この記事は2022年5月51日に「株式新聞」で公開された「永濱利廣のエコノミックウォッチャー(25)=深刻化する石炭価格上昇の影響」を一部編集し、転載したものです。
政府は、ロシアからの石炭輸入を段階的に削減し、全廃を目指す方針を打ち出した。すでに他のG7(主要7カ国)諸国ではロシアへの追加経済制裁として同国産石炭の輸入停止を決めており、日本も足並みをそろえる形となった。
名目GDP4.8兆円押下げの可能性
経産省のデータに基づく2021年における日本の石炭輸入割合を見ると、主に発電用に使われる一般炭で13%、原料炭で8%をロシアに依存している。このため、今回の措置によって、日本経済に影響が生じることは必至だ
日本の円建て輸入石炭価格は2月時点で前年比2.5倍になっているが、これに5カ月程度先行する関係がある南アフリカの石炭価格は、ウクライナ侵攻に伴うロシアへの経済制裁の影響もあり、3月時点で前年の3倍以上の高値になっている。
原油や穀物に続いて石炭までもが値上げとなれば、今後の日本経済に及ぼす影響が注目される。石炭の価格上昇は、原料として使用する企業にとってはその分コストが増加する。そのインパクトは、石炭への依存度や企業の価格転嫁率いかんで大きく異なる。
そこで本稿では、輸入石炭の価格が足元の水準で高止まった場合に、物価や家計負担などを通じてマクロ経済に及ぼす影響を試算してみた。
まずは、石炭価格の上昇が名目GDP(国内総生産)に及ぼす影響について試算してみよう。具体的には、今後も世界の石炭価格が足元の水準で推移すると仮定して、石炭の輸入量が不変とした場合に名目GDPへの影響を試算した。これによれば、輸入金額の押し上げを通じて、名目GDPを4.8兆円(0.9%)程度押し下げることになる。
値上げは家計にも波及
また、石炭価格の上昇が製品やサービス価格に及ぼす影響について試算してみた。日銀が公表する企業物価指数の中の石炭・同製品価格の円建て輸入価格を用いて、各物価統計への弾性値を試算した。石炭輸入価格が10%上昇した場合、企業物価指数はタイムラグを伴わず0.54%の押し上げ要因となるのに対し、企業向けサービス価格は2カ月遅れて0.07%、消費者物価は11カ月遅れて0.13%の押し上げ要因になると計測される。
続いて、直近の15年の産業連関表(総務省)を用いて分析した。すると、やはり石炭の依存度が高い部門を中心に製品価格の上昇圧力が高くなることが推察される。最も大きいのは「石炭製品」で、石炭製品が燃料として使われる「再資源回収・加工処理」がそれに次ぐ。
ほかにも石炭価格上昇の波及は大きく、石炭を原料とする「電力」「セメント」、同様に石炭を原料とすることから「銑鉄・粗鋼」「熱間圧延鋼材」「鋳鍛造品」「鋼管」「有機化学基礎製品」「化学肥料」など幅広い分野に影響が出る。
また、家計部門に及ぼす影響も無視できない。産業連関表を基に分野別に見れば、「電力」を筆頭に「小売」「飲食店」「娯楽サービス」「医療」といった品目の消費価格に上昇圧力が掛かるためだ。
このように、われわれの日常生活まで考慮すれば、石炭価格の上昇は電力や小売価格の上昇を通じて経済に大きな打撃を与える。電力や小売の価格上昇を通じて購買力を阻害する可能性も否定できず、日本経済に対する大きなリスク要因と考えられる。
構造的苦境に立たされやすい日本経済
今後もロシアに対する経済制裁が持続すれば、世界の商品市況はさらなる供給不足の状態に陥る可能性がある。従って、今後もトレンドとしては、企業の原材料価格が高止まりする方向だ。
これは、日本のように化石燃料をはじめとした資源の多くを海外に依存する国々とっては、所得が資源国へ移転し続ける環境にあることを意味する。ただ、資源を海外に依存していても、世界経済の成長ペースを上回る成長を実現していれば、資源国への流出を補って余りある所得の拡大が見込まれる。しかし、先進国でも最も速いスピードで人口減少が進み、国内市場の拡大が抑制されるわが国では、内需主導の景気回復のハードルが高いことは否めない。世界中で資源の争奪戦が繰り広げられる限り、日本経済は構造的に苦境に立たされやすい環境にある。
永濱 利廣 第一生命経済研究所首席エコノミスト。1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒業、第一生命保険入社。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2016年より現職。専門は経済統計、マクロ経済分析。 |