この記事は2022年6月2日に「The Finance」で公開された「【連載】金融×新潮流① メタバース社会がもたらす金融の可能性」を一部編集し、転載したものです。


昨今、メタバース市場の拡大が注目をされているが、本稿では、メタバースとは何かを解説したうえで、金融業界、サービスへの可能性を展望する。

目次

  1. 本日のポイント
  2. メタバースとは
  3. メタバースがもたらす機会
  4. 金融業界・サービスへの影響
【連載】金融×新潮流① メタバース社会がもたらす金融の可能性
(画像=photon_photo/stock.adobe.com)

本日のポイント

  • 脚光を浴びるメタバースは、オンライン上の3次元仮想空間で人々が活動する世界であり、主に3つの技術的な要素(VR、NFT、3DCG)が市場形成を促進している
  • メタバース世界の到来は、VRの没入体験を通じた新たな接点・コミュニケーションの確立、NFTによるデジタル資産の管理・売買、3DCGによる実証実験・シミュレーションの多様化・簡便化の機会をもたらす
  • 銀行、証券、保険を筆頭に、サービス提供モデルの変容や、新たな事業機会が創造される可能性を秘めているため、様子見ではなく、「金融」の側面から市場形成・拡大を促す率先した取り組みが期待される

メタバースとは

2021年10月、Facebookが社名を「Meta」に変更し、同年だけでも100億ドルを投資するというニュースが世界を驚かせたことは記憶に新しく、メタバースという言葉が広く知れ渡る大きなきっかけとなった。メタバースは、「メタ:超越する」と、「ユニバース:世界」を組み合わせた造語である。メタバースの定義は諸説あるが、本稿では、「オンライン上の3次元仮想空間で人々が活動する世界」として話を進める。

メタバースを構成する要素は様々あるが、今回は、技術的な視点からVR、NFT、3DCGの3つに分けて捉えてみる。まず、VRは、専用ゴーグルを通じて仮想空間で没入体験が得られるものだ。代表例は、Facebookが2021年8月にベータ版を公開した「ホライゾン・ワークルームズ」で、専用VR端末を用いて自分のアバター越しに3次元仮想空間でオンライン会議を開催・参加できるサービスである。

次に、NFTは、Blockchain基盤を用いて作られた3次元仮想空間で、デジタルアイテムやコンテンツを所有したり、暗号資産を使って売買したりできるものだ。代表例は、ユーザー主導の運営体制で作られたデジタル世界上で、アバターを介して土地や衣服の売買、アートギャラリーを展開するなど多様な活動ができる「ディセントラランド」や「ザ・サンドボックス」がある。

最後に、3DCGは、マルチデバイスでアクセスできる3次元仮想空間で、現実社会をミラーしたデジタル世界で様々なシミュレーションができたり、ゲームなどの現実とは切り離されたパラレルワールドで大規模人数が同時に様々な体験を共有できたりするものだ。

代表例は、2021年6月に全世界で3億5千万人のプレイヤー数を突破し、アリアナ・グランデや米津玄師などの有名アーティストがバーチャルライブを開催して話題を集めたオンラインゲームの「フォートナイト」がある。

ネットワーク回線の高速化やコンピューター性能の向上などの技術革新に後押しされ、急激に市場が形成されつつあるメタバースだが、具体的にどのようなことが新たにできるようになるのだろうか。また、それによって金融業界やサービスにどのような影響が起こり得るのだろうか。VR、NFT、3DCGの視点から考察してみたい。

メタバースがもたらす機会

現在のVRは、専用ゴーグルを頭に被る形態が日常生活に馴染まなかったり、都度手間であったり、ゴーグルも高価であるため、まだまだ世の中に浸透していない。近い将来、より簡易なものが開発されれば、デジタルネイティブ世代を起点に、日常の中で、当たり前のように仮想空間の没入体験が得られるようになる。

VRの没入体験は、従来のモバイルコンテンツに比べて、人間の知覚や感情に働きかける効果が高いと言われている。それは、利用者に疑似体験させることで、言語化しづらい他者の経験を簡易的に伝え、また、同じ仮想空間にいる他者や、その他者が提供するコンテンツに対して、感情的な共感を高める。特に若年層は、仮想空間で長い時間を過ごしていくため、没入体験による影響を大きく受け、これまでの生活様式、時間・労力・お金の使い方も変わっていくだろう。そのため、没入体験の効果に基づいた教育や、顧客の行動喚起に関連するサービスには進化の可能性があると考えられる。

また、後述の3DCGの概念と一部重複するが、仮想世界では、利用者が没入型コンテンツを創作する提供者となることができる。そのため、1人の利用者が疑似体験を通して成長を得て、多くの他者の成長のきっかけを与えるループが形成されていく。昨今の企業は、地域、顧客、従業員から、経済的、社会的、体験的・感情的価値など、様々なニーズに応えることが求められているが、企業はメタバースによって、コンテンツ創作の役割の一部を利用者に委ね、市場の多様な価値観に応え、ひいては企業価値の向上にも繋げられるものではないか。

NFTは、ブロックチェーン上で発行されるトークンの一種である。NFTの出現で、複製可能であったデータの一意性が判別可能になり、固有の価値や権利を持つデジタル資産として高値で売買される事例も見られる。

NFTは、(1)価値の希少性の担保、(2)アプリケーションを超えて所有し行使できる事、(3)実質的な価値を持つ、という特徴を供えている。現実世界に例えるなら、アート作品に通し番号をつけることで、作品の真贋や希少性を表現できることに似ている。これらの特徴を踏まえると、メタバースにおけるデジタル資産として一意性のある創作物の作成や権利の交換といったことができる。

3DCGは、宇宙産業と相性が良く、現実社会では難しい様々なシミュレーションや実証実験をメタバース上で簡単に取り組める未来を切り開く可能性がある。例えば、1,500~2,000機ほどの人工衛星で地球上のデータを観測すれば、現実社会をミラーしたリアルタイム更新のメタバース空間を創り上げることができるという説がある。

そうすれば、世界中のあらゆる瞬間をメタバース上で追体験できるようになり、様々な事象を効率的・効果的に原因究明できるようになる。

また、刻々と移り変わるヒトやモノの流れを活用できるため、自動運転やドローンの実証、街づくりの検証、災害発生時の被害予測など、現実社会で実施する場合と同等の多様なシミュレーションが可能となる。

今後は、メタバース上での多角的なシミュレーションによる検証を重ねた上で、現実社会に実装するアプローチが当たり前となる世の中が到来するかもしれない。

金融業界・サービスへの影響

VRは、若年層の獲得に苦戦する銀行業界にとって、新たなチャンスとなるかもしれない。若年層は、幼少期よりゲームを中心に、長い時間を仮想世界で過ごし、コンテンツを楽しむ。その過程に、銀行に対する親しみを醸成したり、口座開設やサービスへの動線の仕組みを検討したりすることで、利用者が成人に達した際にも、収入・貯蓄口座としての継続利用を促したり、資産運用のニーズをカバーする金融商品の提供機会に繋げたりすることができる。

スペイン第3位の金融グループCaixaBankでは、若年層300万人が利用するネオバンクサービスのフィンテックImaginを後押しする。従来は、音楽、ゲーム、IT機器販売、持続可能性に関するコミュニティなどを提供してきたが、最近では、imaginLANDを新設し、ここでは利用者が独自のイベントや没入型体験を立ち上げることを可能とした。

また、銀行以外でも、今や世界で2億人がプレイし、米国では16歳未満の子どもたちの半数以上に浸透したRobloxの存在感も増している。これは、CEOのDavid Baszucki氏が教育アプリケーションから着想を得て立ち上げたプラットフォームで、子ども達はゲーム開発を通してプログラミングを学び(Roblox Studio)、作品を世界中のプレイヤーに共有できる。ゲーム内には通貨(Robux)があり、自身が作成したゲームに訪れたプレイヤーから収益を上げる経験をすることができる。

このような疑似体験は、日本ではまだまだ懐疑的に捉える人も一定数おり、まだ大きな流行りに至っていない。しかし、メタバースを通じて世界との垣根が低くなるにつれて、日本でもそれが当たり前となる日は遠くない。銀行は、その特長である社会的信用の高さや顧客に対する知見・洞察を活かし、若年層の体験創出を後押しすること、そして、有害なコンテンツを審査し守ることが望まれていくだろう。

NFTは、メタバースにおけるデジタル資産として、人々の振る舞いや活動の変化に対応しながら、段階的に金融の姿を変えていくだろう。

まず、現在のNFTが起こしている金融の変化では、三井住友トラスト・ホールディングスによるデジタル資産を管理する信託会社設立が注目できる。NFTの需要増加を背景に、より簡便なNFTの管理や決済の必要性が高まる事を踏まえると、既存の制度や仕組みの整った信頼できる金融サービスへの需要が高まると考えられる。

次に、簡便に管理・決済できる環境が整うと、メタバースの拡大とNFTの利用機会が増える事でユースケースが広がり、NFTの種類は多様性を増すことが考えられる。NFTの基盤技術の一つであるイーサリアムを用いたプロジェクトでは、所定の条件が満たされた場合に自動で実行されるスマートコントラクトが注目を集めた。

こうしたプロジェクトにNFTが活用される可能性を踏まえると、金融取引を自動で実行できるNFTが生まれる事が想像できる。メタバースの中で、お金を貸し借りする場合を考えてみる。返済が実行される日時と金額、引き落とし口座を記したNFTの発行を通じて、手続きなく自動的に清算ができる。メタバースの小切手といってもよいだろう。

そして、近未来になると、金融サービス自体が自動で実行できる様に変化するだろう。人工知能やボットの発達による自律的に活動するプログラムと、NFTの一意性を担保できる特徴を掛け合わせると、唯一無二のプログラムを生み出すことができる。

例えば、メタバースに散在する音楽情報を集めて加工する自律プログラムがあったとしよう。そのプログラムは、NFT化されることで一意性が担保されている。すると、メタバース上で、ユーザーはNFT化された自律プログラムが生み出した唯一無二の音楽を楽しみ、現実世界でストリートミュージシャンに投げ銭することと同じ行動を取る世界がいずれ到来するだろう。

自律プログラムがお金を受け取る口座の在り方や、稼いだお金を配分する仕組みの在り方を踏まえると、金融サービスはこれまでにないものになるだろう。

最後に、3DCGによる多様・簡便な実証・シミュレーション機会が金融にもたらす影響を考えてみたい。筆者は特に、保険業界の進化に可能性を感じている。保険業界は、これまでの「万が一の保障」のみならず、「予防」や、「事後ケア」まで含めた価値提供を模索する動きがあるが、3DCGは、予防サービスや、保険商品の開発において特に活用できる可能性がある。

予防サービスに関しては、例えば、車両事故の場合、現実社会では事故が起こった事実とドライバーの運転データによる分析が中心となるが、現実社会を時間単位でミラーしたメタバース上であれば、事故が起こった時間にタイムトラベルして、前後の周辺データも含めて原因を特定することができる。

そうすれば、どのような対策をすれば回避できたのかまで導き出すことができるため、予防サービスの高度化に活かせる可能性がある。

また、保険商品開発の在り方を大きく変えるかもしれない。これまでは、過去データを元にリスクを判定し、保険料を設計する手法が主流であったが、今後は、メタバース上で自由自在にシミュレーションした“未知”の予測データも活用することで、現実世界で起こり得るシナリオに限りなく近い状態を見据えた商品を組成できるようになるかもしれない。

既に、リアル空間にある情報をIoT等で集め、デジタル空間上に再現するデジタルツイン技術を用いたシミュレーションで保険商品を開発する取り組みが一部で始まっているが、現実世界で起こり得る事象を検証するうえで非常に重要な「人々がどのような行動を取るか」の情報を扱いづらいという大きな課題がある。

3DCGにより創造されたメタバースであれば、シミュレーションで発生させた事象に対して仮想空間上の人々が実際に取る行動を観測できるため、この課題すら解消できる可能性があり、保険商品開発の在り方を抜本的に変え得るポテンシャルがあると期待を寄せている。

メタバースを取り巻く環境は、日々、目まぐるしく変化しており、情報も錯綜していることから、掴みどころがないというのが正直なところだろう。ただし、SNSの次とも目される新たな世界であり、インターネット革命に乗り遅れた日本において、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。VR≒メタバースと局所的に捉えるのではなく、NFT、3DCG等の切り口でメタバースの世界が形成されていくことを認識しておく必要がある。

先に述べた通り、メタバース社会が金融業界・サービスに与える影響は看過できないものであるため、しばらく様子見の姿勢ではなく、この新たな産業づくりを「金融」の側面から後押しし、中核的な役割を担う気概で取り組むことが肝要だ。

Future of Finance|ストラテジー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

[寄稿]三由 優一
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニターデロイト シニアマネジャー

大手SIer、外資系コンサルティングファームを経て現職。金融機関に対する中長期戦略策定・新規事業立案・全社デジタル改革プラン策定・M&Aのほか、異業種に対する金融事業参入戦略・Fintechビジネス企画・海外展開プラン策定等の支援経験に富む。モニターデロイトジャパンにおけるFuture of Financeサービスをリードしており、脱炭素等を起点とした社会・地域課題解決に資する金融の在り方やサービス検討にも取り組んでいる。
[寄稿]上谷 亮平
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
金融業部門 Growth & innovationユニット シニアマネジャー

外資系SIer、コンサルティングファームを経て現職。金融×ITの領域で19年のキャリアを有する。以前はニューヨークに6年間駐在し、グローバルプロジェクトを多数支援。また、海外先端ITの動向調査や、現地アクセラレータへの参画経験を通じ、近年では、世界の同僚との新たなビジネス・体験の共創、及び、それらを用いた社会課題解決に向けた施策検討に取り組む。115か国から4,000人の金融関係者、投資家、起業家が参加するNY発のコミュニティ「FinTech Connector」の日本代表も務める。
[寄稿]鈴木 銀時
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
保険ユニット シニアコンサルタント

アナリティクス・デジタル・データに関わる戦略立案や業務改善、組織変革を、金融、自動車、旅行、消費財、官公庁など幅広い業界に対し支援。断面で終わらない継続した改革、及び、クライアント様内でのアナリティクス活用の内製化に強みを持つ。
[寄稿]齋藤 亮
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニターデロイト シニアコンサルタント

大手金融機関にてフィンテック領域を中心に、国内外の事業会社および投資先の経営管理、成長戦略の立案、価値向上施策の実行を経験。事業会社の経営経験に基づいた、確かな成長戦略の立案に強みを持つ。
無料会員に登録する
    関連タグ