そんな時代において、人々は「所有する喜び」や「体験する喜び」をより強く求めるようになっています。
インターネットで見るだけでは寂しいから、実際に所有したい。
写真で見るだけではつまらないから、現地に旅行したい。
そしてデザイナーや企業も、所有や体験の喜びで勝負する時代となってきたのです。
また、近年の注目すべきポイントは、モノを提供する店舗ですら、体験(コト)を提供する時代になりつつあることです。そのお店に行くこと自体、いること自体が楽しい。だから行きたくなる。そんな思いを誘導するデザインが求められています。
ブランドやブランディングの事例として、取り上げられる機会の多いスターバックスコーヒーは、東京都目黒区に「STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYO」(以下「ロースタリー東京」)をオープンしています。その名の通り店内で自家焙煎を行う特別な店で、ロースタリー東京は世界で5店舗目。日本には2020年3月の時点で東京にしかありません。
このロースタリー東京は、当社の東京事務所のすぐ近くにあり、オープン日の喧騒をある程度目の当たりにする機会がありました。数時間待ちの行列ができて、入店するまでにほかのカフェで休憩した方もいたそうです。まるで落語のような話ですが、スターバックスのファンの方々が、飲食のみを求めて並んだわけではないとよくわかります。
裏を返せば、インターネット通販が広まり、さらにドローンなどのテクノロジーで利便性も増していくだろう中で、モノを売る店舗に「所有欲」を満たす機能しかないようでは、生き残れなくなっていく―ということでもあります。
今後、リアル店舗の生き残りには、「ブランドの世界観を体験できる場所」であることが必須条件になっていくのではないでしょうか。ロースタリー東京のウェブサイトにも、次のような記載があります。
尽きることのない、コーヒーに対する私たちの愛、情熱、願い、魔法を全て閉じ込めた特別な空間を作りたいとずっと夢見てきました。スターバックス リザーブ ロースタリー 東京は、コーヒー豆から焙煎にいたるまであらゆる点でこだわりぬいた、のめりこむような体験を心から楽しむことのできる場所です。
まさに、そのものズバリ、“体験” というキーワードでコンセプトが説明されています。
この体験の時代においては、「自社ブランドがどんな体験を提供できるか」を考えるのもデザイナーの仕事です。もちろん形や色を考えることも大切ですが、魅力的な体験を味わってもらうために形や色を上手に使う必要があります。
そのために考えなければいけない要素は、多岐にわたります。
たとえば、JR東日本の交通系ICカード「Suica」は、いちいち切符を買わずに済み、改札を通過するために必要な手続きを大幅に削減する革命的なプロダクトでした。
しかし、そのために考えなければいけないのは、ICカードの中身だけではありません。
人間の行動や反応を誘導するデザインにするには、読み取り機の仕様も考える必要があります。JR東日本は、読み取り機に自然に手が伸び、触れてもらうインターフェースを実現するために、人と機械間の伝達を担うヒューマンマシンインターフェースの研究者も招聘(しょうへい)し、試行錯誤を重ねたそうです。そして最終的に、手前に約15度傾け、読み取り部をLEDで明るくする仕様にたどり着きました。
さらに注目したいのが、使用方法のネーミングです。Suicaは定期入れなどに入れた状態で使用できるように、非接触ICカードが採用されています。しかし、実際に試用してみると、カードを読み取り部にかざすだけでは通信時間が足りなくなるケースが多発したために、使用方法を「タッチ&ゴー」方式と呼びました。こうすることで、ユーザーは読み取り部にSuicaをタッチさせようとします。そうすることによって、単にかざすよりも長い通信時間の確保に成功しているのです。
このように、ユーザーの体験をデザインするには、実際に使用する人の気持ちになって、行動や感情の流れをトレースしていくことが大切です。
これまでのデザインに「体験目線」を取り入れていなかった企業は、まず、既存のユーザーがどんな理由で自社プロダクトを選んでいたのか、そして、使用することでどんな気持ちになっていたのかを考えてみましょう。
その感情を強化して、より満足度の高い体験にするために必要なものを考えてください。それが“真のデザイン”です。
ポイント③ ブランドコンセプトを全タッチポイントに落とし込む
ブランドとは、五感で受け取るイメージや知識の集合体です。そう考えると、統一感やストーリーの重要性がよくわかります。
たとえば、同じ社内の別ブランドならともかく、コカ・コーラの名前でスープ系飲料を出すことはないと思われます。なぜなら、コカ・コーラの爽快感をイメージできないからです。
ひとつのブランドの旗の下に集う要素がバラバラでは、それぞれが魅力的であっても埋もれてしまい、差別化を実現できるほどに目立つことはありません。
ですから、自社の全タッチポイントが、ブランドコンセプトに一致したビジュアルや体験になることが非常に大切になります。
統一感が増せば増すほど、アップルが一時の苦境を脱し、iPhoneが世界を席巻したときのように、存在感も大きく増していきます。
そのためには、クリエイティブの権限をひとつに集約することが求められます。
中小企業の場合、デザイン機能を自社で持たない場合もありますが、ウェブサイトはA社、写真撮影はB社、ロゴマークはC社と、発注先がバラバラなことが少なくありません(自社制作機能を持っているものの、ウェブサイトとパンフレットなど、制作物によって部署が異なる企業もあります)。正直なところ、このケースは非常に多いのですが、私は一番危険なデザインの発注方法だと思っています。
デザインは、「価値を高めるため」にするものです。
そしてブランドを確立しようとする場合、デザインの対象は、それぞれのプロダクトやウェブサイトではありません。その先にある「ブランドそのもの」なのです。
ブランドの価値を高めるには、ロゴマークから名刺、ウェブサイトやパンフレット、それらに使用する写真、店舗やオフィスの空間デザイン、店舗スタッフのユニフォームまで、一貫性のあるブランド戦略の下、全体をディレクションする必要があります。
私たちも、ブランディングの依頼があったら、全社横断でデザインを監修せていただけるようにお願いしています。さまざまな事情から、既存のデザイン会社等も入れたいといったご希望がある場合も、他社との連携や、その仕事のディレクションを私たちにさせていただく条件でなければ、お引き受けしないようにしています。
それだけ、「デザインの一貫性」は、ブランディングにおいて重要なポイントなのです。
次回は、この一貫性にも大きく関わる「インナー」について、詳しくお伝えしています。
- 【COLUMN】優れたデザイナーの見分け方
- ネクストブランディングを推進する上で問題になるのが、「優れたデザイナーの見分け方」です。デザイン=問題解決という認識自体はまだまだ少数派です。そのため、優れたデザイナーを見分ける基準をお持ちでない方も多いのです。 もちろん、知識だけでなく、感性の個人差や好き嫌いもある領域ですから、誰しもに共通する明確な基準はありません。 ただ、比較的効果的だろうと思える方法はあります。それが、「デザイナーに自作デザインの意図を説明してもらう」というやり方です。 真に優れたデザインには、図柄や線の太さ、色、文字の大きさやフォントに至るまで、「偶然」の入り込む余地はありません。すべてデザイナーが明確な意図でそうしています。線の太さが1ミリ変わるだけで、印象はまったく別物になります。 ですから、「どんな意図を込めてデザインしたのか?」を解説してもらうわけです。私もよく、自社のデザイナーに「なぜ青にしたの?」「この文字の大きさにしたのはどうして?」「このフォントにした理由は?」、そして「何を一番伝えたいの?」といった本質に触れる質問をします。私たちグロウ・リパブリックでは、この質問に対して明確な回答のないデザインは不採用となります。 ただし、一般的な企業の場合、解説してもらった成果物が、理論とクリエイティブのスクラム方式ではなく左脳偏重で進められたプロダクトである可能性もあります。そうなると、経営層の考えをデザインで表現するに足る材料が、デザイナーに与えられていないことになるので、そのようなケースの説明のみで力量を判断するのは難しいでしょう。あくまでも参考とお考えください。 また、優れたデザイナーの特徴として、「審美眼の確かさ」が挙げられます。他の人のデザインも含めて、自社のCI(コーポレート・アイデンティティ)やプロダクトについて意見をもらうのもよいでしょう。