本記事は、澤口俊之氏の著書『仕事力が劇的に上がる「脳の習慣」』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています

25歳までに3回

危機
(画像=Dmitry Knorre/stock.adobe.com)

人生における知能(一般知能を含む人間性知能HQ)や前頭前野の人生における重要性やそれらの向上法・発達法をあれこれ述べてきましたが、この流れ・文脈で言及すべきなのは「人生の危機」です。人生の危機は必然的にあり、知能が危機と深く関係するからです。

文系の学問(心理学や社会学など)でも人生の危機をあれこれ(それこそ博物学的に)議論することがあるようですが、生物科学的には5つの脳的な危機が成長的・経時的にあって、その一つを除いて残り4つは進化的なもので、その意味で必然です――細かく分けるともっとありますし、「毎日が危機」と極論できますが、ここでは脳科学的に重要な危機期間を問題にします。

「危機」というのは、自然環境や社会環境に不適応になって、命の危険が伴ったり、社会的に脱落したりする可能性が高い状況・状態を言い、通常数年間続きます。

読者の皆さんの多くは25歳以上でしょうから、既に3つの「人生の危機」を(無意識にも)乗り越えてきたはずです。

なので、25歳前の3つの危機はざっくりと述べることにすると、最初の危機は幼少期(生後から8歳くらいまで)です。

最初は幼少期

日本で乳幼児の死亡率が非常に高かった時代を思い起こせば、幼少期が危機的期間なのは当然すぎることだと思います。

現代でも、乳幼児死亡率が高い国は多いですし、米国ですら日本の2倍も高いです。現代の狩猟採集民族でも同様で、進化的にもやはり乳幼児の死亡率は相当に高かったことは言うまでもありません。

現代はともあれ、幼少期での死亡率が高いのは、自然環境への適応に失敗するせいです。乳幼児での死亡は痛ましいことで、現代日本では、そうした死亡は幸いなことに大きく減っていますが、原理は同じ、ということに注意すべきです。

つまり、幼少期は本来(進化的に)危機的な状況・環境要因に満ちた期間であって、その状況・環境に適応するために、知能を幼少期で急速に伸ばすように進化的になっている、ということです。知能の脳内中枢である前頭前野が幼少期で(8歳頃まで)急速に発達するのはそのせいです。逆に言えば、知能を伸ばさないと生まれてきた新奇な環境で命を落としかねないのが、幼少期です。

もちろん、幼少期では本人よりもむしろ両親や周囲の人たちの適応力、つまりは知能が重要で、だからこそ育児の仕方も当該環境に適応すべく遺伝的なんです(遺伝的育成genetic nurtureと言います) ―― 適応的な育児を受けた子どもが生き残って成人になり、今度は自分たちが遺伝的で適応的な育児をするわけです。

両親や周囲の人たちも重要ですが、幼少期での危機を乗り越える最良の方法は知能の向上です。それもあって、最初の方で「子どもでの知能向上の重要性」を述べた次第です。

とはいえ、「重要」とあえて言わなくても、子どもは知能を伸ばすために、無意識にも歩いたり走ったり ―― という有酸素運動を積極的に行なったり、生誕した新奇な環境に適応するために探索行動を盛んにします。

遊びも自然環境と社会環境に適応する上で重要な営為で、知能を向上させます。そのため、子どもは(無意識にも)遊びますし、自発的にたくさん遊ぶほど知能が高くなり、「難関大学」に入る確率も高くなるんです。また、本来の「遊び」には危険な環境への適応が相当に含まれますから、安全な現代社会では多少危険な遊びをした方が、やはり、その後の(成人後での)創造力や協調性、レジリエンスなどが高まります。

以上のようなことは、最初の方でも述べましたが、幼少期は本来危機的な期間であり、知能を伸ばすことが肝要、ということはやはり強調すべきでしょう。

逆に言えば、知能を伸ばさないような営為を親などがあえてしてしまうと、現代日本では流石に命を落とさないまでも、通常の園や小学校から「脱落」してしまいます。そうした知能阻害的な営為をしているケースはかなりあって、唖然とするほどです。

思春期

幼少期に豊富な有酸素運動や遊びなどによって知能を向上しておけば、教育的に問題とされる「9歳の壁」など簡単に乗り越えられますし、いじめにも無縁になります ―― 知能が高いといじめをしないし、され難いことが分かっています。

幼少期が終わってから(8歳頃から)生殖可能になる頃(平均的に12〜13歳頃)までは、個人差は当然ありますが「平穏期」です。そして、生殖可能になってから性成熟するまでの期間、つまり思春期(20歳頃まで)は2回目の危機的な期間です。脳的には「思春期脳」という独特な脳をもつ期間になります。

読者の多くの方々にとっては過ぎた危機的期間でしょうから、やはりざっくり述べると、幼少期と同様に自然環境と社会環境への適応が思春期の危機を左右します。ただ、社会環境に「異性関係」が入ることが幼少期と大きく異なりますし、危機対応・適応の仕方にも男女で大差が出てきます。

男子では特に危険な行為や階層的な人間関係が相当に重要で、そうした行為や人間関係を介して脳(特に前頭前野)や知能を発達させます。危険な行為をするのは思春期脳の特徴です。先輩後輩的な階層的な人間関係もやはり思春期では重要で、思春期脳の発達を促します。

女子でも危険な行為をしますが、その行為が性行為の場合、かなり危険・危機的です。いわゆる10代妊娠が母子共に相当に危険で、「10代母親」のその後の人生に大きな悪影響を及ぼすことは各種研究で繰り返し示されています。

男子でも性的にアクティブなのは問題ですが、かなりの男女差があって、女子ほどの悪影響が人生に及ぶことはさほどありません。

思春期での社会関係において女子で重要なのは、階層的な人間関係よりも、むしろ並列的な人間関係、つまり「同年輩での女子連合」です。

複数の女子が密で親和的な関係を作ることは進化的なもので、他の社会性霊長類でも見られます(メス連合、フィメール・ボンド、female bondと言います)。思春期は結婚や出産・育児の「準備期」という側面があって、女子連合は生存や育児に相当に重要な役割をもちます。女子はそうした連合を思春期で作ろうとするわけですね。

思春期はまさに独特な期間で、危機的な状況でもありますが、この危機的期間をうまく乗り切る際にも知能が当然ながら重要です。というか、思春期は知能をさらに伸ばす時期でもあって、適切に知能を伸ばすことで「適応的な成人」になっていくんです。そのため、思春期では知能が大きく変化する時期になっていて、IQが最大約20ポイントも向上ないし低下します。

この期間で知能が高くないと、高校を中退する確率がかなり高くなることが分かっています(米国の調査では、IQ75以下だと約55%、75〜90だと約35%です)。まさに、知能が高くないと社会から脱落しかねない危機的な時期です。そして、このことは、また、幼少期と同様に、知能が適応力として思春期でも重要なことを端的に示しています。

20代前半

思春期とやや連動していますが、20代前半(20〜25歳)も「人生の危機」と言ってもいい期間です。社会的・政治的には成人は18歳ないし20歳とされていますが、脳科学的には25歳頃が成人です。脳の成熟がこの頃に完了するからです。

脳には様々な(役割分担をしている)領域があって、領域ごとに成熟の時期・年齢は異なりますが、知能の脳内中枢である前頭前野の成熟は最も遅く、25歳頃にようやく成熟します。思春期終了(20歳頃)から5年ほど前頭前野の成熟期を伸ばしているのは、やはり自然環境と社会環境に適応する能力、つまり知能をさらに伸ばすためです。

25歳以降でも、中年でも、あるいは高齢でも知能や前頭前野を向上・発達させ得ることはこれまで述べてきた通りです――脳は成熟しても変化する余地・性質(可塑性)を生涯残しているので、そうした向上は十分に可能です。

それでも20歳から25歳頃までの成熟期終了前期間はやはり特別で、その後の知能向上の「基礎」を作る最終的な脳成熟期間になっています。そして、この頃を適切に乗り切らないとその後の人生に悪影響が及んでしまいます。その意味で危機的な期間なので「20代前半の危機」と呼んでいます(18歳から26歳までとする研究者もいますが、本質的に同様の期間なので、ここでは20〜25歳を20代前半期間としています)。

生誕時から成人まで前頭前野はずっと成長しますから、知能は成長期間中に向上します(特に向上するのは幼少期と思春期)。しかし、成長期において相対的に重要な知能の一部・構成要素は思春期の終わり(20歳頃)に向上が止まり、その後、低下傾向に転じます。

つまり、ちょうど「9歳の壁」のように、20歳頃から知能の「構成」が変わり始めるんです。そして、25歳以降からは、成人として必要な知能、すなわち、知識・経験という記憶を活用して適応的で高度な判断や決断、あるいは統率する知能の比重が大きくなり始めます。この知能は結晶性知能と言って、一般知能の一種です(もちろん、人間性知能HQの主要な要素でもあります)。

また、物事を戦略的に考える思考が社会的成功にはかなり重要なことが分かっていますが、そうした戦略的思考(やはり知能の一種で、人間性知能HQの要素)も、この頃から大きく発達し始めます。

戦略的思考は進化的にも重要な思考で、例えば狩猟の際にどのような獲物をいかなる方法と手順で狩るかという思考が戦略的思考の例です。進化的な思考法なせいもあって、子どもでもそれなりにしていますが(小動物捕りや勝敗のある遊びなどで)、20歳頃からその比重が大きくなり始めるんです。

そして、それまでとは違った知能構成をもつ「成人脳」を25歳頃までにうまく成熟させた成人は、その後に様々な活動・営為(仕事のみならず結婚や出産・育児などを含む)をし続けることによって知識・経験をさらに増やしつつ、人生を通して知能を向上させ続けます。

このような「成人脳」への移行期あるいは最終的な成熟期間が20歳頃から25歳頃までなんです。

20歳頃までの脳発達が不適切だったり、知能向上が不十分であったりした場合では、最終的な「修正期間」にもなっています――25歳頃までなら「脳・知能レベルでやり直せる」ということですね。しかし、最終成熟期で成人脳への移行に失敗すると、社会・人生から脱落してしまいかねません。

卑近な例を挙げれば、一流大学を出て学力が高くても(知能の一部が高くても)、社会人になったら使い物にならず、ドロップアウトしてニートなどになってしまうような若者たちが、最終的な成熟期間(あるいは修正期間)で失敗した人たちです。

そうならないために必要なことは、幼少期や思春期と似ています。

新奇な社会的・組織的な環境において知識・経験を増やしつつ、様々なことにチャレンジしたり、多少危険的・非規則的なことをしたりするといった行為です。

そうした行為を通して社会人として必要な知能(結晶性知能や戦略的思考を含む人間性知能HQ)を生涯にわたって伸ばす基礎が25歳くらいまでに形成されるんです――優れた起業家はあえて危険な行為をしたり軽度な規則を破ったりする傾向が強かった、という研究データもあるくらいですし。

POINT
○子どもは自発的にたくさん遊ぶほど知能が高くなる
○様々なことにチャレンジしたり、多少危険的・非規則的な行為も大切

仕事力が劇的に上がる「脳の習慣」
澤口俊之(さわぐち・としゆき)
1959年東京都葛飾区生まれ。1982年北海道大学理学部生物学科卒業。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。1988年米国エール大学医学部神経生物学科にリサーチフェローとして赴任。京都大学霊長類研究所助手、北海道大学文学部心理システム科学講座助教授を経て、1999年北海道大学大学院医学研究科教授。2006年人間性脳科学研究所・所長。2011年武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部教授兼任。2012年同大学院教授兼任。専門は神経科学、認知神経科学、社会心理学、進化生態学。理学博士。近年は乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層の脳の育成を目指す新学問分野「脳育成学」を創設・発展させている。フジテレビ「ホンマでっか!? TV」、NHK「所さん! 大変ですよ」等、TV番組にも出演。著書は『脳を鍛えれば仕事はうまくいく』『夢をかなえる脳』『幸せになる成功知能HQ』など多数ある。

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