この記事は2022年10月13日に三菱総合研究所で公開された「需要家属性ごとに適した脱炭素行動の促進策の必要性」を一部編集し、転載したものです。

脱炭素
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

目次

  1. 取り組み意向の低い「再エネ電力への切り替え」
  2. 需要家の属性によって行動変容に対するコスト許容度は異なる

取り組み意向の低い「再エネ電力への切り替え」

2022年2月に生じたロシアによるウクライナ侵攻は、世界のエネルギー安定供給に大きな影響を与えている。しかし、カーボンニュートラルに向けた潮流が変わることはなく、エネルギー安定供給との両立をいかに実現するかが大きな課題となっている。

当社では、2021年9月に発表した「2050年カーボンニュートラル実現に向けた提言」の中で、(1)電力部門の早期ゼロエミッション化、(2)戦略的なイノベーションの誘発、(3)需要側の行動変容の3つをキーポイントに挙げている。

また、2022年7月に発表した「2050年カーボンニュートラルの社会・経済への影響」では、(3)需要側の行動変容について何が課題となっているかを明らかにするため、日本全国の企業・消費者を対象に2022年4月に実施したアンケート調査結果(*1)を基に分析を行った。

この分析の結果、脱炭素効果は大きいものの需要家の取り組み意向が低く、今後の促進策が重要となる行動変容として企業・消費者ともに「再エネ電力への切り替え」を挙げている。

本コラムでは、この「再エネ電力への切り替え」について、需要家の属性による取り組み意向の違いを明らかにするとともに、属性に応じたきめ細かい促進策の重要性を取り上げたい。

需要家の属性によって行動変容に対するコスト許容度は異なる

上記調査では、需要家を大きく企業と消費者に分けて分析を行っているが、同じ企業や消費者であっても、その属性によって取り組み意向に違いはないのだろうか。この問いに答えるため、企業は製造業、非製造業という業種で、消費者は20代以下、30代から50代、60代以上という年代で属性を分けたうえで、「再エネ電力への切り替え」に対するコスト許容度の違いを分析した(*2) 。

結果として、企業では製造業の方が非製造業よりも支払い意思額が高い。価格が10%上昇したとしても「再エネ電力への切り替え」を行う可能性のある需要家の割合は、製造業で67%なのに対し、非製造業では60%となっている。

消費者は、20代以下のコスト増に対する許容度が最も高く、次いで60代以上、30代から50代の順となっている。価格の10%上昇を許容する比率は20代以下で68%、60代以上で62%、30代から50代で58%であり、20代以下と30代から50代との間では1割程度の差が生じている(図1)。

「再エネ電力への切り替え」に対する需要家属性によるコスト許容度の違い

需要家属性ごとに適した促進策の実施を前述のとおり、「再エネ電力への切り替え」という行動変容に対する需要家のコスト許容度は、業種や年齢といった属性によって異なることが明らかとなった。それでは、各属性の需要家が「再エネ電力への切り替え」を促進するための施策についても違いはあるのだろうか。

ここでは、より効果的な促進策を探索する目的から、「経済的インセンティブ」と「選択肢や情報の提供」という促進策に大別し、属性別の効果の違いを分析した。

企業の「再エネ電力への切り替え」の促進策として、経済的インセンティブと選択肢・情報の提供を比較したころ、両者とも双方を求めている結果となっているものの、非製造業では情報提供を求める声がやや上回っており有意な差が見られる (図2左)。

この結果と、非製造業では業務用の建築物に入居している事業所が多いという特徴を踏まえると、需要家の属性ごとに適した促進策が見えてくるのではないだろうか。

具体的には、非製造業の企業がテナントの立場としてビルなどに入居している場合、電力調達の選択権を有していないケースが多いと考えられる。そのような立場の企業に対しては、ビルオーナーを通じた再エネ電力の調達方法を周知していくほか、再エネ電力への切り替えを強みとしたビルが存在する事実を周知することなどが効果的だろう。

消費者についても企業と同じ2つの促進策による年代別の効果の違いを分析すると、どの世代でも選択肢や情報の提供は経済的なインセンティブと同等または上回る効果が見られており、その重要性が確認できる。ただし、60代以上の世代のみが促進策の間に有意な差が見られる結果 となっており、特に選択肢や情報の提供による効果が大きい(図2右)。

それではこの60代以上の世帯に対して、効果的に情報を伝えていくにはどのような方法があり得るだろうか。「商品・サービスについての知識は多い方だ」に当てはまると回答した割合は60代以上が最も低くなっている一方で、「CO2削減に取り組む企業の商品・サービス購入」をする意向は60代以上が最も高くなっている(*3) 。

これらの調査結果を踏まえると、60代以上の世帯に再エネ電力のような新たなサービスについての情報を適切に届けられれば、行動変容を効果的に促進させられると考えられる。具体的には、60代以上の世帯では子供が独立したタイミングで住宅のリフォームや転居を行う世帯が多い(*4)。

例えばハウスメーカーやリフォーム事業者、不動産の仲介事業者などが情報提供の主体としての役割を担うことで、効果的な「再エネ電力への切り替え」の後押しが可能になるだろう。

このように、需要家の属性によって効果的な促進策は異なり、また同じ促進策であったとしてもそのアプローチを属性に応じて変えることで、より大きな効果を期待できる可能性がある。需要家の行動変容を早期に実現させ、カーボンニュートラルに向けたトランジションを推進していくため、需要家属性に応じたきめ細かな促進策について引き続き検討を進めていきたい。

需要家属性による行動変容促進策の効果の違い

*1:行動変容の具体的な内容を例示(企業には31種類、消費者には26種類)した上で調査を実施した。対象(n)は、企業が2,057件、消費者は2,140件である。
*2:アンケート結果の個票を用い、survival analysis (生存時間分析)を応用し需要曲線を導出した。具体的には、「再エネ電力への切り替え」に対する支払意思額(コスト増許容度)の回答を用い、Weibull分布を仮定したパラメトリックモデルにより生存時間関数を推計した。これにより、コスト増を受諾する確率、すなわち需要曲線の逆関数が導出される。
*3:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」による調査結果より。
*4:一般社団法人住宅リフォーム推進協議会による「令和3年度住宅リフォームに関する消費者実態調査」では、初回リフォームの世帯主年代別ピークは40代であるとしているが、2回目以上のリフォーム実施は60代以上が最も多くなっている。

小川崇臣

酒井博司
三菱総合研究所 政策・経済センター