本記事は、吉田洋一郎氏の著書『PGAツアー 超一流たちのティーチング革命』(実務教育出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
タイガーと4人のコーチ
ここで、ゴルフのスイングモデルについて説明しておきましょう。
アマチュアのみなさんは、一度はスイングの基本を習ったり、本や雑誌で読んだりしたことがあると思います。しかし、いろいろとスイングについて学んでも、それぞれ言っていることが違い、どうしたらよいのかわからなくなったという経験はないでしょうか。
これは、それぞれのコーチが目指している最終ゴールであるスイングの型「スイングモデル」が違うことで起こっている問題なのです。最終ゴールであるスイングモデルが違えば、指導する内容は180度変わる場合があります。
世の中に絶対的に正しいスイングは存在せず、どのスイング理論も正しいため、理論の数だけスイングモデルがあるという状態になっています。以下、タイガーの取り組みと4人のコーチについて紹介していきましょう。
- ブッチ・ハーモン(1人めのコーチ)
- ブッチ・ハーモンは、タイガー本来のフィジカルの強さを生かしたスイングをつくりあげました。ダウンスイングで下半身を少し目標方向に移動させながら、クラブの遠心力を使う飛距離と方向性を両立させたスイングです。テクニカルになり過ぎず、持って生まれた才能を最大限発揮させることが狙いでした。
- ハンク・ヘイニー(2人めのコーチ)
- 次のコーチ、ハンク・ヘイニーはスイングプレーン(ライ角通りに構えたクラブの延長線のラインのこと)を重視しているコーチです。この頃のタイガーは、左ひざを傷め、選手生命の危機にありました。ヘイニーは、バックスイングとダウンスイングの軌道を同じにすることで膝への負担を減らそうと考え、フラットなスイングプレーンを徹底的に指導します。タイガーとヘイニーは互いに激しく議論し合い、何度もスイング動作を繰り返してスイング構築を行いました。この結果、タイガーは膝への負担を軽減するとともに正確性を身に付け、復調を果たします。
- ショーン・フォーリー(3人めのコーチ)
- しかし、再び膝痛に悩まされるようになったタイガーはショーン・フォーリーをコーチに招きます。フォーリーは、アドレスで左足体重にする左一軸スイングを指導しました。これは左右の体重移動を減らして膝への負担を軽減するとともに、再現性を重視したものです。大会の4日間を通して安定したプレーをし、1年間コンディションを整えながら戦っていくという、持続性を重視したスイングと言ってもいいでしょう。
- クリス・コモ(4人めのコーチ)
- 4人目のコーチ、クリス・コモは、膝や腰の怪我で満身創痍(まんしんそうい)の状態になっていたタイガーに対し、スイング理論の型にはめるよりも、タイガー自身が本来持っている体の動きに戻すことが大切だと考えました。コモはハーモンに師事していた2000年頃のスイングがタイガーにとってベストのスイングだと考えており、バイオメカニクスの知識を生かして体に負担が少なく、飛距離の出るスイングを構築しました。そして、コモの指導によって本来の体の動きを取り戻したタイガーは、再び復活を果たします。
日本の武道や茶道などの修行には、「守破離(しゅはり)」という言葉があります。これは修行の段階を示す言葉で、「守」では流派や指導者の教え、型、技を忠実に守り、「破」では他の流派や指導者の教えに触れ、良いものを取り入れて心構えや技を発展させます。そして「離」では1つの流派にとらわれずに独自の境地を生み出し確立させます。
これを、タイガーのスイング構築に当てはめると、ハーモンが「守」、ヘイニー、フォーリーが「破」、コモが「離」と言えるのではないでしょうか。
特にヘイニーやフォーリー時代の型にはめるスイング構築から、自分にとって自然な動きを最優先した、今までとは異なるスイング構築のプロセスに対応できたのは、それまでのスイング構築による経験が生きているからだと思います。
コモとコーチ契約解消後は高校時代からの友人であり、タイガーの所有する会社の役員のロブ・マクナマラにスイングをチェックしてもらいながら、自らスイングを管理しています。
4段階を経たタイガーのスイング構築
タイガーのスイング構築には年代ごとに、スイングを変える意味やテーマを読み解くことができます。タイガーはスイング構築において「飛距離」「正確性」「再現性」「超越性」の4つの段階を経てきました。
ブッチ・ハーモンのもとで「飛距離」を武器に勝てるゴルフの基本を身につけ、ハンク・ヘイニーからはフラットなスイングプレーンで「正確性」をベースとしたスイング技術を学び、ショーン・フォーリーの指導で4日間の試合を高いレベルでプレーする「持続性・再現性」をテーマに1年間安定したパフォーマンスで戦い続ける技術を身に付けました。
そして、コモと組むことで自分にとって最も自然な「超越性」をテーマとしたスイングモデルを手にすることができたのです。
自然体のスイングを身に付けたことで、タイガーは試合に集中し、自己を制御しながら最高のメンタルでプレーできるようになったのではないかと思います。2019年のマスターズでの復活優勝は、こうした心技体の成長が頂点に達した結果だったのではないでしょうか。
タイガーは目的をしっかり定めて自らプランニングし、それに対して自分が何をすべきで、どんなコーチを選ぶべきかという明確なロジックを持っていました。
そしてコーチを代えるタイミングは結果が出ないときだけではなく、結果が出ているときにも行ってきました。現状に決して満足せず、「いま勝っているけどもっと上に行く」「もっと圧勝できる」と理想を高く持つことでモチベーションを上げてきたのです。「ポジティブな現状否定」と言ってもいいでしょう。
そこには、自分がより良い状態、自分がプロとして最も理想とする状態を追求する姿があります。その結果、タイガーは「離」の境地へと自分を高めることができたのです。