(本記事は、尾藤誠司氏の著書『医者のトリセツ 最善の治療を受けるための20の心得』世界文化社の中から一部を抜粋・編集しています)

"ごく初期の異変"もすべて病気? "病気らしきもの"の捉え方を知っておく

老人
(画像=PIXTA)

呪文のように繰り返され、インプットされている「早期発見・早期治療」の重要性。

しかし、検査技術の発達とともに可能になった、早すぎる病気の発見に戸惑うこともしばしばです。

心配しすぎず油断もせず、早期発見の結果を適切に生かすための医師とのコミュニケーション法とは?

●脳内にわずかな死滅細胞。"隠れ脳梗塞"か、年相応か

早期発見・早期治療によって多くの人が命拾いをしている一方で、病気ともいいきれないわずかな異変が見つかり、対応に戸惑うケースも起きています。何の症状もなく、放っておいても問題がない可能性も高いのに、不安だけが生じ、定期検査に時間を取られる、薬を飲むはめになるなど納得のいかない負担が増えることもしばしば……。

しかし、わざわざ受けた検査でせっかく見つかった初期の異変を、「知らなければよかった」で終わらせるのはあまりにもったいない。検査でごく初期の病気が見つかったとき、患者さんの受け止め方や医師とのやりとり次第で、早期発見に伴って起こりがちな不利益を利益に変えることができます。

たとえば、隠れ脳梗塞。自覚症状はないものの脳の画像検査で死滅細胞が認められる状態を指します。いきなり「隠れ脳梗塞があります」といわれれば誰もが動揺し、いつ姿を現すのだろう、隠れているうちに何とかしなければ……と心中穏やかではいられないものです。しかし、意外にも医師はこの状態をさほど深刻にとらえていません。

ある程度の年齢になれば、誰の脳にも微細な死滅細胞は存在し、MRI画像にも映ります。MRI検査は主治医ではなく放射線科医が行う場合が多いのですが、放射線科医が読影し、客観的事実として「微細な死滅細胞あり」などと記載したカルテを主治医が見たとき、患者さんに隠れ脳梗塞と伝えるか、年相応と伝えるかの差は、はっきりいって紙一重なのです。医師は、ほとんどの隠れ脳梗塞をその程度の重みととらえています。

とはいえ、隠れ具合は人それぞれ。程度を正しく知るためには、「同年代の平均的な脳と比べて自分の状態はどうなのか?」を主治医に確かめるとよいでしょう。

●「隠れ〇〇」を心配するより、健康的な生活を送ること

"隠れ脳梗塞"に対処法はあるのでしょうか。

たとえば血圧やコレステロールが高めの場合、それらに対する治療を行うことは意味があります。しかし、脳梗塞そのものに対する治療を行うことはまずありません。隠れている時点で発症を予防する目的で薬を飲むことの有効性には、強い医学的根拠はありません。

脳梗塞が隠れている……と思うと不気味で不安ですが、それを心配するより健康的な生活を送ることのほうが大切だといえます。

もう1つ、"隠れ〇〇"といえば"隠れ認知症"が思い浮かびますが、おそらく医師たちはその言葉は使わないでしょう。

高齢者の認知症の場合、画像検査は補助的手段にすぎず、症状で診断するので隠れようがありません。ただ、若年性アルツハイマー病の場合は治療法が存在するので、少しでも早期に発見することが非常に重要です。

"病気らしきもの"のケーススタディー

●case1 頭痛で受診し、念のためにMRI検査を受けたら隠れ脳梗塞だといわれた

2週間前から頭痛が続いているAさん(65歳)。市販の頭痛薬を飲んでも治まらず、脳の病気ではないかと心配して総合病院を受診しました。診察では頭痛の原因がわからず、医師が「念のために脳のMRI検査を行ってみましょう」というので、大ごとになってしまったな、と思いながら検査を受けました。

結果を見た医師が「ごく小さな梗塞があります。隠れ脳梗塞ですね」というではありませんか。Aさんは頭痛の原因は脳梗塞だったのかとショックを受け、目の前が真っ暗になってしまいました。

【患者の心得】症状と検査結果は無関係のことも。早とちりで心配しすぎない

おそらくAさんの早とちりだと思われます。通常、頭痛の原因が脳に存在することはありません。医師は「頭痛の原因らしきものは見つかりませんでしたが……」と前置きをしたうえで隠れ脳梗塞の話をしたのではないかと思います。

ほかにも「腹痛で受診して超音波検査を受けたら胃にポリープが見つかった」など症状とは無関係の検査結果を告げられることは多々あります。両者を結びつけてしまうと余計な心配をすることに。「私の症状とその検査結果は関係がありますか?」と尋ね、困っている症状を何とかしてほしいと訴えるのが賢明です。

●case2 胃にポリープが見つかり、がん化するのでは……と心配。切除したほうがよいだろうか

健康診断で胃の内視鏡検査を受けたところ、ポリープが見つかったと告げられたBさん(53歳)。症状は何もなく、知人も「ポリープくらいで気にすることなんかないよ」というのですが、念のためにインターネットで調べてみました。

すると「胃のポリープは自然に消えることが多い」と書いてある一方で、「前がん病変のこともある」、「まれにがん化する」などと恐ろしい表現もあり、心配性のBさんはいつか胃がんになるのではないか、そうなる前に早めに切除したほうがいいのだろうか、と不安でしかたがありません。

【患者の心得】3段階の中で、どの程度心配なポリープか具体的に確かめる

症状のないポリープはほとんどが気にしなくても大丈夫なのですが、大腸や膵臓など部位や状況によっては注意が必要な場合もあります。

医師に、次の3段階でどの程度心配なのかを確かめましょう。(1)放っておいて問題のないホクロのようなもの。(2)定期的に検査をして経過を見たほうがよいもの(その場合どれくらいのスパンで検査が必要なのかも聞いておく)。(3)ひょっとしたらがんのような重要な病気かもしれないのでさらなる検査をしたほうがよいもの。

ネットの情報に振り回されず、自分の状態を主治医に直接聞くことが重要です。

●case3 手術は早く受けたほうがいい?

眼科で白内障の手術をすすめられたCさん(60歳)。日常生活に支障もなく急ぐ必要もないのでは、と対応に迷っています。

【患者の心得】待てる病気と待てない病気がある

白内障は"待てる病気"なので数年先に延ばしても平気な場合がほとんどです。ただ、自覚症状と関係なく早めに手術をしたほうがよい病気もあり、患者さんには判断ができません。

たとえば心臓の弁の手術などは、何年も先延ばしにすると悪化することもあり、どれくらい急ぐ手術なのかを確かめることが大事です。

よく聞くけれど……その真意とは? 医師が「大丈夫」と言うとき、言わないとき

具合が悪いのに医師には「大丈夫です」と言われ、訝しく思ったことは?

逆に患者が「大丈夫でしょうか?」と聞くと、「大丈夫ですよ」と言ってくれない場合も。

わかりにくい「大丈夫」、その真意を理解しておきましょう。

●患者は大丈夫じゃないのに、「大丈夫です」と言う医師

医師が検査結果をもとに「大丈夫です」と話す一方で、患者さんは依然として体調がすぐれず……。診察室で医師の使う「大丈夫」はわかりにくい言葉の代表です。

たとえば腹痛を訴えて受診し、医師に「CTと超音波検査の結果を見るかぎり、大丈夫です」と告げられる。そんなとき思わず、「私はおなかが痛い。大丈夫じゃない」と反論したくなるものです。

なぜこのようなすれ違いが起きるのでしょうか。それは、大丈夫の意味が医師と患者さんで異なるからなのです。

腹痛という症状に対して、医療の専門家である医師は原因を探ろうと考え、患者さんは痛みを取ってほしいと願う。この立場の差が、「大丈夫とは何か」という認識の差に表れます。医師は、検査の結果から「命にかかわる重大な病気ではなさそうだから大丈夫」と安心し、患者さんは「具合が悪いかぎり大丈夫ではない」から不安を拭えずにいるのです。

両者の溝を埋めるのは難しく、解釈の違いにとらわれているままでは時間の無駄となるでしょう。しかし「大丈夫です」で終わらせるわけにもいかない。本当に安心できる状態に持っていくためにはどう対応したらいいのでしょうか。

医師の"大丈夫の意図"はくみ取りつつ、「深刻な病気ではないとわかり安心しました。では、私のこの痛みを和らげる方法はないものでしょうか」と問いかけ、話を切り替えるとよいでしょう。医師の頭のスイッチを原因探しから困り事の解決法へ転換させるのです。

●医師が、「大丈夫です」と断言できない"5パーセントの壁"

一方で「大丈夫」は、患者さんが言われたいときに言ってもらえない言葉でもあります。がんの検査結果が出て、不安でいっぱいになりながら恐る恐る「私は大丈夫でしょうか?」と聞くと、ほとんどの医師は期待に応えてくれません。「まあ……問題はないと思いますよ」「安心していてよいのではないでしょうか」などと明言を避けるのが常。同様に、「治ります」「薬が効きます」も医師が滅多に言わない言葉です。医学に絶対はないとわかっていても、患者さんとしてはもう少し手応えのある返答が欲しいところでしょう。

医師が「〜だと思います」「〜ではないでしょうか」などの表現を用いてよい結果を伝えるときは、「予想が外れる確率はおおむね五㌫程度で、少なくとも現時点で命にかかわる状況ではない」との判断に基づいています。しかし、この確率を五㌫以下に抑え、限りなく0に近づけようとすると検査に検査を重ねることに。患者さんは、ひとまず大丈夫なのだと安心し、今後どれくらいの間隔で検査を受けるべきかなど現実的な話題に移すのが賢明でしょう。確実な言葉を得ようとこだわると、医師を追い詰めることになりかねません。

「大丈夫」のケーススタディー

●case1 「がんではないでしょう……」。主治医の頼りない答えが不安。どうしたら安心を得られるのか?

食欲不振とおなかの張り、ときどき生じる腹痛に違和感を持っていたAさん(55歳)。がんを心配して受診し超音波とCTの検査を受けました。主治医の診断は「おそらく、がんの心配はないのではないでしょうか」と頼りない答え。思わず「私はがんではないのですね?」と念を押すと、「そうですね……まあ、とりあえずそう思っていていただいて問題はないでしょう」とさらにあやふやな答えが返ってきました。

安心したくて検査を受けたのに、医師はなぜ確実なことをいってくれないのか、Aさんの不安は増す一方です。

【患者の心得】「絶対」「必ず」と聞くのはNG。具体的な数値として尋ねてみる

主治医からそれ以上確実な答えを引き出すのは難しいと思われます。100パーセントがんではないといいきることは不可能だからです。患者さんが不安のあまり「絶対にがんではないですか?」と念を押したり、治療に際して「必ず治りますか?」などと確認するのは逆効果。医師は言質をとられまいと、かえって不確実な答え方に逃げようとする場合もあります。

たとえば「私ががんである確率は10のうちどれくらいですか」と聞くと、医師も「0.5以下でしょう」などと数値で答えられ、患者さんも自分の状態をイメージしやすく安心を実感できるかと思います。

●case2 咳止めの薬を処方された。「効きますか?」と聞くと「たぶん」としか答えない

Bさん(52歳)は一か月前から咳が止まらず、肺の病気を心配してCT検査を受けました。その結果、重大な病気は見つからず、医師は「大丈夫です。よかったですね」と言って咳止めの薬を処方してくれました。

Bさんはひとまず安心しましたが、咳は相当つらかったので「この薬は効くでしょうか?」と聞くと、「たぶん効くと思います。とりあえず飲んでみてください」と不確かな返事。症状があるのに大丈夫といわれ、薬で咳が止まるともいってもらえず、曖昧な医師にどう対応すれば自分が納得できるのか戸惑っています。

【患者の心得】いつ頃、どの程度効くかなど薬の効果を具体的に質問する

医師は、重大な病気が見つからなかったことを「大丈夫」と表現したのです。患者さんが最も知りたいのは薬の効果だと思いますが、万人に有効な薬は存在せず、「効きます」と断言することはできません。

医師が答えやすいのは、薬の効き方や見通しに関する具体的な質問です。「今の症状を10とするとどれくらい軽くなりますか」、「4くらいにはなると思います」、「いつ頃から効いてきますか」、「2、3日で効いてくるでしょう。四、五日後に効果がなかったらまた受診してください」など、医師から具体的な回答が得られれば不安も少しは軽減するのではないでしょうか。

●case3 医師の対応があまりにも曖昧

Cさん(50歳)は両腕の湿疹で近所の内科医を受診。医師は簡単な診察の後に「大丈夫でしょう。少し様子をみましょう」というだけ。何の解決にもならず心配です。

【患者の心得】一人の医師に頼りすぎない

「大丈夫」の中には、「専門外なのでよくわからない」との意味が込められていることがあります。そんなニュアンスを察知したら、皮膚科を受診し直すのも手。すべての困り事を一人の医師に解決してもらおうと思わないほうが、医師も気が楽ですし、よい治療結果につながるものです。

医者のトリセツ 最善の治療を受けるための20の心得
尾藤誠司(びとう・せいじ)
1965年、愛知県生まれ。岐阜大学医学部卒業後、国立長崎中央病院、国立東京第二病院(現・東京医療センター)、国立佐渡療養所に勤務。95〜97年UCLAに留学、臨床疫学を学び、医療と社会との関わりを研究。総合内科医として東京医療センターでの診療、研修医の教育、医師・看護師の臨床研究の支援、診療の質の向上を目指す事業に関わる。医療現場でのジレンマを歌うアマチュアバンド「ハロペリドールズ」ではボーカルを担当。著書に『「医師アタマ」との付き合い方』(中公新書ラクレ)、『医者の言うことは話半分でいい』(PHP研究所)ほか。

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