本記事は、大橋高広氏の著書『リーダーシップがなくてもできる 「職場の問題」30の解決法』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています
労働時間規制がきつ過ぎて、もう上司は部下を育てられない
●変化しつつある人材教育
スポーツを例に考えるとわかりやすいと思いますが、まったく練習をしない野球選手が、教則本だけを読んで一流のプレーヤーになるというのは非現実的です。実は、これと似たような状況にあるのが日本の職場です。
かつては、管理職である上司が部下に仕事を教える時間的な余裕がありました。それも含めて残業時間が伸びていたという背景がありました。
上司が部下にちょっと難易度の高い仕事を与える。部下がうまくいかずに悩む。上司はあえて手を出さずに見守り、「どうすれば良かった?」と問いかける。そこで部下が仕事の適切なやり方を覚えて成長する―。そんなふうに、じっくり時間をかけながら若手社員の成長が促されていたのです。
ところが、最近の職場では、テレワークの普及も手伝って、社員教育の手法としてeラーニングが活用されるようになってきています。要するに、スキルは個々の責任で身につけてほしいという理屈です。社員にとっては「育成」も自己責任になってきているのです。
一部の会社は、社員にeラーニングを課して、ログインしている時間帯や学習の進捗状況を人事部で管理しています。もちろんeラーニングには、ビジネスマンとして汎用的なスキルを身につけるためには使い勝手が良いなどのメリットもあります。ただ、現場のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を完全に代替できるかというと疑問です。
現場における実践ならではのノウハウを養成する手段が少なくなっている。そのため、実践における「想像力」が働き、臨機応変に対応できる部下を育てることが難しくなっている。そこに問題があります。
●「若手が育たない」という大問題
現在は上司が部下を指導する時間的な余裕はなくなっています。でありながら、会社からは残業を減らすようにプレッシャーをかけられています。下手に部下に仕事を任せて失敗されても、それをフォローする余裕もないので、無難にできそうな実務を中心に仕事を振ります。当然、若手は伸びません。
一方、若手は「できる仕事」ばかり与えられているので、「自分は仕事ができる」というおかしな自尊心を高めていきます。結果、上司はますます部下に仕事を任せられない、部下は成長しないというドツボにハマっています。
もちろん、会社としては、このまま管理職に負荷をかけ続けるわけにはいきません。現実に、管理職のメンタルヘルス不調のリスクも高まっています。
しかし、タイミングを同じくしてコロナ禍の時代に突入してしまいました。そのため、上司と部下が直接顔を合わせる機会が減少し、さらに若手社員への現場教育は滞っています。
このままでは、若手社員が育たないまま。将来的に、組織内で大きな問題となるのは間違いないでしょう。
●若手社員は将来的に生き残れるか?
若い社員が残業をしなくても良くなった。それだけを見ると、職場環境が改善され、社員が幸せになったように思えますが、私は若い人にはつくづく気の毒な時代になったと考えています。
私は、いわゆる「ブラック企業」の経営者や管理職の中には、実はホワイトな人も一定数いると思っています。若手の育成に真剣であるという意味において「ホワイト」ということです。
経営者や管理職の中には、自分の余暇を削ってでも若手に仕事を教えてあげたいと使命感を持っている人もいます。いずれAI(人工知能)やロボットなどが本格導入されたときに、若手社員が生き残れるかどうかを案じているのです。
近年、コロナショック以前は売り手市場でしたから、いわゆる「ロスジェネ」といわれる世代と比較すると、若手社員の数は会社内で相対的に多い状況にあります。そのため、AIやロボットなどが本格導入された頃には、中間層となった現在の若手社員がダブつくおそれもあります。もしかしたら、彼らが真っ先にリストラの対象になるかもしれません。「残業を増やしてもいい」という発想はブラックなのですが、若手を育てたいという気持ちはホワイト。彼らはこの矛盾に悩んでいます。つまり、量をこなしてこそ、仕事が身につき、その結果、質が向上する。だからこそ、若手社員に量を経験させてあげたい。しかし、働き方改革で仕事を教える時間がないので困っているのです。
まして、コロナ禍によりテレワークを導入している会社においては、若手社員へ直接教育する機会が大きく減少しているので、なおさらです。
●働き方改革は「パソコン仕事」中心に進められている
これまで日本の製造業などは「クオリティの高さ」を一つの売りとしてきました。実は、このクオリティの高さは、労働時間の引き延ばしによって生み出されていたという側面があります。
本当に良いものを作るためには手間と時間がかかる。反対に、時間を減らせば必然的にクオリティが下がってくる。単純な理屈です。
極端に労働時間が減らされたら「雑にやればいい」という結論になります。このようなことから、いずれ日本企業の強みは失われていくのではないか、と私は予測しています。
残業が減るのと比例して、仕事のクオリティが下がる。私がそういうと、「短時間で効率よく生産性を上げるのが働き方改革の本質であり、残業を前提としたクオリティ維持の時代は終わった」という反論を受けるかもしれません。
でも、私はそうした反論は、「パソコン仕事」中心の人たちによって生み出された一方的な理屈だと考えています。
人の成長に関して参考になる「成長の5ステップ」という考え方があります。ここでは、人の成長を、「1 知る」「2 わかる」「3 行う」「4 できる」「5 分かち合う」の5段階で説明しています。
「1 知る」は知識を得ることで、「2 わかる」は知識を得た上で理解することです。そして、その知識をもって実行することが「3 行う」です。
私は、部下の成長を支援するときに重要なのは「1から3までをフォローすること」だと考えています。つまり、仕事をする上では知識を得て理解するだけでは不十分で、実際にやってみる場や機会を提供しなければ、部下はできるようにはならないのです。
たとえば機械を使っている人は、機械を触らないと技術を習得できない。シェフは料理をしないと成長できないのです。ところが、これらを反復練習するためには、職場の環境が不可欠です。職場以外の場所でもできる仕事ばかりではありません。これが現場のリアルなのです。
パソコン1台で仕事が完結する人は、仕事の場所も時間も選べます。だからテレワークを導入してもうまくいきます。
そういった一部のパソコン仕事の人主導で働き方改革が進められるから、現場でスキルアップしたい人や現場でしか仕事ができない人が割を食うという構造になっているのです。
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