本記事は、ロッド・ジャドキンス氏の著書『天才はしつこい』(CCCメディアハウス)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=晋平 松本/stock.adobe.com)

アズイフの法則

文化の中心地で暮らすことを夢見ていた詩人のフィリッポ・マリネッティは、まるで砂漠に取り残されたような気持ちでいた。1900年代初めのパリは熱気あふれる中心都市で、キュビズムやフォービズムなどの革新的な芸術運動が次々と誕生しては、地殻プレートのようにぶつかりあっていた。芸術家に小説家に科学者がカフェに集い、新しい理論について意見を戦わせ、マティス、ピカソ、ブラックなどの新鋭芸術家が爆発的な勢いで進出していた。

イタリアにいたマリネッティは、ないがしろにされているような気分だった。気持ちはわかる。私はイングランドのウィルトシャーにある小さな村で育った。小さな町まではバスで1時間。ロンドンに出る必要があるとわかっていたが、まるで別の大陸のように遠くに感じられた。

やがてマリネッティは、フランス一の影響力をもつ『ル・フィガロ』紙の一面に「未来派宣言(フューチャリスト・マニフェスト)」を投稿する。無味乾燥な政治マニフェストとは異なる、情熱と思想にあふれた宣言だ。フューチャリズムは新しい「主義」であると断言し、キュビズムは過去の運動だとこきおろした。キュビズムの絵画では静物、風景、肖像など従来のお決まりのモチーフが好まれたが、フューチャリズムでは自動車、電車、都会の道路を闊歩する群衆などといった都市活動をテーマにするのだと宣言した。

ピカソやブラックなどのすでに地位を得ていた画家たちは、この新しい火山の溶岩を浴びせられて憤怒した。こうしてマリネッティは、「あれは誰だ?」から「何様だ?」への階段を一気に駆け上がった。

マリネッティは世間をフューチャリズムのほうに振り向かせた。だが、ひとつ問題があった。フューチャリズムは存在しないのだ。単なる宣言に過ぎなかった。マリネッティは過去に書いた大量の駄作をかき集めざるを得なくなり、それを世間に発表するという恐ろしいほどのプレッシャーを自分にかけた。そして、アイデアをアイデアで終わらせるのではなく、行動に出た。

とはいえ、事業計画書を手に銀行を訪ねたり、新しい運動が受容されるまでの長い道のりに耐えたりしたわけではない。似たような思想をもつ芸術家をすばやく集めて、フューチャリストの理念を体現する絵画や彫刻をつくらせた。「未来派宣言」で明確に打ち出した、キュビズムの次世代を担うビジョンを知って、賛同した芸術家たちが自分もその新しい大きな運動に参加したいと手を挙げていたのだ。

マリネッティの戦略はうまくいき、独自の新しい「主義」をすぐに活動状態にもっていくことができた。美術史の本をめくれば、20世紀の重要な芸術運動のひとつとしてフューチャリズムが出ているはずだ。マリネッティはフューチャリズムを発案し、そして次が重要だが、創出した。信じる思想のために立ち上がり、世界中の目を惹きつけ、宣言の実体を世に送り出した。

現代の心理学者が「アズイフ(as if)の法則」と呼ぶテクニックを、マリネッティは直観的に使ったといえる。自分が理想とする人物がとりそうな行動をとることで実際にそのような人物になれる、という理論で、研究で証明もされている。

まずは、いま理想の行動をとれていない原因を自分のなかに見つける。次に、適切な理想像を描く。他人にどう見られたいかではなく、内なる自分を変えることが目的だ。高級ブランド品を身につけて成功者に見られたい、なんて理想像では、このテクニックはうまくいかず自尊心も下がる、と研究結果が示している。「アズイフの法則」の効果を得るには、心から目指したい理想像を描かなければならない。

ある中小企業が、世界最大のインターネット検索エンジンを運営するクライアントとの一世一代の契約を目前にしていた。しかしクライアントが、中小企業には十分なスタッフやリソースがないのではと不安に思い、職場を訪問したいと言い出した。その中小企業は私に、クリエイティブコンサルタント役でいてほしい、と言ってきた。

どんな戦術だったかって? 社員の友人や家族に社員のふりをしてもらい、普段の3倍の人数がいるかのように見せたのだ。そして、契約は無事に締結された。中小企業は、契約で得た利益で、社員を装ってくれた人のほとんどを雇った。実現できないことを断言してはいけないが、自分を大きくしてくれる断言ならしたほうがいい。


1 あなたの専門分野の次世代はどうなるだろうか? マリネッティは芸術界に次に起こす波を考案し、それを実際に形にした。

2 やりたいことをまず宣言し、それから達成する。CIAの元司令官、デヴィッド・ペトレアスはこう述べている。

「これと決めた目標を宣言してから取り組むことで、自分にプレッシャーがかかります。これは、行動せざるを得なくする強力なメカニズムで、誰にも言わなかった場合よりもはるかに多くのことを成し遂げられます」

理想の行動をとるとは、スキルを習得し、人に見せられる能力を身につけなければならないということ。期待に沿わざるを得ない立場に自分の身を置こう。あなたにもし自信があったら、何をするだろうか? 秘めた才能を世の中に見せよう。

3 必ず正当な理由をもって、世間の注目を集める。自我を満たしたいがために偽りの姿をねつ造してはならない。偽りがなく、心からやりたい価値のある活動に没頭しよう。
天才はしつこい
ロッド・ジャドキンス
世界的名門美術学校であるロンドンの芸術学校のカレッジのひとつ、セントラル・セントマーティンズ講師、アーティスト。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号取得。
世界中の大学や企業・組織でクリエイティビティに関するセミナーを主宰する他、テート・ブリテン、ナショナル・ポートレートギャラリー、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに作品を出展するなどアーティストとしても活躍。
世界的ベストセラー『「クリエイティブ」の処方箋』(フィルムアート社)は15か国語に翻訳されている。

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