本記事は、吉田洋一郎氏の著書『PGAツアー 超一流たちのティーチング革命』(実務教育出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

スランプ
(画像=PIXTA)

スランプから脱出するには

ゴルフを日本で人気スポーツにした立役者のひとりが尾崎将司(おざきまさし)さんです。プロ2年目の1971年に日本プロを制し、その後3カ月で5勝を挙げ、鮮烈なデビューを飾ります。その後、賞金王12回、世界プロツアー最多勝利記録の通算113勝を記録し、2010年に世界ゴルフ殿堂入りを果たしました。

ジャンボ尾崎の愛称でゴルフファンはもとより、多くの人に愛されてきました。

そんなジャンボ尾崎さんですが、デビュー11年目頃からスランプに陥りました。ドライバーショットが隣のホールやその隣のホールまで曲がりOBを連発。プロデビューした1970年から80年までに24勝を挙げましたが、81年から85年まではわずか3勝と、修正がきかない時間が長く続きました。

当時は現在のようにコーチが付くわけでもなく、ジャンボさんは人のプレーを見たり自分のフィジカルについての検証をノートに記して振り返るなど、試行錯誤を繰り返す日々だったそうです。その甲斐があり、1980年代半ばから復活の兆しが見えはじめ、40代に入り再びかつての強さを取り戻しました。

ただ、それが現在であれば、もっと効率的な方法で早期にスランプを脱出できたのではないかと思います。

50代になって全盛期を迎えたジャンボさんですが、結果的に「球が曲がり続けた時期は必要だった」と言います。ジャンボさんに限らず、スランプを経験した選手の多くは、そうした時期があることが大事だと語りますが、私は技術的な問題におけるスランプで試行錯誤する必要はないと思います。

技術面の問題解決はその修正法を知っているプロフェッショナルに頼めばいいと考えるからです。

日本人は、問題にぶつかると悶々(もんもん)としながら試行錯誤する人が多いように思います。アスリートとて同様です。

自分で研鑽を重ねて技を磨くという考え方や、何か問題が生じたら「安易に人に答えを求めず、自分で考えることが大切」だと幼い頃から叩き込まれて来た人たちが陥りやすい行動様式でしょう。

ジャンボさんについては、時代的に仕方のない面もあったと思います。当時のゴルフ界では、科学的なゴルフティーチングはもちろん、確立されたスイング理論をもとに指導することができる指導者はいませんでした。トッププロは、自分の力で課題を解決し、壁を乗り越えなくてはならなかったのです。

スランプには2つの種類があります。1つは「どこに問題があるのかはわかっているが、直し方がわからない」という状態。もう1つは「自分が今、どういう状態なのかわからない」という状態です。そして、多くの場合、現状認識で躓(つまづ)いている場合が多い傾向があります。

自分の現状を客観的に分析できないまま試行錯誤を続けていると、感覚と実際の動きのズレがだんだん大きくなり、元の問題がわからないほど深刻な状態になります。そして、もつれた糸のように、元の状態に戻せなくなってしまうのです。このような泥沼にはまらないように選手の状態を客観的に把握し、修正していくのが指導者の役目です。

スランプに悩んでいた当時のジャンボさんに優秀なコーチがついていれば、34歳から38歳という脂(あぶら)の乗った時期に長いスランプを経験せず、さらに通算勝利数を伸ばしていたのではないでしょうか。

もし、ジャンボさんほどの才能に恵まれた選手が現代に生まれ、最先端の指導を受けることができれば、メジャー制覇はもちろん、PGAツアーの歴史の中でも特筆すべき偉大な選手になることが可能だと思います。

ビジネスでは何か問題があれば人に聞いたり、本から答えを見つけたりすることがあるかもしれませんが、日本のプロゴルファーの多くは勝負の世界で生きているので、戦略的に問題解決することには慣れていないということもあります。目の前の一打をどう打つかに集中することで、自分の問題は自分でなんとかするという考え方が染み込んでいるように感じます。

他人の目を気にせずに集中する

「タイガー・ウッズは天才だし、特殊だからマネすることはできない」と言うゴルファーもいますが、それは少し誤った見方です。

タイガーは天性の素質は持っていましたが、教育によって成長した部分が大きいのです。アメリカではスポーツのプロになるための教育が充実しています。プロフェッショナルを生み出すことが文化になっていると言ってもいいでしょう。

前にも述べましたが、タイガーは幼少の頃からコーチが付き、コーチとのかかわり方をよく理解していました。プロになるための英才教育に取り組み、その過程で競争心が育まれていき、勝ちたいという気持ちが誰よりも強くなっていったのでしょう。

そうした環境の中で成長を続け、20代でトッププレーヤーになっていったのです。しかし、順風満帆に成長していったわけではないと思います。

なぜなら、成長スピードに合わせて世間の注目度も爆発的に上がっていったわけですが、誰であっても大きな注目を浴びると大きなストレスにさらされます。

快進撃を続けていると、勝って当たり前だと思われます。すると今度は、「期待に応えなくてはいけない」という思いと「負けられない」という思いが強烈なプレッシャーとなって自身に襲いかかってきます。

その状況で、ファンたちが押し寄せて来て、「握手してください」「写真を一緒に撮ってください」などと言われます。ファンサービスとはいえ、極度のプレッシャーの中で期待に応えていくのは難しいことだと思います。

ときには監視されているような錯覚を覚えることもあったでしょう。

残念ながら、極度のストレスから自身を解放するために、アルコールやギャンブルにのめり込み、現実逃避したくなる人もいます。

メディアで有名人の薬物事件が報道されることがありますが、最近では成功した経営者もそのような事件を引き起こすことが珍しくありません。彼らがよく言うのは、危険なことへの依存は、未来に対する大きな不安とプレッシャーから逃れるためだというのですが、タイガーに限らずゴルフのトッププロたちの重圧もまた、一般の人にはなかなか理解できないことでしょう。

トップで活躍するほど周りの評価は気になると思うのですが、ある程度公人としての自分に慣れて開き直り、そうした目を気にしないようにすることが賢明です。いまはさまざまな意見がSNSで投稿されたりしますが、それをいちいち見たり聞いたり受け入れていたら自分の精神が持たなくなります。

SNSでは根も葉もないことが投稿されることもありますので、自分には関係ないことだと受け流してプレーに集中することもプロの仕事だと思います。

失敗から本物を見極める目を養う

タイガー・ウッズの場合、記録だけで言えば自分より優れているのはジャック・ニクラウスしかいません。自分よりも優れたプレーヤーにしか意見を求めないとすれば、タイガーはニクラウスの助言しか聞けないということになります。

しかしタイガーは違います。自分にとって何が必要なのか、何が正しいのか、一番メリットがあるのは何かという基準で人からの意見を聞き、判断し、活用するのがタイガー流なのです。

ソフトバンクグループの孫正義さんは、投資事業において多くの会社を買収することで会社を成長させていますが、今後の成長の可能性を見極めて投資先をピックアップして育てています。

いわゆる先見の明ということですが、こうした本物を見極めるセンスを持つのが本当の一流です。ただ、その背景にはいくつもの失敗もあります。

ビジネスにしてもゴルフにしても失敗の経験の中から良い面と悪い面が浮き彫りになってきます。

タイガーもスイングを変えるプロセスにおいて全部が成功ではなかったと思います。最終的に結果は出していますが、それはスイングを変えていくプロセスでスイング構築のプロセスにおける体の反応や、スイングの修得過程がわかるようになったことで、再度スイングを変えるときにその経験が活かされていくのです。このプロセスをしっかり検証し、そこから学ぶことがとても大事になるのです。

仮に、プロであっても、不調から復活しようとタイガーのスイングを真似てもうまくいかないでしょう。スイングを真似るのではなく、タイガーがそのスイングに至ったプロセスを真似たり、新しいスイングを構築するプロセスを学ぶべきなのです。

上達する仕組みではなく、スイングそのものに目がいってしまい、表面的に見えるものだけを真似してもうまくいきません。真似するべきは仕組みということです。タイガーは、コーチを付けることでこの仕組みをつくり上げていきました。

PGAツアー 超一流たちのティーチング革命
吉田洋一郎
PGAツアー、海外ゴルフ理論に精通するゴルフスイングコンサルタント
2019年「ゴルフダイジェスト」レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞
北海道出身。世界4大メジャータイトル21勝に貢献した世界No.1のゴルフコーチ、デビッド・レッドベター氏を2度にわたって日本へ招聘し、世界一流のレッスンメソッドを直接学ぶ。2013年から欧米に渡り、欧米の一流インストラクター約100名に直接学び、世界中のスイング理論を研究している。海外ティーチングの講習会、セミナーなどで得た資格は20以上にのぼる。海外メジャーを含めた海外ゴルフトーナメントに足を運び、選手の現状やティーチングについて情報収集を行っている。ゴルフの垣根を超え、欧米スポーツの取材を精力的に行っている。ゴルフメディアにおいて、CSゴルフ専門チャンネルゴルフネットワーク解説、ゴルフティーチング書籍執筆(著書合計16冊)、ゴルフ雑誌連載(「週刊ゴルフダイジェスト」など)、ウェブコラム(「日刊スポーツ」「スポルティーバ」「GOETHE」)など幅広く活動している。

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