本記事は、フランク・マルテラ氏の著書『世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

幸福とヘヴィ・メタル:その複雑な関係

ヘヴィ・メタル・バンド
(画像=PIXTA)

フィンランドはおそらく、人口1人あたりのヘヴィ・メタル・バンドの数が最も多い国であり、また同時に政治の面では、世界の中でも特に優れた国のひとつと言えます。この2つの間になにか相関関係があるのかどうかはわかりませんが。
──バラク・オバマ大統領(2016年、北欧諸国首脳との会合でのスピーチ)

フィンランドは、2018年、2019年の世界幸福度報告で共に1位にランキングされた。国民の生活への満足度のランキングを作ると、フィンランドをはじめ、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランドといった北欧の国々が必ずトップ10に入る。特に社会の安定度、安全性、自由という面で、北欧諸国は際立っている。長い冬の気温は氷点下で、しかも、一日中暗闇に包まれてしまう街さえある。そんな中、フィンランド人たちはどうして幸せでいられるのだろうか。それには実はヘヴィ・メタル音楽が重要な役割を果たしているのかもしれない。

ヘヴィ・メタルは総じて言えば評判の良い音楽ではない。しかし、フィンランドでは事情が違う。ポップ・ミュージックは元来、明るく楽しい音楽だが、ヘヴィ・メタルは暗く重苦しい。冬が暗く寒いことで知られるフィンランドには、人口1人あたりにすると、地球上のどの国よりも数多くのヘヴィ・メタル・バンドが存在している──10万人あたり63のバンドがある計算になる。

フィンランドでは、ヘヴィ・メタルが音楽の王である。主要なラジオ局でかかる音楽もヘヴィ・メタルが多いし、カラオケ・バーでも多く歌われている。フィンランドで史上おそらく最も人気があったバンドは、チルドレン・オブ・ボドムだろう。チルドレン・オブ・ボドムは王の中の王と言える存在で、ヘルシンキからリオ・デ・ジャネイロまで、どこでコンサートを開催しても満員になる。暗く重苦しいヘヴィ・メタル音楽が国に幸福をもたらしているというのはなにか矛盾するようだが、それはフィンランドという国の抱える矛盾を反映しているようにも思える。

2019年の世界幸福度報告の調査では、156ヵ国の人たちに、自分の現在の生活を10点満点で評価してもらっている。0が最悪で最高は10だ。フィンランド人はこの評価の平均スコアが世界で最高だった。この結果はまったく驚きではない。フィンランドの社会には他の国に比べて、生活の満足度を高める上で大切な要素が揃っているからだ。まず、日々の食べ物を得るのに苦労することはまったくない。社会サービスは充実している。政治的な抑圧はない。そして、政府への信頼度も高い。

ただし、幸福というのは、生活に満足すれば得られるものではない。幸福というのはあくまで感情だからだ。生活への満足度ではなく、国民の持つ感情で幸福度を計ると、ランキングの様相は一変する。そのランキングでは、パラグアイ、グアテマラ、コスタリカという国々が上位に入る。フィンランドはトップから遠い位置にまで下がってしまう。ただ、この結果もさほど驚きではない。なにしろフィンランド人というのは、つつましく控えめで、感情をあまり表に出さないことで有名だからだ。内気なフィンランド人は人の靴を見て話をするが、陽気なフィンランド人もやはり人の靴を見て話をする、という古いジョークがあるほどだ。

また各国のうつ病の罹患率を調べると事態はさらに複雑になる。たとえば、人口1人あたりの単極性うつ病の罹患者数を比べると、アメリカとフィンランドが共にトップ近くにランキングされることがある。もちろん、どの調査も完全ではないので、直ちに正しい判断ができるわけではない。時には、フィンランドのうつ病罹患率がヨーロッパの平均程度と評価される場合もある。だが、うつ病対策という点では、フィンランドが世界の中で特に優秀と言えないことだけは明らかだろう。矛盾するようだが、生活への満足度が非常に高いまさにその国で、多くの人がうつ病になっているのである。

問題は幸福という言葉に明確な定義がないことだ。人間の感情とは複雑なものだ。生活に満足できたからといって、必ず感情が良くなるわけではないし、悪い感情がそれで消えるわけではない。うつ病にならないわけでもない。心の中が良い感情で満たされること(そして、それを表に表すこと)を幸福と呼ぶのだとしたら、おそらくフィンランドは幸福な国とは呼べないだろう。うつ病がないことを幸福というのなら、フィンランドは世界で最も幸福な国ではない。しかし、生活のための条件が総じて整っていることを幸福と呼ぶのだとしたら、フィンランドをはじめとする北欧諸国は確実に世界で最も幸福な国々ということになる。

そして、フィンランドの人たちの幸福にヘヴィ・メタル音楽が重要な役割を果たしていることは見過ごせない。普段控えめでつつましく、それに誇りを持っているフィンランドの人たちにとって、ヘヴィ・メタルは精神を解放し、浄化する作用を果たしているように見える。

大声で叫ぶことで、抑えつけられていた負の感情を外に出すことができる。カタルシスが得られるということだ。それは本人が自覚する以上に、重要な意味を持っている可能性がある。さまざまな感情を経験するのは、精神的な満足のためには良いことだが、負の感情──ヘヴィ・メタルにはそれを表現した曲が多い──を抑えつけるのはまったく良いことではない。

また、負の感情がないのは良いことだが、実際にはあるものをないことにしてしまうと、結局は幸福が損なわれてしまう。負の感情を表に出すことを許容せず、それを抑圧するような文化は健全とは言えないし、人々の感情に必ず悪影響をおよぼす。あらゆる感情をいつもなんらかの方法で表に出せることが重要だ。

ヘヴィ・メタル音楽は感情を表に出すための良い手段になっていると言える。雪に覆われた森の中で叫んでも誰も聴いていないのでは、と思う人がいるかもしれない。しかし、聴いている人がいるかいないかはこの場合どうでもいいことだ。それによって自分自身と自分の抱える感情を知ることができれば、楽しくもないのに無理に笑うよりも心にとってははるかに良い作用をもたらすだろう。

世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない
フランク・マルテラ(Frank Mar tela)
フィンランド出身。気鋭の若手哲学者、心理学研究者。哲学と組織研究の2つの博士号を持ち、「人生の意味」の問題を専門とする。タンペレ大学で福祉心理学の教鞭を執りつつ、アアルト大学を拠点に活動。学際的なアプローチを行い、多分野の学術誌で精力的に論文を発表する傍ら、ハーバード・ビジネス・レビュー等の一般誌にも寄稿。また、ニューヨーク・タイムズ等のメディア露出や、スタンフォード、ハーバードなど世界の大学での招待講演など、活躍の場は幅広い。プライベートでは3児の父。

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