本記事は、トマス・チャモロ-プリミュージク氏の著書『「自信がない」という価値』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。

自己紹介
(画像=TK6 / stock.adobe.com)

自己プレゼンテーション

どんな人でも、何らかの社交能力を発揮することはできる。たとえば、仲のいい友達や、嫌いではない家族と一緒にいるときの自分を思い出してみよう。そのときのあなたが、自分の社交能力を最大限に発揮した状態のあなただ。なぜなら、自分が考える自分やアイデンティティを、他人に伝えることに成功しているからだ。言い換えると、自分が「こう見られたい」と思っている通りに、相手に見られることに成功している。そして、こう見られたい自分とは、自分にいちばん満足しているときの自分だ。

心理学者のダイアン・タイスらによると、「自己プレゼン力が高い」とは次のようなことを意味する ―― 「(自己プレゼンとは、)人が社会の中で、自分のアイデンティティの承認を得る手続きのことだ。自分の頭の中だけであれば、どんなアイデンティティを夢想してもかまわないかもしれないが、自分のアイデンティティはこうだときちんと主張したいのなら、社会の承認を得ることが不可欠になる。そのため、アイデンティティを構築するには、自分は望ましい性質や資質を持っているということを、他者にも認めてもらわなければならない」(*1)。

*1:D. M. Tice, J. L. Butler, M. B. Muraven, and A. M. Stillwell, “When Modesty Prevails: Differential Favorability of Self-Presentation to Friends and Strangers,” Journal of Personality and Social Psychology 69, no. 6 (1995): 1120-38.

ありがたいことに、社会における人との関わり合いのほとんどは、身近な親しい人が相手だ。一説によると、人間は全時間の80%を使って知っている人の20%と一緒にすごしていて、残りの80%の人(赤の他人、1回しか会わない人なども含まれる)に費やす時間は全時間の20%だという。

たとえば、フェイスブックの「友達」が何百人いようとも、頻繁にやりとりをしているのは五人か六人だろう。これは、人が一度に持てるごく親しい友人の数と一致する(*2)。当たり前のことではあるが、親密さの度合いを決めるのは、その人と接する頻度だ。人は頻繁に顔を合わせる人としか本物の絆を持つことはできない ―― たとえそれが、フェイスブックの中だったとしても(*3)。

*2:L. Wheeler and J. Nezlek, “Sex Differences in Social Participation,” Journal of Personality and Social Psychology 35, no. 10 (1977): 742-54.

*3:B. M. DePaulo, D. A. Kashy, S. E. Kirkendol, M. M. Wyer, and J. A. Epstein, “Lying in Everyday Life,” Journal of Personality and Social Psychology 70, no. 5 (1996): 979-95.

どんな人でも、自分を好いてくれる人、一緒にいてリラックスできる人がいる。そこで問題は、他人を相手にするときも、それと同じ効果を出すことだ。他人と一緒にいるときも、同じようにリラックスできて、相手からも好意を持ってもらう。そうすれば、その人と親しくなれるチャンスも大きくなるだろう。しかし、そこでいちばん困るのは、親しい人たちと一緒にいるときの自分を、会ったばかりの他人の前では出せないことだ。

人は誰でも、自分が考える理想の自分を、自分のペルソナ(社会的な顔)として確立したいと思っている。人からそう認められれば、自分の勝手な思い込みではなくなるからだ。心理学者のロイ・バウマイスターらも言っているように、「周りからは平凡だと思われているのに、自分は頭がいい、自分は魅力的だと信じるのは難しい」ということだ(*4)。

*4:R. F. Baumeister and K. J. Cairns, “Repression and Self-Presentation: When Audiences Interfere with Selfdeceptive Strategies,” Journal of Personality and Social Psychology 62, no. 5 (1992): 851-62.

社交スキルの自信が低い人は、理想の自分を演出したがる傾向が特に強くなる。自信がない人ほど、自分の社交能力の低さを隠し、他者からの評価を上げるために、自分の印象をコントロールしようとするからだ。逆に自分の社交スキルに絶対の自信を持っている人は、相手に与える印象などまったく考えず、ただ好きなようにふるまう。つまり、相手の目をまったく意識していないということだ。

ここで、相手に好印象を与えなければならない場面を想像してみよう。たとえば、デートや、誰かと初めて会うときだ。相手によく思われたいと意識しているのなら、それができないかもしれないという心配があるということだ。そこで、相手の反応に注目し、サインを読み取りながら自分の態度を調整していく。たとえば、相手が嫌がりそうなことは言わないようにする、といったことだ。

また、社交能力を研究する第一線の研究者たちによると、自己プレゼンテーションの神髄とは「対人関係における自己コントロール」だという。つまり、公的な社交の場面で、高いレベルの自己コントロール力を発揮できる能力ということだ(*5)。自己コントロール力の高い人は、他人に好印象を与えることができる。そしてその結果、他人もコントロールできるのだ。それに加えて、社交スキルに自信がない人は、謙虚な人に見られることが多く、そしてすでに見たように、謙虚さは人に好印象を与える(*6)。

*5:L. Uziel, “Rethinking Social Desirability Scales: From Impression Management to Interpersonally Oriented Selfcontrol,” Perspectives on Psychological Science 5, no. 3 (2010): 243-62.

*6:D. B. Guralnik, ed., Webster’s New World Dictionary of the American Language (New York: New American Library, 1984).

この「相手の気持ちを考える」という態度は、社交スキルに自信がなく、自分を主張しない人たちの特徴だ。昔から「自己主張しないのは最悪のコミュニケーション術だ」というように言われているが(自己愛過剰の社会にありがちな考え方だ)、実際は、支配的な人や自信満々な人よりも、謙虚な人のほうが好かれている ―― アメリカでさえそうだ。

つまり、社交能力に自信がないという状態でいると、親しい人たちの前でしか見せないようなありのままの自分を抑制しようという気持ちが働くのだ。それにそもそも、ありのままのあなたを許容してくれるのは、本当に親しい家族や友人だけである。

自分についてどんな情報を他人に伝えるか、戦略的に選ばなければならない。人はあなたのいちばんいい面を見たいと思っている。さらに理想を言えば、行動が完全に予測できる人になるのが望ましい。そうすれば、彼らも「自分がコントロールしている」という感覚を手に入れることができるし、また「知識」への欲求を満たすこともできる。つまり、巧みな自己プレゼン術とは、言動が予想できる人間になることだ ―― つねに「相手が考えるあなた」から予想される行動を取る。もしあなたが予想外の行動ばかり取っていたら、相手は大混乱してしまうだろう。

ここまでは自己プレゼン術の大切さを見てきたが、だからといって自分をよく見せることばかりにこだわるのも禁物だ。ある程度の自信のなさは社交スキルを高めるうえで有効だが、あまりにも不安が大きすぎると怖くて何もできない状態になり、パフォーマンスの質が下がってしまう。

人前で話すときでも、人前でパフォーマンスをするときでも、初対面の人と会うときでも、あなたの目標は、相手に思い通りの印象を与えることと、相手のフィードバックに臨機応変に対応していくことの間で、健全なバランスを保つことだ。

たとえば私の場合、大勢の聴衆を前に何か話すときは、絶対に話したい事柄を2つか3つメモした紙を用意することにしている。そして講演が始まると、予定通りに話すことに気を配りつつ、聴衆の反応にも気を配っている。ここで聴衆の反応ばかり気にしていると、予定していた話をするのを忘れてしまい、そうなると講演の質が下がることになる。

フロリダ大学の心理学者で、自己プレゼンテーションにおける精神の働きについて研究しているベス・ポンタリとバリー・シュレンカーも言っているように(*7)、自分の社交スキルに自信のない人は、人の反応を気にしすぎる傾向がある。自己認識のレベルが高く、それに加えて社交不安の傾向がある人は、ネガティブな自己イメージを持ちやすく、そのため自分の欠点や限界にばかり注目する。そうやって自分の心配ばかりしていると、目の前の状況や、やるべきことに注意が向かなくなり、当然ながら「相手に好印象を与える」という課題もおろそかになる。

*7:B. A. Pontari and B. R. Schlenker, “The Influence of Cognitive Load on Self-Presentation: Can Cognitive Busyness Help as Well as Harm Social Performance?” Journal of Personality and Social Psychology 78, no. 6 (2000): 1092- 108.

数々の研究によると、自信の低い人は、何かタスクを与えられると社交スキルが高くなるという。タスクによって気が散り、自分のことばかり心配しなくなるからだ。これはどこか、眠れないときに羊を数えることに似ていなくもない。意味のないタスクで頭を使うことで、しつこい思考をシャットアウトするのだ。

何かを達成したいという気持ちがとても強いとき、脳の回転数は異常に高くなる。しかし皮肉なことに、これはむしろ非生産的な状態だ。ネガティブな自己分析にとらわれているせいで、かえってその悪い自分が出てしまうかもしれないからだ。社交の場面が苦手で、しつこいネガティブ思考にとらわれがちな人は、何かのタスクで気を紛らわせるといいだろう(*8)。そんなタスクのリストを用意しておき(理想的なタスクは、達成したい目標だ)、リストのことをつねに頭に置きながら、たまに相手の反応を「チェック」するくらいがちょうどいい。

*8:B. A. Pontari and B. R. Schlenker, “The Influence of Cognitive Load on Self-Presentation: Can Cognitive Busyness Help as Well as Harm Social Performance?” Journal of Personality and Social Psychology 78, no. 6 (2000): 1102.

「自信がない」という価値
トマス・チャモロ-プリミュージク
社会心理学者。ロンドン大学教授、コロンビア大学教授。パーソナリティ分析、人材・組織分析、リーダーシップ開発の権威として知られる。J.P.モルガン、Yahoo、ユニリーバ、英国軍ほか組織コンサルタントとしても活躍。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
ZUU online library
※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます。