本記事は、太宰北斗氏の著書『行動経済学ってそういうことだったのか! - 世界一やさしい「使える経済学」5つの授業』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=miya227r/stock.adobe.com)

釣って釣られての価格設定 ── 消費者が感じる〝お得感〟の不思議

テーマは「ビジネス」。今まで見てきた人々の非合理な行動も、様々な形でビジネスに活用されています。

ここでは中でも、ちょっと変わった消費者心理について取り上げます。

釣って、釣られて、でも釣られない ── 。

少しおかしなビジネスの世界へご招待!

打率3割かどうかのこだわりが、果ては選手の年俸にまで影響してしまう ── 。

実は、数字とヒトの非合理な関係は、ビジネスの現場でも数々見て取れます。

まずは、普段何気なく設定しているかもしれない価格が、消費者の目にどう映り、それが売上にどう関係しそうなのか、紹介していきましょう。

〝目で見たものがすべて〟で〝ついうっかり〟はここでも登場してきます。詳しい話の前に、まずは次の質問を考えてみてください。


【質問1】次の3品の中から、あなたの好きなものを注文してください。

A うな重 3,200円

B 上うな重 4,200円

C 特上うな重 5,800円

人それぞれ好みがあるとは思いますが、どれを選びましたか? さて、もう1問。


【質問2】次の2品の中から、あなたの好きなものを注文してください。

A うな重 3,200円

B 上うな重 4,200円

2つの質問で注文した商品は一致していますか?

実は似たような実験を行なうと、質問1では比較的Bが選ばれるのに、質問2ではBの人気が落ち込む、というのです。

これは、アンカリングの影響です。アンカリングは、関係のない情報が判断を変えてしまうというものでしたね。今回のケースでは、「おとり効果」とも呼ばれます。

割高な商品を見せられると、「購入の基準となる予算もなぜか引っ張られて選択を変えてしまう傾向にある」というわけです。

身近なところでは、お店によって税込価格が括弧かっこ書きで少し小さく表記されていたりするのを見かけませんか?

たとえば、「1,400円(税込1,540円)」という具合です。

現在、日本では原則として税込価格表示をしなければならないことになっているので、お店によっては税込価格のみを書いているところもあります。

どうせ税込価格を表示しないといけないなら、税込価格だけを書いたほうが話は早いようにも思えるのですが、なぜわざわざ2つの価格を表示してみたりするのでしょう。

安い価格が書かれているからといって、みなさん、消費税のことを忘れはしませんよね?

見た目の価格を変えたら、買い物カゴの中はどうなる?

税込価格の計算、10%はともかく軽減税率の8%ともなると計算がわずらわしくないでしょうか。

実は、計算が面倒だからか、税金が頭に入っていないのか、「結局、みんな目に付く数字に気を取られて、少しでも安く見える商品に飛びつくのでは?」なんて研究もあります。

ラジ・チェティ氏がアダム・ルーニー氏、コーリー・クロフト氏と取り組んだのは、いたって簡単な実験でした。

実際にスーパーマーケットで、「値札の表示を変えたらどうなるだろう?」と考えたのです。

実験の舞台となったアメリカでは、税抜価格表示が一般的で、気にせず買い物カゴに入れた商品は、レジを通るときに税金が加算されます。

「税金があるなんて知らなかった」ということはないでしょうから、合理的に考えれば、どこで税込価格を伝えてもいいはずです。

でも、3人の考えは違いました。「税抜価格を見せられていたら税金分を完全には頭に入れられず、ついつい買い過ぎてしまうのではないか」というのです。なんだかとてもお客さんに失礼な気がしますが……。

行動経済学ってそういうことだったのか!
(画像=行動経済学ってそういうことだったのか!)

さて、実験は実在するスーパーマーケットの店舗で3週間にわたって行なわれました。化粧品、ヘアアクセサリー、デオドラント商品の約750品目で、従来の税抜価格のみの表示の値札に、税込価格の情報を追加しました(上の図)。

これらの商品の売れ行きを、同一店舗内の同じ通路で販売されているハミガキやスキンケア商品の売れ行きと比較したり、近くにある別のスーパーマーケットの同カテゴリー商品の売れ行きと比較したりすることで、〝見た目だけ〟価格を上げた場合の効果を測定したのです。

ただし、スーパーマーケット側の勘のいいマネージャーからのお願いで、人気商品での実験や3週間以上の実験は行なえませんでした。

研究では、店舗実験の前に、大学生が本当に税金を計算できるのか予備テストをしています。陳列棚の商品と値札の画像を見せて、そのうち2つの商品をレジに持って行ったときの合計金額がいくらか尋ねたのです。

税込価格の値札を見せた場合、75%の学生が合計金額をほぼ正確に言い当てました。

でも、税抜価格のみの表示では、18%の学生しかほぼ正確な計算ができませんでした。

つまり、私たちはしっかりと計算しないまま、商品を買い物カゴに入れている可能性があるわけです。

店舗での実験の結果は、税込価格表示の値札をつけた商品は、大体7%ほど売上が落ち込みました。

不思議なのは、アメリカで適用される税率も大体7%ほどなのですが、ただの偶然ですよね?

キリよくなるまで、細かい数字に見向きもしない?

注意不足からか大した計算もせず、見た目(価格の表示法)が違うだけで売上も違う ── 。単純なことですが、意外なことかもしれません。

日本では税込価格表示が原則ということで、税抜価格を表示していないことも多々ありますが、スーパーマーケットやコンビニエンスストアで税抜価格を併記しているのには「税抜価格のほうへ意識をアンカリングさせよう」というようなカラクリもあるのかもしれません。

みなさんも、ついつい買い物カゴに詰め込み過ぎて、レジで驚くといった経験をしていませんか。

さて、税金が表示されているかどうかで売上が変わる、見た目の数字に引っ張られて選択が変わってしまうというと、〝キリのいい数字〟も不安に思えてきます。

打率の1厘差に過剰に反応するくらいですから、他にも簡単なことで商品の価値を勘違いしているのかも……。

たとえば、中古自動車の走行距離はどうでしょう。〝10万キロ〟を超える前に下取りに出しておこうとか、〝10万キロ〟を超えた自動車はさすがにダメとか考えていませんか?

ニコラ・ラチェテラ氏、デヴィン・ポープ氏、ジャスティン・シドナー氏がアメリカの中古車オークション市場で2200万台を超える取引データを分析した結果、実は車の走行距離を示すオドメーターが1万マイルを刻む瞬間ごとに、取引価格が大体150ドルから200ドルほど安くなることを発見しました。

大した金額差には見えないかもしれませんが、たとえば、7万9,900 ― 7万9,999マイルの中古車は、8万 ― 8万99マイルの中古車に比べて210ドル高く売買されていました。しかし、7万9,800 ― 7万9,899マイルの中古車との差は10ドルほどしかない、といった状況でした。

車に乗ればすぐに8万マイルを超えるのは明らかですから、数字のキリがいいかどうかにこだわる必要はないはずです。でも、市場全体でそのことには気づかぬふりです。

行動経済学ってそういうことだったのか!
(画像=行動経済学ってそういうことだったのか!)

何が起きているかというと、キリがいい距離表示の前後では人は過剰にその差を評価するのに、キリよくなるまでは多少の差には見向きもしないのです(上の図)。

税抜価格表示と同様に、細かい点には見向きもしてくれないわけです。

極めつけは10万マイルという基準で、ここを超えると、キリがいいかどうかでの価格の落ち込み効果は極めて弱くなる傾向にありました。

どうやら、アメリカでは10万マイルから先は、11万でも12万でもあまり気にされなくなるようです。

では、日本みたいなキロ表示であったら?

研究ではカナダの中古車取引のデータも分析していて、こちらでは〝10万キロ〟が基準となっていることを示唆しています。やっぱり、という感じでしょうか。

さて、市場が数字のキリの良さを条件に判断しているということは、それを活用しようとするケースも見ることができます。

たとえば、商品の価格を割安に見せたければ、キリを落とせばいいということになりますよね。これは「端数価格効果」と呼ばれます。

4万円より3万9,800円で価格表示しようということです。少しキリを悪くしたほうが価格としては魅力的に見えると、売り手も薄々気づいているわけです。

消費者側は「これは意味がない」と気づいていいものですが、でも、見た目の情報に左右されるのを止められないのでしょうか。

反対に、価値を高く見せたければ、〝キリをよくする〟という方法も考えられますよね。3割バッターの手法と同じです。

ところで、いつもうまく歪みを利用できるのであれば都合のいい話ですが、時には人の非合理的な感覚に押し負かされてしまうケースもあったりするようです。

=行動経済学ってそういうことだったのか!
太宰 北斗
名古屋商科大学 商学部 准教授。
慶應義塾大学卒業後、消費財メーカー勤務を経て、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。一橋大学大学院商学研究科特任講師を経て現職。
専門は行動ファイナンス、コーポレートガバナンス。
第3回アサヒビール最優秀論文賞受賞。論文「競馬とプロスペクト理論:微小確率の過大評価の実証分析」により行動経済学会より表彰を受ける。
競馬や宝くじ、スポーツなど身近なトピックを交えたり、行動経済学で使われる実験を利用した投資ゲームなどを行ない、多くの学生が関心を持って取り組めるように心がけた授業を行なう。

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