この記事は2022年4月20日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「IMF世界経済見通し-ロシアのウクライナ侵攻で大幅下方修正」を一部編集し、転載したものです。
1 ―― 内容の概要:2022年、2023年ともに下方修正
4月19日、国際通貨基金(IMF)は世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)を公表し、内容は以下の通りとなった。
【世界の実質GDP伸び率(図表 - 1)】
・2021年(実績)は前年比6.1%で、1月時点の見込み(同5.9%)から上方修正
・2022年は前年比3.6%となる見通しで、1月時点の見通し(同4.4%)から下方修正>
・2023年は前年比3.6%となる見通しで、1月時点の見通し(同3.8%)から下方修正
2 ―― 内容の詳細:戦争の影響により、特に欧州の成長率を大幅下方修正
IMFは、今回の見通しを「戦争が世界の回復を遅らせる(War Sets Back the Global Recovery)」と題して作成した(*1)。
世界経済成長率は、2022年も2023年も下方修正(2022年:4.4→3.6%、2023年:3.8→3.6%)された。下方修正はロシアのウクライナ侵攻による影響が大きく、2022年の改定幅0.8%ポイントのうち、ロシアの落ち込みの寄与が0.32%ポイント、ロシアと経済的な結びつきの強いEUの落ち込みの寄与が0.18%ポイント程度と見られる(*2)。
IMFは見通しにおける戦争の前提として、予測期間において、紛争の舞台はウクライナに限られており、ロシアへの制裁は3月末時点で公表されているものから厳格化しないとしている。また、コロナ禍の前提として、健康被害や経済に及ぼす影響は2022年4-6月期に低下しはじめ、年末までにほとんどの国で低水準となり、新しい変異株の出現によって厳しい規制は課されないとしている(2021年10月、2022年1月の前提とほぼ同じ)。なお、多くの国で2022年にワクチンの規定回数接種は達成されず、低所得国では感染再拡大の可能性があるものの、経済活動への影響はこれまでの感染拡大期よりも小さいとしている。
IMFは今回の報告書で、ウクライナでの戦争の経済への波及経路として、「世界的な商品市場」(エネルギー・食料の供給混乱や、需給の変化)「ロシアやウクライナとの貿易・送金」「国際的な生産ネットワークへの伝播」(サプライチェーンの上流が混乱することによる二国間貿易を超えた影響)「金融市場」(信用リスクの上昇)「人道的影響」(難民問題など)の5つを挙げている。
また、IMFはウクライナでの戦争がインフレ対策と経済回復の維持のトレードオフ、および、弱者救済と財政余力の確保のトレードオフ、という困難な政策課題を悪化させたと評価している。
成長率見通しを地域別に見ると(図表 - 3・4)、2022年は先進国(3.9→3.3%)と新興国・途上国(4.8→3.1%)のいずれも下方修正されている。
先進国では、欧州が世界的なエネルギー価格上昇の影響を受けており、またサプライチェーンの混乱によって自動車産業を中心に生産減少、インフレ圧力をもたらしていることから、ユーロ圏の成長率(2022年3.9→2.8%)が大幅下方修正された。特に相対的に製造業部門が大きく、ロシア産エネルギーへの依存度が高いドイツ(2022年3.8→2.1%)やイタリア(2022年3.8→2.3%)で修正幅が大きかった。また、日本(2022年3.3→2.4%)も一次産品の純輸入国であることから、下方修正幅は大きかった。
一方、米国(2022年4.0→3.7%)やカナダ(2022年4.1→3.9%)は、ロシアとの関連が小さいため、見通しの修正幅も小さかった。ただし、いずれも若干下方修正された。米国の「ビルド・バック・ベター」の財政支出は2021年1月の見通しでも前提から除かれているが、今回は金融引き締めの積極化や戦争による貿易相手国の成長鈍化が影響した。カナダは財政支援策の縮小や、米国向け外需の落ち込みが影響した。
新興国・途上国は、戦争の当事者であるウクライナの成長率が2022年で▲35%と予測されているほか、ロシア(2022年2.8→▲8.5%)が厳しい貿易・金融制裁や外国企業の撤退を受けて、大きく下方修正されている。
その他の国では、中国(2022年4.8→4.4%)が、感染力の高いオミクロン株に対してゼロコロナ戦略を講じており、移動制限や地域的な都市封鎖を実行していること、都市部の雇用回復も緩慢であることが民間消費の重しと指摘されており、さらに不動産関連投資の低迷と戦争による外需の落ち込みが下方修正の要因となっている。また、インド(2022年9.0→8.2%)が日本と同様に一次産品の純輸入であることから、大きく下方修正された。
一方、石油輸出国は化石燃料価格の上昇が成長の押し上げ材料となり、サウジアラビア(2022年4.8→7.6%)といった産油国では成長率が上方修正されている。
インフレ率の見通しは(図表 - 5)、戦争による一時産品価格の上昇と物価上昇圧力が拡大しているため、2022年は先進国で3.9→5.7%、新興国・途上国で5.9→8.7%、2023年は先進国で2.1→2.5%、新興国・途上国で4.7→6.5%といずれも大幅に上方修正されている。
戦争以外のインフレ圧力として、IMFは、コロナ禍による供給制約や米英など一部の先進国での労働市場のひっ迫を挙げている。コロナ禍による供給制約はモノに偏っていた需要がサービス需要に回帰することで緩和するとしているが、中国のゼロコロナ政策は制約の長期化につながると指摘している。
また、MFは見通しに対するリスクは大きく下方に傾いているとしており、以下をリスク要因として挙げている。
具体的には、「戦争の悪化」(人道危機の拡大、制裁の強化など)「社会的緊張の増加」「コロナ禍の再燃」「中国経済減速の深刻化」「中期的なインフレ期待の上昇」(金融引き締めの積極化に関連)「金利上昇による財政負担の悪化」「地政学的環境の悪化」(デカップリング、ブロック化)「気候変動に関連した危機」の項目を挙げている。
こうしたリスクを踏まえて、IMFは3種類の悲観シナリオを用意している。(1)「ロシア産商品の供給急減」(ベースラインではロシア産エネルギーの急減は織り込んでいないが、石油・ガス輸出がベースライン対比で2022年▲10%、2023年▲20%と減少し、原油価格が2022年で+10%、2023年で+15%、金属価格が2022年で+5%、2023年で+7%、食料品価格が2022年で+4%、2023年で+6%、それぞれベースライン対比で上昇)、(2)「(1)に加えインフレ期待が上昇」、(3)「(2)に加え世界的な金融システムの緊張」である。
悲観シナリオ(3)では、世界の実質GDPがベースライン対比で2027年までの累計で15%ほど減少する。地域別にはEUの実質GDPは2023年でベースライン比3%ほど下振れ、EUを除く先進国およびロシアの除く新興国・途上国が2023年でそれぞれ1.5%ほど下振れるとしている。また、世界のインフレ率は2022年および2023年でそれぞれベースラインから1%ポイントほど上振れる。ただし、景気悪化がディスインフレ圧力を生み、2024年以降はベースラインを下振れる結果となる(図表 - 6)。
最後に、今回の見通しでは特集として商品市場の動向と見通しにも触れている。
今回の特集では、最近のエネルギー危機と関連して、化石燃料への投資撤退(ダインベストメント、divestment)が再生可能エネルギーの導入速度と比較して速すぎるのではないか、という論点が定量的に検証されている。
結果として、炭素税といった需要政策(化石燃料への需要を減らす)がエネルギー価格の下落圧力を生む一方で、化石燃料生産への規制といった供給政策(化石燃料の供給を減らす)はエネルギー価格の上昇圧力となり、供給制約が将来のエネルギー価格に不確実性をもたらしている可能性があるとしている。
そのため、化石燃料の消費国と生産国が強調して気候変動問題に取り組み、再生可能エネルギーの導入に見合った速度で化石燃料投資からの撤退をすることがエネルギー価格の上昇や変動幅の削減に寄与するとしている。
*1:同日に「インフレが加速する中、戦争が世界経済の見通しを曇らせる(War Dims Global Economic Outlook as Inflation Accelerates)」との題名のブログも公表している。
*2:寄与は筆者による簡易的な試算。また、上記脚注で言及したブログにはロシアやEUの寄与がグラフ化されたものが記載されている。このブログの数値は、ロシアおよびEUの落ち込みの寄与が本稿で示した試算値より若干大きいと見られる。
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高山 武士(たかやま たけし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員
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