本記事は、中石和良氏の著書『サーキュラー・エコノミー: 企業がやるべきSDGs実践の書』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています

斬新な発想で、廃棄物の概念を変える ── ナイキ

糸くず
(画像=コピ・ルアク/PIXTA)

廃棄物から生まれた斬新なシューズ

米国オレゴン州ポートランド郊外に本社があるナイキは、2020年に大きなニュースを世界に発信しました。シューズブランド「スペースヒッピー(SPACE HIPPIE)」をお披露目したのです。

このシューズは素材選択から生産方法、それに包装材に至るすべてにおいて、環境に与える負荷を考慮。驚くべきことに、使用する素材の約9割に廃棄物を再生利用しています。ナイキサイドでは、「ナイキ史上、過去最低の炭素排出量で生産されたシューズ」とアナウンスしています。すごい力の入れようです。

では、いったいどういうシューズなのか。ちなみに、「スペースヒッピー」というブランド名は、工場の床などに落ちている糸くずをナイキで「宇宙ゴミ」と呼んでいることに由来します。つまり、廃棄物を原料にしているのです。

同社のチーフデザインオフィサー、ジョン・ホーク氏はこう語っています。

「最小量の素材、最小量のエネルギーや炭素排出量をどうやったら最大限活用していけるかを考えた。その結果、生まれたのはまるで未来からもたらされたように見えるシューズだ」

どのくらいの廃棄物が使われ、環境への負荷がいかに軽減されているのかをナイキが発表している資料から見ていくことにしましょう。

まず、アッパー部分のニットは「宇宙ゴミ」の糸です。この宇宙ゴミの糸とは、全体の25%が店頭などで回収されたTシャツから再生した繊維、25%が工場の床に落ちていた糸くずなどの廃棄物。残りの50%はペットボトルを再生したポリエステルということで、100%再生素材です。

次にクッション部分。日本でもマラソンなどで記録が出ると話題になったあのピンク色の厚底ランニングシューズ(ヴェイパーフライ)の製造過程で出たスクラップをクッションに再加工しているのです。これによって、通常のシューズと比べると製造過程で排出するCO2はおよそ半分になったそうです。

一方ソールは、廃棄されたシューズを粉砕して作った再生素材「ナイキ・グラインド(Nike Grind)」のラバーが15%混ぜられています。このように、新しい素材の使用を減らすことでCO2の排出量を抑える努力をしています。

ちなみに、このナイキ・グラインドの粒は素材感や色がまちまちです。そのためシューズ一つひとつを見比べると、微妙に違っていてまさに一点物です。自分だけのデザインのシューズが手に入るわけで、このあたりは私のようなナイキファンにとっては嬉しい話です。

アッパーに使う宇宙ゴミの糸も実にカラフルですし、こうした廃棄物を消費者の目を惹くカッコいいデザインにしてしまうところは、さすがナイキです。

ナイキのサステナブル・イノベーション担当副社長のシャナ・ハナ氏は、スペースヒッピーの発表に合わせ、「将来、プロダクトは循環するようになると信じている。そのためには、デザイン、利用、再利用の方法や、各工程で無駄を省く方法まで、すべてを考えていかなくてはならない」と決意を述べました。

経験値を製造工程に生かす

もともとナイキはサステナビリティへの意識が高く、スペースヒッピー以前からさまざまな取り組みを行っています。

たとえば、有名なところでは1990年代に「リユース・ア・シュー(Reuse-A-Shoe)」というプログラムをスタートさせています。これは、不要になったシューズをナイキの店舗で回収し、アッパーの布部分、インナーのフォーム部分、ソールのゴム部分の3つのパーツに分解。布は屋内バスケットコートやバレーボールコートのクッションパッドとして、フォームは屋外バスケットコートやテニスコートのクッションに、そしてゴムは競技用トラックなどに再利用。回収物を余すことなく使っています。

商品では、2008年以降の「エア」シリーズから力を入れるようになりました。ソールに製造廃棄物をリサイクルした素材を50%使用する他、製造時には太陽光などの100%再生可能エネルギーを採用しています。さらに、クッション部分には、エアシリーズのソールを製造した過程で廃棄された素材が90%以上使われているという具合です。

「フライニット」シリーズでは、従来製造工程で出していた廃棄物を60%削減する設計をあらかじめ施しました。2012年以降、6億本分以上のペットボトルを再利用した計算になり、かなりのプラスチック廃棄物の排出を抑えたことになります。また、再生レザー繊維を50%以上使う「フライレザー」シリーズは、裁断効率を向上させる工夫をし、廃棄物の量を減らす努力がなされています。

自社のミッションを明文化する

一方、こんなサービスも登場しています。

2019年に始めた「ナイキ・アドベンチャー・クラブ(NIKE ADVENTURE CLUB)」は、子ども向けシューズのサブスクリプション方式のサービスです。

子どもの成長とともに、靴を次々に買い替えなければならない。これは子どもがいる親なら共通して抱える悩みです。親にとっては負担だし、まだ履けるものを捨ててしまうのは環境的にも社会的にもよくないでしょう。そこで毎月定額を払うことで、価格に応じて靴を購入でき、履かなくなった靴はナイキに返送できる、親には助かるサービスが始まりました。

こうした一連の取り組みを受け、ナイキは2019年にある行動に出ました。「ムーブ・トゥー・ゼロ(MOVE TO ZERO)」という、企業としての自らのミッションを明文化したのです。

具体的には、5つの内容を策定しています。

1 2025年までに、所有・運営する施設を100%再生可能エネルギーで稼働する。
2 パリ協定に則し、2030年までに世界のサプライチェーン全体のCO2排出量を30%削減する。
3 シューズ生産過程で生まれる廃棄物の99%を再利用する。
4 年間10億本以上の廃ペットボトルを再利用して、ジャージとフライニットのアッパーのための糸を作る。
5 リユース・ア・シューやナイキ・グラインドのプログラムを通して、廃材から新製品、運動場、ランニングトラックやコートを作る。

炭素排出量と廃棄物を「ゼロ」にするというのがミッションの「ムーブ・トゥー・ゼロ」です。その上で、「地球環境を守ることはナイキの使命であり、この取り組みのゴールはない」と言い切っています。

サーキュラー・エコノミー: 企業がやるべきSDGs実践の書
中石和良(なかいし・かずひこ)
松下電器産業(現パナソニック)、富士通・富士電機関連企業で経理財務・経営企画業務に携わる。その後、ITベンチャーやサービス事業会社などを経て、2013年にBIO HOTELS JAPAN(一般社団法人日本ビオホテル協会)及び株式会社ビオロジックフィロソフィを設立。欧州ビオホテル協会との公式提携により、ホテル&サービス空間のサステナビリティ認証「BIO HOTEL」システムを立ち上げ、持続可能なライフスタイル提案ビジネスを手掛ける。2018年に「サーキュラーエコノミー・ジャパン」を創設し、2019年一般社団法人化。代表理事として、日本での持続可能な経済・産業システム「サーキュラー・エコノミー」の認知拡大と移行に努める。

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