この記事は2022年2月16日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「退職前後の健康状態の変化~退職後も利用できる福利厚生ヘルスケアサービスに期待」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 要旨
  2. 1 ―― 従業員の健康増進を目的とする福利厚生ヘルスケアサービスは増加
    1. 1 ― 1 「健康経営®*」の考え方が浸透
    2. 1 ― 2 法定外福利厚生費は抑制傾向だが、ヘルスケアサポート費は増加
    3. 1 ― 3 退職後の健康維持を支援する福利厚生もある
  3. 2 ―― 退職前後の生活習慣と健康状態~運動習慣(男女)、喫煙(男性)は大きく改善する可能性
    1. 2 ― 1 退職前後の生活習慣と健康状態の変化の例
    2. 2 ― 2 退職と生活習慣や健康状態には密接な関係がある
  4. 3 ―― 退職後も利用できる福利厚生ヘルスケアサービスに期待

要旨

福利厚生ヘルスケアサービス
(画像=PIXTA)

従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営®*」の考え方が浸透してきている。近年、福利厚生におけるヘルスケアサービスも充実してきている。

本稿では、厚生労働省の「中高年者縦断調査」を使って、退職前後の生活が大きく変わるタイミングにおける生活習慣や健康状態の変化を紹介する。また、退職後も、企業がヘルスケアサポートをすることで、高齢期の自立期間を延伸できれば、現職の従業員にとっても心強いサポートになり得ると思われる。

現在、福利厚生代行サービスの中には、退職後も一定期間利用可能なものがあることから、こういった福利厚生によってサポートすることが考え得るのではないか検討したい。


* 「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。


1 ―― 従業員の健康増進を目的とする福利厚生ヘルスケアサービスは増加

1 ― 1 「健康経営®*」の考え方が浸透

従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営R」の考え方が浸透してきている。従業員等への健康投資を行うことが、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上、従業員の定着につながることが期待されるからだ。

従業員の健康増進を目的とする取り組みは、多岐にわたって進められている。たとえば、特定健診・保健指導の実施、健診等結果の分析によって、従業員の健康状態を把握し、生活習慣病等の予防・重症化予防を行うこと、ストレスチェック等によってメンタルヘルスケアを行うことのほか、長時間労働や過重労働の是正等の働き方の見直し、個々の従業員にあった業務への配置、病気治療中の従業員に対する治療と仕事の両立支援等を実施するなどである。


* 「健康経営R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。


1 ― 2 法定外福利厚生費は抑制傾向だが、ヘルスケアサポート費は増加

福利厚生におけるヘルスケアサービスも充実してきている。

経団連の「第64回福利厚生費調査」によると、2000年以降、企業の法定外福利厚生費は抑制傾向にある中で、人間ドック費用の補助、健康相談費の補助、健康セミナーの実施等の従業員の健康増進サポートなどの「ヘルスケアサポート費」は上昇している。法定外福利厚生費に占める割合は、2000年度の552円(法対外福利厚生費の2.0%)から2019年度の1,165円(同4.8%)に上昇している(図表 - 1)。

福利厚生ヘルスケアサービス
(画像=ニッセイ基礎研究所)

近年、企業が提示した福利厚生メニューの中から従業員が自由に選択できるカフェテリアプランを採用する企業がある。この中でも医療・健康メニューを選択する従業員が増えており(*1)、従業員も医療・健康への関心が高い様子がうかがえる。


(*1) 経団連「福利厚生費調査結果」第52~第64回によると、医療・健康メニューの費用がカフェテリアメニュー費用総額に占める割合は、2007年度の1.2%から2019年度の3.9%に増加している。


1 ― 3 退職後の健康維持を支援する福利厚生もある

福利厚生代行サービスに委託する企業も増えている。代行サービスのメニューにもヘルスケアサービスは多く用意されており、たとえば、スマホ等を使って、活動量や、食事、睡眠等を測定し、生活習慣の改善に活用することができる。サービスの利用回数や、歩数によってポイントが付与されるなど、楽しく続けられるような工夫が凝らされている。2022年度中にマイナポータルを介して、各自が自分自身の健康診断・特定健診の結果、受診歴を民間PHR会社に提供することで、より各自にあったサポートを受けられるようになる予定であり(*2)、こういったヘルスケア専門機関によるサービスは、今後、ますます幅広く充実していくものと考えられる。

さらに、こういった代行サービスを利用したものでは、入社前から利用できるものや退職後も一定期間利用できるものある。サポート期間を延ばすことで、職場の一体感を生み出し、従業員の定着を期待するものだ(*3)。中でも、定年退職者に対するメニューとしては、健康維持へのニーズの高まりを背景に、健康維持を目指したイベントや、歩数や食事・睡眠、体重や血圧などのログ管理、専門家による健康相談サービスなどを提供するものがある(*4)。定年退職前後は、生活時間や生活習慣、健康状態が大きく変わるタイミングである。健康維持に向けてサポートすることによって、高齢期の自立期間を延伸できれば、社会のニーズとも合致すると考えられる。


(*2) 村松容子「データヘルス改革-集中改革プラン いよいよPHRシステムが稼働」ニッセイ基礎研究所 保険・年金フォーカス(2021年1月26日)
(*3) 2018年7月4日 日本経済新聞「退職後も手厚く支援 福利厚生、大手が囲い込み:旅行や健康増進、無料で入会」等。
(*4) 健康維持に関連するもの以外にも、消費意欲が旺盛な活動的なシニアが増えていることを背景に、旅行や各種イベントの参加費の割引などを行うものが多い。


2 ―― 退職前後の生活習慣と健康状態~運動習慣(男女)、喫煙(男性)は大きく改善する可能性

2 ― 1 退職前後の生活習慣と健康状態の変化の例

退職前後で生活習慣や健康状態はどのように変化するのだろうか。厚生労働省が2005年から毎年実施している「中高年者縦断調査」の結果から紹介したい(*5) 。

中高年者縦断調査は、団塊の世代を含む全国の中高年者世代の男女を追跡し、その健康・就業・社会活動について意識面、事実面の変化を継続的に調査したもので、2005年から毎年1回実施されている。対象者は、2005年10月の時点で50~59歳の男女で、第1回の回答者は34,240人だった。本稿では、第1回(2005年)から第13回(2017年)調査のすべてに回答をしていて、少なくとも5年間継続して、「仕事(収入になる仕事)をしている」と回答していて、かつ、続けて少なくとも5年間継続して「仕事をしていない」と回答している人を分析対象とし、初めて「仕事をしていない」と回答した年を退職年とした。分析対象者は、男性957人、女性1,029人で、退職年における平均年齢は62.0(標準偏差2.53)歳だった。

分析に際しては、喫煙しているかどうかは、「現在、たばこを吸っていますか。」に対して「吸っている」と回答していること、運動をしているかどうかは「多少息がはずむ運動をしている」と回答していて、その頻度が「週2~3回以上」であること、過度の飲酒をしているかどうかは、「お酒を飲む頻度が週5~6日以上」で、1日の平均的な飲酒量が「3~5合以上」であることとした。健康状態については、心臓病、脳卒中、悪性新生物のいずれかについて「通院や服薬がある」と回答している場合に「通院・服薬あり」とした。主体的健康感については、「現在の健康状態が悪い(「どちらかといえば悪い」「悪い」「大変悪い」のいずれか)」と回答していること、心理的な不調については、K6が5点以上(*6) であることとした。

分析対象者について、生活習慣として、喫煙、運動、過度の飲酒をしている割合、健康状態として、通院・服薬有、主体的健康感が悪い、心理的な不調がある割合の退職前後の推移をみたものが図表 - 2である。

福利厚生ヘルスケアサービス
(画像=ニッセイ基礎研究所)

男女の喫煙と、男性の過度の飲酒については、退職前から低下していた。男性の喫煙は退職前年から退職年にかけて急激に低下しており、退職を機にやめている人がいるようだ。運動習慣については、男性は退職前から上昇傾向、女性は横ばいだったが、男女とも退職と同時に運動習慣をもつ人の割合が急増しており、退職の影響がもっとも大きかった。退職後は、男性で4~5割が運動をするようになっていた。女性は男性と比べると低く4割程度だった。

健康状態についてみると、通院や服薬については、男女とも退職前から上昇を続けていた。主観的健康感については、男性は年齢とともに徐々に悪化しているが、女性では退職年で悪い人が増加し、その後は横ばいで推移していた。心理的ストレスについては、男性では退職年に微減し、女性ではおおむね横ばいで推移していた。

男女の水準を比べると、心理的ストレスで女性が男性を上回るほかは、運動の実施、喫煙あり、過度の飲酒あり、主観的健康感が悪い、通院・服薬ありで男性が女性を上回っていた。女性は、退職前から飲酒習慣や喫煙習慣をもつ人が少ないほか、愛食後も通院や服薬がある人が少なく、退職前後の変化は、男性の方が謙虚だった。退職年での段差は、男女の運動習慣あり、男性の喫煙ありで特に大きかった。


(*5) 厚生労働科学研究費(研究代表:和田耕治 国際医療福祉大学, 医学部)「ナショナルデータを用いた労働者世代の職業別の健康指標の推移と必要な対策の検討」
(*6) K6はアメリカのKesslerらによってうつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることを目的として開発された指標で、精神的な問題の程度を表す指標として広く利用されている。6つの質問からなり、0~24点のうち、一般に5点以上で何らかの不調があると考えられている。


2 ― 2 退職と生活習慣や健康状態には密接な関係がある

Oshio他(*7)は、同データを使って、退職前後の健康状態の変化に関して、退職が健康状態に影響を及ぼすケースや健康状態が悪化したことを理由に退職するケース等、中高年世代において、退職と健康状態は密接な関係があること、退職による生活習慣や健康状態への影響には、退職後、即座に発生する変化と徐々に発生する変化があることを指摘している。また、こういった影響を考慮した分析によって、運動の実施や禁煙は退職によって即座に発生する変化と考えられること、生活習慣や健康状態は加齢の影響を免れないものの、退職は、特に男性で主観的健康感の悪化、運動実施率の低下、有病率の上昇に対して一定の抑制効果がある可能性があること、退職によるこういった影響は男女で差があること、その男女差は男女の働き方の違いによる可能性があることを示している。


(*7) Oshio T, Kan M. The dynamic impact of retirement on health: Evidence from a nationwide ten-year panel survey in Japan. Prev Med. 2017 Jul.


3 ―― 退職後も利用できる福利厚生ヘルスケアサービスに期待

今回紹介したとおり、退職前後で生活習慣や健康状態は変わるといった報告は多い。理由として、加齢による影響と、退職によって時間的猶予ができることや心理的なストレスから解放されること等が考えられる。今回紹介したデータでは、退職は運動習慣や喫煙習慣によい影響を与えていたが、生活リズムが変わることによって体調が悪化する可能性もあるだろう。

現在、企業では2005年度から始まったデータヘルス計画によって、健診データやレセプトを分析し、従業員の健康状態や課題を把握することが推奨されている。しかし、従業員が退職すれば、いずれ職域の健康保険から離脱するため、高齢期のデータが少なくなりがちで、企業が現役世代から退職後まで継続した分析を実施していくことは難しい。企業が主導する退職後も一定期間利用できる福利厚生サービスによって、退職による変化を捉えて、退職後の健康維持を支援することは、現職の従業員にとっても心強いサポートになり得ると思われる。

なお、図表 - 2は、厚生労働省の「中高年者縦断調査」の第1回(2005年)から第15回(2019年)を使用したもので、分析対象は、退職前後5年間データが取得できた人であることから、退職年が2010~2013年の人である。高齢者雇用安定法の改正により、2013年には希望者全員の65歳までの雇用が義務化され、現在では70歳まで就業確保措置をとることが努力義務となっており、現在では、今回の分析対象者よりも退職年齢は上昇している。また、図表2では、女性は男性ほど退職による大きな影響はなかったが、現在は、当時と比べてフルタイムで働く女性は増えている。そのため、男女それぞれ、退職による生活習慣や健康状態への影響は、本稿で紹介したものと変わってきている可能性がある。そういった変化を踏まえて、退職前後の従業員に対する更なるサポートの充実に期待したい。

村松容子(むらまつ ようこ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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