本記事は、太宰北斗氏の著書『行動経済学ってそういうことだったのか! - 世界一やさしい「使える経済学」5つの授業』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=metamorworksr/stock.adobe.com)

行動経済学の大発見! ―― 「非合理な行動」はある程度予測できる

前後の比べる対象によって、あるモノへの評価そのものが変わってしまう──。

そうした非合理的な判断や認知があるとは、伝統的な経済学では想定してきませんでした。

したがって、あなたが自分のうっかりミスを避けたいときや、ビジネスシーンでアイデアが欲しいとき、行動経済学を知っておくと良いこともあるかもしれません。

行動経済学の大きな発見のひとつは、「多くの人がハマる非合理的な行動には、パターンを見つけることができる」という点です。

コンテクストの話に限らず「どうして判断を誤るのか?」ということを、ある程度は予測できるのです。そうした歪ゆがみをうまく見つけたり、上手に修正してみたりと、行動経済学には様々な使い方があります。

歪みに関する興味深いデータをご紹介しましょう。

3割打者は最終試合をなぜ休む?

先ほど、ついつい人は「相対的に判断してしまう」という話をしました。

経済活動で大切な、モノの価値についても、人は上手にキッチリ計算しているわけではないのかもしれません。

ここでは、日本プロ野球の打率を通して考えていきましょう。

シーズンで3割の打率を残したバッターは、どの程度いいバッターなのでしょうか。

2021年シーズン、規定打席に到達できた選手は61人で、そのうち3割を超えたのはわずか11人でした。

ですから、3割到達は「ぜひ達成したい目標」となりえる基準で、選手の評価を高めてくれる基準でもあります。

では、2割9分9りんのバッターとの違いはどれくらいあるでしょうか?

シーズンで3割を打つということは、年間の打席数が500打席だとすると、150本のヒットを打ったということです。

打率が2割9分9厘だと149.5本になるので、ちょうど3割かどうかの差は年間でヒット1本程度の差もないわけです。

個人的には大きな違いは感じられません。

でも、実際の選手たちや、選手たちを取り巻く球団やファンの感覚はどうやら違うようです。

行動経済学ってそういうことだったのか!
(画像=行動経済学ってそういうことだったのか!)

上の図には、2005年シーズンから2021年シーズンにかけて、規定打席に到達したのべ990選手のシーズン打率の分布を示しました。

横軸は1厘ごとの打率で、縦軸はその打率を何人の選手が記録したか示しています。

さて、図の中で際立って不自然な打率があります。〝3割ちょうど〟という打率です。異常に突き出ていますよね。

選手たちが何も気にせずプレーに取り組んでいれば、たまたま3割ちょうどに落ち着く確率は、周辺の打率と大して変わらないはずです。

たとえば、2割7分の打率を残す実力のあるバッターの場合、1シーズンを終えてたまたま2割6分に落ち込んでしまうことも、運よく2割8分の成績を残すことも偶然によって起こり得ます。

そのため、複数シーズンの打率は2割7分を中心に左右に多少バラついた分布を示すと予想されます。実際に、グラフは全体的に山なりの形をしていますよね。

したがって、3割バッターが突出して多いという現象は、何かしら変なことがあった結果だと考えていいのかもしれません。そのせいか、2割9分9厘のバッターの人数は周辺の打率と比べて極端に少なくなっています。

何があったのでしょうか?

たとえば、ソフトバンクのある選手は2015年シーズン最終戦のひとつ前の試合で4打数3安打の固め打ちをしました。これで打率は晴れて3割に到達です。

その選手はどうしたでしょう?

迎えたシーズン最終戦を欠場しました。これで、3割確定となったわけです。

同じソフトバンクで見ると、他の選手は2021年シーズン、終盤2試合で連続して4打数0安打を記録しました。打率は落ち込み3割ちょうど。

やはり最終2試合は欠場しています。

他のチームでは、2020年シーズンの広島の選手も最終戦ひとつ前の試合で3打数3安打を記録した後、最終戦は欠場しました。

自分の発見かのように語ってみましたが、実はこれ、元ネタになる研究があります。

デヴィン・ポープ氏とウリ・サイモンソーン氏は、1975年から2008年のメジャーリーグのデータから、似たようなことを調べています。

その結果、シーズン最終5打席を残した時点では「2割9分9厘の選手と3割ちょうどの選手の割合に大した変わりはない」のに、「シーズン終了時点では2割9分9厘の選手の割合が大きく減り、3割ちょうどの選手の割合が極端に増加していた」というのです。

選手の行動を分析した結果、3割を超えてシーズン最終打席を迎えたバッターは代打を出される確率が35%ほどありました。

また、2割9分9厘で最終打席を迎えたバッターは61人いましたが、誰もフォアボールを選択していなかったと報告されています。フォアボールを選ぶと、打率を3割にできません。

なぜ、選手や監督たちはこうした行動を取るのでしょうか。2割9分9厘との差がほとんどないと考えていれば、打率を理由に欠場したわけではないはずです。

しかし、同じ1厘の差でも、3割かどうかの違いを誰かが過剰に評価していれば、打率は欠場の大きな理由になります。

たとえば、選手はプライドにかけても3割をキープしたいのかもしれませんし、年俸交渉で評価が変わることを危惧きぐしているのかもしれません。

なお、トビアス・モスコウィッツ氏とジョン・ワーサイム氏がメジャーリーグについて分析した結果では、「3割かどうかのわずか打率1厘の差が、年俸にすると2%の差を生んでいる」と報告されています。

両者の間の打率の差は0.1%ですから、この年俸の差は過剰にも見えます。

しかし、特定の数字(打率3割)に引っ張られて評価する結果、球団は選手の価値や安打の価値を見誤っているというわけです。

=行動経済学ってそういうことだったのか!
太宰 北斗
名古屋商科大学 商学部 准教授。
慶應義塾大学卒業後、消費財メーカー勤務を経て、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。一橋大学大学院商学研究科特任講師を経て現職。
専門は行動ファイナンス、コーポレートガバナンス。
第3回アサヒビール最優秀論文賞受賞。論文「競馬とプロスペクト理論:微小確率の過大評価の実証分析」により行動経済学会より表彰を受ける。
競馬や宝くじ、スポーツなど身近なトピックを交えたり、行動経済学で使われる実験を利用した投資ゲームなどを行ない、多くの学生が関心を持って取り組めるように心がけた授業を行なう。

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