この記事は2022年7月15日に「第一生命経済研究所」で公開された「生産側四半期別GDPの公表が始まる」を一部編集し、転載したものです。
産業別に四半期別のGDPが把握可能に
2022年7月15日、内閣府より生産側の四半期別GDP(生産QNA)が参考系列として公表された。わざわざ「生産側」と名前がついているのには訳がある。
GDPを支出面から見ても生産面から見ても分配面から見ても、すべて同じ値になるというのが「三面等価の原則」であるが、我が国では支出面からみたGDPが中心とした公表となっている。四半期別GDP速報(QE)でも、基本的に支出側GDPのみの公表となっており、生産面、分配面からみたGDPの公表は年次推計の段階まで待つ必要があった(公表は年間の値のみ)。
このうち、生産側からみたGDPを四半期別にGDP速報として開発しようという取り組みが内閣府により行われてきたが、ようやく今回、新たに公表される運びとなった(*)(参考系列としての公表)。
主要先進国では、生産面、分配面からの四半期別GDPも公表されており、日本は遅れをとっていたが、今回の生産側GDPの公表で、一歩前進することになる。
(*):このほか、無償の資金提供等を含む第二次所得収支が▲2.4兆円の赤字となっている。
生産側GDPは「どのような経済活動(産業)によって付加価値が生み出されたか」という観点からGDPを捉えたものであり、「生み出された付加価値が家計や企業等にどのように分配されたか」からみた分配側GDP、「配分された付加価値をどのように使ったか」からアプローチした支出側GDPと対比される。
生産側GDPをみることで産業別の動向が把握できるようになり、四半期ごとのGDPの変動について、どの業種が牽引し、どの業種が足を引っ張ったか等が分かるようになる(公表されるのは29業種。うち製造業は14業種)。こうした情報は、これまで公表されていた支出側GDPからは得られないため、今回の生産側GDPの公表開始により、より多面的にGDPを把握できるようになる。
このことは、景気判断を的確に行う上での大きな助けになるだろう。また、結果をそれぞれ比較・照合することで、GDP推計手法の見直し・改善に繋げて行くことも期待される。
コロナ禍における対面型サービスの落ち込みがGDPでも確認
実際に、公表された生産側GDPの動きを確認してみよう。新型コロナウイルス感染拡大の影響で歴史的な落ち込みとなった2020年4~6月期の動向をみると、第三次産業の落ち込みが非常に大きいことが分かる。これは、製造業中心の落ち込みだったリーマンショック時とは大きく異なる。
さらに第三次産業の内訳をみると、「宿泊・飲食サービス業」や「運輸・郵便業」、娯楽業が含まれる「その他サービス業」の落ち込みが極めて大きく、人の移動の抑制や接触の極端な回避により、いわゆる対面型サービス業が極めて深刻な悪影響を受け、GDP成長率を大きく押し下げたことが見て取れる。
また、2021年以降の動きでは、供給制約の影響から輸送用機械が押し下げ要因となっていたことなども確認することもできる。
こうした対面型サービスの落ち込みや自動車における供給制約の影響については、これまでも多く指摘されてきたことではあるが、実際にGDPにおいてその影響度合いが四半期の数値として確認できることの意義は大きい。
これまでも年次推計において生産側GDPは公表されており、産業別の動向が全く把握できないという状況だったわけではない。しかし、年次推計値の公表は非常に遅いため、リアルタイムでの景気判断には用いることができない上、年間合計の値しか公表されないという問題があった。
たとえば、同一年内で大幅な落ち込みとその反動が生じた場合、年間合計でみると四半期の動きがかき消されてしまい、景気の変動が読み取り難くなる。四半期の数値が公表されることでこうした問題が解消されるほか、より早期(2次QE公表の翌月)に産業別の動向が確認できるようになるため、有用性は大いに高まる。今後、生産側データの活用が進むだろう。
分配側GDPの作成が課題。求められる統計作成体制の整備
内閣府は、かねてより要望の多かった家計可処分所得や家計貯蓄率の四半期別速報について、2019年8月より参考系列として公表を始めている。また、長年の課題だった生産側系列の四半期速報(生産QNA)についても、今回ようやく公表に漕ぎつけた。いずれもユーザーの利便性に大いに資するものであり、内閣府の情報提供拡充に向けた取り組みは高く評価されるべきと考える。
残された次の課題は、分配側の四半期別GDP速報(分配QNA)の開発・公表である。これが実現すれば、GDPを支出面、生産面、分配面の3面から多角的に把握できるようになる。
もっとも、分配側の四半期別GDPについては開発が遅れているのが現状だ。分配側GDPは、現在公表されている年次推計値についても様々な課題があることが指摘されており、現在は年次推計値の精緻化・精度向上が目指されている段階だ。計数の四半期化への取り組みはその後ということになり、作成・公表までにはかなり時間がかかりそうだ。
ただ、分配側GDPは、支出側、生産側のGDPとは使用される基礎統計も推計手法も大きく異なるため、新たな情報の追加という面でも整合性のチェックという面でも意義は大きい。できるだけ早期の開発・作成を期待したい。
こうした分配側GDPの開発のほかにも、現在内閣府ではGDPの精度向上等に向けて様々な取り組みが行われている。そうしたなかでネックとなるのがマンパワーの不足だ。日本のGDPの作成を担当する部門の人数は、他の先進諸国と比べても明らかに少なく、見劣りが否めない。対処すべき課題の多さに比べて人員は不足していると言わざるを得ず、結果として課題への対応が進み難くなっているのが現状だ。
国民経済計算は日本の経済統計の根幹であり、国の重要なインフラともいえる。人員の増強は喫緊の課題であり、速やかに対処することが求められる。
なお、統計人材の不足に悩まされているのはGDPに限らない。経済統計は国の姿を映す鏡のようなものだ。経済統計の結果をもとに景気実態が判断され、それが金融政策や財政政策、ひいては国民の生活にも大きな影響を与えることを考えると、鏡が歪まないよう絶え間なく整備を行い、常に正しい姿が映し出されるようにすることの重要性は極めて大きい。
今後、政府が統計人材の確保・育成を進め、経済統計の作成体制を整備することを期待する。
【参考文献】
- 吉田充(2022)「四半期別GDP速報(生産側系列)の開発状況とその活用について~ 経済活動別(産業別)GDPの四半期推計について ~」New ESRI Working Paper No.63
- 山澤成康(2020)「GDP 四半期速報をめぐる諸問題」跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 第 29 号