本記事は、根来秀行氏の著書『老化は予防できる、治療できる - テロメアをムダ使いしない生き方』(ワニ・プラス)の中から一部を抜粋・編集しています

健康長寿の第一歩は「よい呼吸法」から

呼吸法
(画像=endostock/stock.adobe.com)

毛細血管と自律神経、そしてホルモンは、それぞれが密接に関わっています。どれか1つが支障をきたせば、それはやがてほかの2つにも影響をおよぼします。しかし、これは反対にいえば、1つでも改善できれば、ほかの2つにもよい変化をもたらせるということです。そこでここからは、毛細血管、自律神経、ホルモンを好転させる方法を具体的に紹介していきます。実践すれば毛細血管や自律神経、ホルモンのコンディションが整い、細胞呼吸の効率がアップして内部環境も改善されるはず。最終的には、テロメアの短縮も、必要最小限ですませられるはずです。

まず、みなさんにマスターしてほしいのが「よい呼吸法」です。呼吸(外呼吸)の真の目的は細胞呼吸です。外呼吸の効率を上げることは、細胞呼吸の効率アップにつながります。また、呼吸は、自分の意志ではコントロールできない自律神経に、自らの意志で唯一アプローチできる方法でもあります。

横隔膜には自律神経のセンサーがあり、呼吸法で意識的に横隔膜をコントロールできれば、副交感神経が活性化してリラックス効果を得られます。すると、血管がゆるんで毛細血管に流れる血流が増え、ホルモンもそのはたらきを十分に発揮できるようになります。ふだん無意識にしている呼吸ですが、よい呼吸法を身につけることで得られるメリットははかり知れません。

では、よい呼吸法とはどのようなものなのでしょうか。

「深呼吸したり、酸素バーや酸素カプセルを利用したりして、酸素をたくさん取り込めばいいのでは?」と思った方もいるかもしれませんが、それは正解とはいえません。やみくもに酸素を吸っても、細胞呼吸の効率は上がらないからです。

私たちの鼻と口は、気管とつながっています。気管は空気の通り道です。気管は左右の肺に入ると2つに分かれて気管支となります。気管支はさらに細かく分かれ、その先には肺胞という小さな空気の袋がたくさんあります。

肺呼吸によって取り込まれた酸素は、気管、気管支、肺胞へと運ばれ、肺胞のまわりを取り囲んでいる毛細血管へ受け渡されます。その後、酸素は毛細血管を通じて全身の細胞に運ばれます。このとき、酸素を運搬するのがヘモグロビンです。ヘモグロビンは目的の細胞に到着すると、酸素を切り離して細胞内のミトコンドリアへと引き渡すのですが、血中の二酸化炭素濃度が低いと、この引き渡しが行われません。これは、血中の二酸化炭素が多いほど赤血球から酸素が切り離されやすくなるためで、「ボーア効果」と呼ばれる理論によるものです。

引き渡されなかった酸素は、ヘモグロビンと結合したまま血中を漂うことになります。つまり酸素はあるのに、細胞呼吸の効率が低下している状態です。二酸化炭素濃度が低いと、そんなもったいない事態が起こってしまうのです。

そして、血中の二酸化炭素濃度が低くなる最大の原因が、〝呼吸のしすぎ〞です。

大気中の二酸化炭素濃度は約0.04%です。一方、吐いた息の二酸化炭素濃度はおよそ5%。つまり私たちは、1回の呼吸につき、吸った二酸化炭素の125倍もの二酸化炭素を吐き出しているわけです。そのため、呼吸をすればするほど血中の二酸化炭素が減り、細胞呼吸の効率も低下するという悪循環に陥ります。

また、ミトコンドリアに引き渡されない酸素の一部は活性酸素になり、細胞を傷つける側にまわってしまうこともあります。

口呼吸が習慣になっている人はどうしても呼吸が浅く、回数が増える傾向があります。そのせいで血中の二酸化炭素が減ってしまうのです。次の項目に1つでも当てはまるものがあれば、口呼吸が習慣になっているかもしれません。

口呼吸チェックリスト

□なにかに集中しているとき、またはボーッとしているときに、口がぽかんと開いていることが多い
□寝ているときに、いびきや歯ぎしりをする
□唇がかわいて荒れやすい
□朝起きたとき、のどが痛い
□朝起きたときに口がかわいていたり、痛みがあったりする
□朝起きたときから疲れている
□のどがかわきやすい
□歯周病や虫歯がある
□食べるときにクチャクチャと音を立てるくせがある
□口臭が強い
□喫煙の習慣がある
□激しいスポーツやトレーニングをしている
□カラオケなどでよく歌う
□おしゃべりなほうだ
□よくあくびが出る
□しょっちゅうため息をつく
□あお向けで寝られないのでうつ伏せや横向きで寝る
□風邪を引きやすい
□舌の両側が波打っている
□口を閉じると、あごに梅干状のシワができる
□マスクをしている

なお、マスクをしていると呼吸がしにくくなるため、鼻で息をするのが苦しくなり、口呼吸になりやすくなります。近年は新型コロナウイルスの影響でマスク着用の時間が長くなっていますので、もともと口呼吸の習慣がない方も口呼吸をしやすくなっているので注意しましょう。

ふだんの呼吸は口ではなく、鼻でするのがおすすめです。鼻呼吸にはさまざまなメリットがあります。まず、鼻の穴は口に比べて空気の出入り口が小さいため、鼻呼吸は適度な空気抵抗があります。この空気抵抗のおかげで、鼻呼吸は肺の肺胞をより拡張させ、酸素を肺のすみずみに行き渡らせることができるのです。また、鼻呼吸によって副鼻腔粘膜から一酸化窒素が適量分泌され、これは気道や血管を拡張して酸素を全身に行き渡りやすくします。

さらに、鼻呼吸のほうが風邪などにかかりにくくなります。鼻毛や鼻腔粘膜が異物の約7割を除去し、病原体の侵入を防いでくれるからです。鼻がいわば天然のマスクになっているわけです。加えて、呼気が加温・加湿されるのでからだの冷えも防げます。運動や緊急時などの酸素が大量に必要なときを除き、ふだんは鼻呼吸を意識するようにしましょう。

ただ、鼻呼吸は空気抵抗があるため、無自覚にらくな口呼吸になってしまいがちです。その場合、そもそも舌の位置が間違っている可能性があります。

ちょっと確認してみましょう。まず、リラックスした状態で口を閉じてください。そのまま舌の位置を確認します。

舌先が上あるいは下の前歯の裏についていたり、どこにも触れずに宙ぶらりんになっていたりする場合は、舌のポジションが間違っています。これでは気道がふさがり、呼吸がしにくくなります。舌の位置が自分ではわかりにくいという場合は、舌を出して鏡で見てください。舌の両側に歯形がついていたら、それは下の奥歯と舌が接触してしまっている証拠。舌が下がっています。正しい舌のポジションを覚えましょう。

正しい舌のポジションの見つけ方

(1)上の前歯の真ん中2本の裏側に舌先を当てます。
(2)舌先を上にすべらせると「スポット」と呼ばれるふくらみがあるので、ここに舌先を当てます。
(3)舌の表面全体を上あごの天井部分に密着させます。

正しい舌のポジションを確認できたでしょうか。舌の筋肉は年齢とともに衰え、舌の位置も下がってきています。気がついたときに、舌を正しいポジションに修正する習慣をつけましょう。

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(画像=『老化は予防できる、治療できる - テロメアをムダ使いしない生き方』より)

正しい腹式呼吸を身につける

舌の正しい位置を覚えたら、つづいて腹式呼吸のやり方もマスターしておきましょう。

肺呼吸(外呼吸)には、胸式呼吸と腹式呼吸がありますが、胸式と腹式とでは、使われる筋肉が異なります。

呼吸すると肺がふくらんだりしぼんだりしますが、これは肺自体が動いているわけではありません。肺は心臓や胃のように筋肉がないため、肺のまわりにある複数の筋肉「呼吸筋」の伸び縮みによって、ふくらんだりしぼんだりしているのです。

呼吸筋は20種類以上あり、そのなかでメインとなるのが、肋ろっ骨こつと肋骨の間にある「肋間筋」と、肺の底部を支えている「横隔膜」です。

胸式呼吸では主に肋間筋が使われます。肋間筋を使って肋骨を開くことで肺をふくらませ、息を吸っているのです。息を吸ったときに胸がふくらんで肩のラインが上がり、息を吐いたときに胸がしぼんで肩のラインが下がっていたら、それは胸式呼吸をしていると考えていいでしょう。

腹式呼吸は、肋間筋ではなく横隔膜を上下させることで空気を取り込みます。胸式呼吸に比べて胸があまり大きくふくらまず、少ない呼吸数でより多くの空気を取り込めるのが特徴です。さらに、横隔膜には自律神経が集まっているので、横隔膜を大きく動かす腹式呼吸を行えば、副交感神経が高まって血流がアップ。脳内ではハッピーホルモンの別名をもつセロトニンが分泌され、血液によって体内に運ばれます。細胞呼吸の効率を上げて内部環境を整え、テロメアの浪費を防ぐには、腹式呼吸が有効だといえるでしょう。

ただ、口呼吸や胸式呼吸が習慣になっている方は、腹式呼吸にいきなり切り替えようとしても、横隔膜がうまく動かないかもしれません。そこでまずは、横隔膜の可動域を広げる呼吸を行ってみてください。

横隔膜の可動域を広げる呼吸法

(1)椅子、バスタオル(またはクッション)を用意します。バスタオルは折りたたんで厚さが5〜10センチメートルくらいになるようにします。
(2)あお向けに寝て、椅子の足を乗せてひざが90度になるようにします。
(3)折りたたんだバスタオルをおしりの下に置きます。
(4)両手をおなかの上に置き、鼻からゆっくりと呼吸をくり返します。横隔膜の動きを感じましょう。

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(画像=『老化は予防できる、治療できる - テロメアをムダ使いしない生き方』より)

この方法で呼吸をすると、立っているときよりもおなかがリラックスして、横隔膜がよく動きます。その分、呼吸も深くなります。数回くり返せば、脳が横隔膜の動きを覚えて、いつでもどんな姿勢でも、腹式呼吸ができるようになります。

横隔膜の使い方を覚えたら、つづいては、「ベースの4・4・8呼吸」に挑戦してみてください。

ベースの4・4・8呼吸

(1)椅子に座って背筋を自然に伸ばします。手はおへその上に当てます(睡眠前は寝たままでもOKです)。
(2)鼻から軽く息を吐きましょう。
(3)おなかをふくらませながら、4秒かけて鼻から息を吸います。おなかだけでなく、背中側にも空気が入っているのを感じましょう。
(4)そこで4秒間息を止めます。
(5)おなかをゆっくりへこませながら、鼻からゆっくり8秒かけて息を吐ききります。
(6)(3)〜(5)をくり返します(数分程度)。

「ベースの4・4・8呼吸」は、私が自律神経測定デバイスやホルモン測定、脳波計測などを用いて開発した、腹式呼吸法の基本です。ゆっくり鼻から腹式呼吸をして、横隔膜をしっかり動かし、吐く息をゆったり長くすることを意識するのがポイントです。ストレスを緩和し、気分を落ち着かせて、集中力、睡眠の質を高める効果があります。

ストレスがとくに多い時期は、60~90分ごとに数分間行うと効果的です。また、睡眠前に長めに行うと、良質な睡眠につながります。

実際、私がアドバイスしているメジャーリーガー、プロ野球選手、力士、青学駅伝チーム、オリンピック代表選手、政治家、企業経営者など、世界の第一線で活躍するあらゆるジャンルの方々にもこの呼吸法を実践してもらい、効果が証明されています。

最後に、「5・5・5呼吸」もご紹介しておきましょう。

アメリカの軍隊や警察の特殊部隊などで取り入れられている、「タクティカル・ブリージング(tactical breathing)」という呼吸法があります。タクティカルとは「戦術」という意味で、厳しい状況に陥っても即座に心身のコントロールを取り戻すための呼吸法です。「5・5・5呼吸」は、このタクティカル・ブリージングをベースに私の研究室で研究を重ね、考案したものです。副交感神経をアップさせることで、緊張感を保ちつつ、上がりすぎた交感神経を適度に整えることができます。

細胞呼吸を活性化する5・5・5呼吸

(1)らくな姿勢になります。座って行っても、立って行ってもかまいません。
(2)まずはゆっくりと鼻から息を吐ききり、おなかをへこませます。
(3)5秒間息を止めます。
(4)おなかをふくらませながら、5秒かけて鼻から息を吸います。
(5)5秒間息を止めます。
(6)おなかをへこませながら、5秒かけて鼻からゆっくり息を吐きます。
(7)(3)〜(6)を5回ほどくり返します。

「5・5・5呼吸」は、急なパニックに陥ったり、ネガティブな思考をなかなか断ち切れなかったりするとき、平常心を取り戻したいときにおすすめです。この呼吸法を行うと、短期間で脈拍や血圧が下がるのが確認されています。

また、呼気と吸気と同じ時間だけ息を止めることで、血中の二酸化炭素濃度の過度な低下も防げます。血中の二酸化炭素濃度の低下を防ぐことができれば、ヘモグロビンと結合した酸素はミトコンドリアにしっかり引き渡され、細胞呼吸が活性化して内部環境も改善。さらに、自律神経のトータルパワーもアップします。

パニックなどを抑えるのが目的であれば、リラックスできる姿勢、場所で行うのがおすすめですが、血中の二酸化炭素濃度の低下を防ぐ目的であれば、家事の合間や、通勤電車の中、オフィスなど、どこで行ってもかまいません。とにかくこまめに行うといいでしょう。

なお、誤解されがちですが、「胸式呼吸は悪い呼吸で、腹式呼吸はいい呼吸」というわけではありません。本来の胸式呼吸は、肺(胸)を左右前後にしっかりとふくらませて酸素を取り込みます。本来の胸式呼吸をすると交感神経が優位になり、筋肉も活性化するので、日中に活動をしているときや、危険がおよんで戦闘モードになっているようなときには胸式呼吸が有利です。

ただ、現代人は胸式呼吸に傾きがちで、なおかつ、質の悪い胸式呼吸をしている人が少なくありません。質の悪い胸式呼吸とは、姿勢が悪かったり、ストレスが強かったりするために肺が十分にふくらまず、空気の出し入れが乏しくなる呼吸です。質の悪い胸式呼吸は血中二酸化炭素濃度の低下を招き、細胞を息苦しい状態にしてしまいます。胸式呼吸になっているのに気がついたら、息を吸うときに肺が前後左右にふくらんでいるかをチェックしてみてください。そして、悪い胸式呼吸をしていたら、本来の胸式呼吸に切り替えるようにしましょう。

老化は予防できる、治療できる - テロメアをムダ使いしない生き方
根来秀行(ねごろ・ひでゆき)
東京都生まれ。医師、医学博士。東京大学大学院医学系研究科内科学専攻博士課程修了。ハーバード大学医学部客員教授(Harvard PKD Center Collaborator, Visiting Professor)、ソルボンヌ大学医学部客員教授、奈良県立医科大学医学部客員教授、信州大学特任教授、事業構想大学院大学理事・教授。専門は内科学、腎臓病学、抗加齢医学、睡眠医学など多岐にわたり、最先端の臨床、研究、医学教育の分野で国際的に活躍中。新型コロナに対する新しい治療メカニズムをつきとめ、2022年1月にその論文が英国医学誌に掲載され国内外にてトップニュースとなる。『第二の人生の質が劇的に向上する 定年睡眠』(ワニプラス)、『ハーバード&ソルボンヌ大学Dr.根来が教える ストレスリセット呼吸術』(KADOKAWA)など著書多数。

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