本記事は、吉田洋一郎氏の著書『PGAツアー 超一流たちのティーチング革命』(実務教育出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
ゴルフに革命を起こしたタイガー・ウッズ
海外の一流プレーヤーは日々技術向上に力を注いでいます。
日本でも馴染みのあるタイガー・ウッズのプロフェッショナルとしての姿勢や取り組みについて、私が実際に取材をしたり、親交のあるクリス・コモ(「週刊ゴルフダイジェスト」で著者とコモによる「クリス・コモのバイオメカ研究所へようこそ」連載中)をはじめとした歴代のコーチに話を聞いた内容をもとにお伝えしようと思います。
タイガーは、アマチュアからプロ転向翌年の1997年4月に、いきなりマスターズ・トーナメントで優勝し、世界を驚かせました。
マスターズ初日前半こそ、初出場のプレッシャーからか4オーバー40でしたが、後半で6アンダーを記録すると、2日以降もスコアを伸ばし続け、完全な独走状態となりました。そして、最終的には2位に12打差の通算18アンダーという圧倒的なスコアで優勝を飾ります。
- マスターズ・トーナメント:5勝(1997年・2001年・2002年・2005年・2019年)
- 全米オープン:3勝(2000年・2002年・2008年)
- 全英オープン:3勝(2000年・2005年・2006年)
- 全米プロゴルフ選手権:4勝(1999年・2000年・2006年・2007年)
- PGAツアー勝利数:82勝(歴代1位タイ)
- メジャー勝利数:15勝
このときタイガーがゴルフ界に与えた衝撃は計り知れないものでした。それはプロ入りから1年足らずの青年が圧勝したからではありません。300ヤードを超えるドライバーショットを放ち、ピンをデッドに狙う攻撃的なプレースタイルで世界中のゴルフファンを熱狂させたからです。
それまで、ゴルフはパワーよりも技術や経験が生きるスポーツだと言われ、選手たちは真っすぐ飛ばすためのスイング技術を磨き、小技の精度を高めることに取り組んできました。
ところが、タイガーは300ヤードを超えるドライバーショットを武器に、そうしたゴルフ界の常識を破壊し、パワーゲームの扉を開いたのです。タイガーの出現によって、ゴルフはそれまでとは全く違うスポーツになったといっても過言ではありません。
当時21歳3カ月の最年少優勝記録は2021年現在も破られていません。この年は出場するトーナメントを総なめにするほどの破竹の勢いで勝ち星を積み重ね、世界ランキング1位、PGAツアーの最年少賞金王にも輝きました。スーパースター街道の始まりでした。
華々しい活躍はその後勢いを増し、32歳になった2008年にトリプル・グランドスラム(4大メジャーをそれぞれ3回制覇すること)を達成し、彼のゴルフ人生は頂点を極めました。
2009年の不倫スキャンダルを境に激しい浮き沈みを経験したものの、2018年には長期低迷を脱し、世界のトッププレーヤーとして返り咲きます。
2019年にはマスターズで5度目の優勝。2008年大会以来ですから、11年ぶりの快挙でした。この年は日本初開催となったPGAツアー、ZOZOチャンピオンシップでも優勝しています。
私がタイガーのキャリアで他の選手と違うと感じる点は、セルフプロデュース力によって、「グッドプレーヤーからグレートプレーヤー」となったことです。
ビジネス書の名著『ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則』(日経BP ジェームズ・C・コリンズ著)は次の冒頭の言葉から始まります。
「良好(グッド)は偉大(グレート)の敵である。
偉大だと言えるまでになるものがめったにないのは、そのためでもある。」
ゴルフの場合も「グッドプレーヤー」と「グレートプレーヤー」の間には分厚い壁が存在しています。タイガーがこの壁を破ることができたのは、天性のゴルフの才能に加え、物事を客観的かつ、戦略的に考えることのできる思考があったからです。
タイガーはジュニア時代から天才と呼ばれ、8歳で世界ジュニア大会優勝、全米アマ3連覇、マスターズ最年少優勝などを成し遂げます。しかし、若くして活躍した選手が、グッドプレーヤーから、歴史に名を残すグレートプレーヤーになるとは限りません。
才能を生かしきれず表舞台から消える選手、グッドプレーヤーではあるものの、殻を破れずにくすぶる選手は星の数ほど存在します。
ゴルフに限らず、他のスポーツでもプロになるスポーツ選手の多くは、早くから「将来が有望な大器」「幼くして飛び抜けた実力を持つ」などと評された人たちです。そうした「天才」たちが集まる中で、偉大な選手になるのは並大抵なことではありません。
私はグレートプレーヤーの定義を考えるとき、「メジャー5勝、PGAツアー40勝」を1つの基準として考えています。メジャーを5勝以上している選手には、セベ・バレステロス(5勝)、フィル・ミケルソン(6勝)、ベン・ホーガン(9勝)、ジャック・ニクラウス(18勝)など歴史に名を刻む名手たちが名を連ねています。
天性の素質を生かし31歳までに5勝した早咲きのセベ、才能に加えクレバーな取り組みで33歳以降に6勝した遅咲きのミケルソンなど、さまざまなタイプの偉大な選手たちがいます。
タイガーはスーパースターへの階段を上っていく途中、さまざまな挫折を経験し、試行錯誤を繰り返してきました。
どんなに優れたプレーヤーでも、その道のりでは必ず壁に突き当たります。壁は、その人のレベルに合わせて高くなったり低くなったりして、難易度を変えます。初心者が突き当たる壁は、良いコーチに教われば容易に乗り越えられるでしょう。
しかし、トッププロが突き当たる壁は高く険しく、これまで誰も乗り越えたことのないレベルです。そのような壁を1人で乗り越えることは、才能に恵まれたスーパースターでもできません。
そこで必要になるのは、自分に必要なスキルを持った指導者を見つける能力、アドバイスに対し謙虚に耳を傾ける姿勢、人から応援される人間性だと思います。
一流の選手は、自分一人の力では何もできないことを知っています。自分一人の努力だけで、今の自分の地位を築いたなどと考えている選手はいないでしょう。実際、一流選手が優勝をした後にインタビューを受けると、必ず自分を支えてくれたスタッフや家族、友人らに感謝の言葉を述べます。
それがマナーだという面もあるのですが、高い壁を乗り越えてきた選手の言葉には、「周囲の協力と励ましがなければ、ここまでたどりつけなかった」という実感が込められているはずです。
これは、タイガーも例外ではありません。後ほど触れますが、タイガーはプロ転向後、主に4人のスイングコーチから指導を受け、スイングを変えてきました。しかも、スイングの変更は微調整といったマイナーチェンジではなく、スイングに対する考えやプレースタイルを変えるほどのフルモデルチェンジでした。
人間は自分の考え方や、過去の成功体験に固執しがちです。自分の才能や努力で成功してきた選手が、それまでのスタイルを捨てることは容易ではありません。
考え方や取り組み方を変えられず「今のスタイルを追求すれば、さらなる高みに到達できるのではないか」とそれまでと同じことを繰り返したり、自分の能力を過信して人の話をうまく取り入れることができない場合があります。
タイガーは、常に自分のゴルフに何が必要かを冷静に分析し、そのために必要なコーチに学び、常に成長したいという意識を持って謙虚に学んできました。これが、タイガーをグッドプレーヤーからグレートプレーヤーへと成長させた最大の理由です。
自分にとって最適なコーチを探し出し、彼らの言葉に謙虚に耳を傾け、自分自身も努力した。要するに、これだけのことなのですが、目標を実現するためには、自らを変革する意志とスキルが欠かせないのです。
多くの人はタイガーのプレーやスイングを真似することはできないでしょう。しかし、それ以上に大事な、自らを高めるアプローチ方法や戦略的な思考は真似することが可能です。