本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

褒める,上司
(画像=PIXTA)

「叱る」と「褒める」、どっちがいい?

星野社長の信念、平均への回帰

あるテレビ番組で「星野リゾート」の星野佳路社長について、次のようなエピソードが紹介されていました(※1)。

星野さんは大学時代、アイスホッケーに打ち込みました。中学時代から選手として活躍していた星野さんは、チームを強くしようと意気込みました。率先してハードな練習をこなし、他の部員にもそれを厳しく求めました。しかし、チームには経験者が少なく、なかなかついてこられませんでした。

試合でミスが出ると「真剣さが足りない」と叱り飛ばしました。練習量の少ない部員には、わざと体あたりをして、体の弱さを思い知らせました。しかし、チームは一向に強くなりません。それどころか、雰囲気は悪くなる一方でした。

ある日、星野さんは監督に呼び出されます。日頃から「チームの雰囲気を壊すな」と言われていた星野さんは、また注意されるのだろうと身構えました。

監督は「お前が考える7割でよしとして、褒めてやれ」と言いました。

星野さんはちょっとした反発を覚えました。しかし、体育会の世界で監督の指示は絶対で、しぶしぶそれを実践しました。シュートを外す選手にはいつも怒っていましたが、ぐっと堪えて、一度でも入れば褒めてみました。声の出ない部員が少し声を出しただけで「いいぞ!」と励ましました。

すると半年後、チームの様子が変わり始めました。みんなやる気になり、きつい練習に進んで取り組む部員が増えました。チームの成績はどんどん上向いて、4年生のときには、とうとう所属するリーグで優勝を果たしました。

部員の変わりように最も驚いたのは、星野さん自身でした。その後、経営者として会社を率いることになった星野さんは、リーダーとして最も大切なことを、あのときの監督の言葉が教えてくれたと思っているそうです。

1-3でお話ししましたが、人間を含む動物には、報酬を求め、罰を避けるというシンプルな習性があります。叱られ続けると嫌になって、職場や上司までも避けるようになってしまいます。

上司は改善させるつもりで叱っても、部下は不満やストレスが溜まって、仕事から逃避するかもしれません。褒められるとうれしくなって、その活動をもっとやりたくなります。

平均への回帰

「平均への回帰」(regression to the mean)という現象があります。

たとえば、野球のコーチが毎日、同じ選手にノックをするとします。

ある日、この選手はたまたま絶好調で、ファインプレーを連発します。コーチは「いいぞ!」と褒めます。

絶好調はそう何日も続きませんから、次の日はだいたいいつもどおりの調子にもどります。するとコーチは「なんだ、昨日はよかったのに、褒めたらダメになったな」と言います。

翌日はたまたま絶不調で、エラーを連発します。コーチは「何やってるんだ、気が緩んでるぞ!」と怒鳴ります。

絶不調もそう長くは続かないので、次の日はそこそこふつうの調子にもどります。するとコーチは「今日はよくなったな、昨日あれだけ怒鳴ったおかげかな」と言います。

このように、調子がランダム(偶然)に変動するときは「好調のあとは調子が悪くなり、不調のあとは調子がよくなる」という確率的な傾向が生まれます。

これは指導者にとっては「褒めると調子が悪くなり、叱ると調子がよくなる」と感じられるので、つい「叱る指導の方が効果的だ」と錯覚しがちです。

心理学の実験では、動物でも人間でも、褒める方が学習には効果的だとわかっています(※2)。


  • (※1)NHK「プロフェッショナル」2012年2月6日放送、https://www.nhk.or.jp/professional/2012/0206/index.html
  • (※2)ダニエル・カーネマン著、村井章子訳『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房、2014年)、第17章

今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」
佐藤 耕紀
防衛大学校 公共政策学科 准教授
1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。これまでに経営学の共著が6冊ある。

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