本記事は、トマス・チャモロ-プリミュージク氏の著書『「自信がない」という価値』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=Nutchapong Wuttisak / stock.adobe.com)

言うは易く行うは難し?

惨めになる方法はたくさんあるが、心地よくなる方法はたった1つしかない。それは、幸せを追い回すのをやめることだ。幸せにならないと心に決めてしまえば、後は楽しい時間だけがあなたを待っている。

─イーディス・ウォートン(アメリカの小説家 1862~1937)

必要なのは、ほんの少しの意志の力(と、自信のなさ)だけ

人生のほぼすべての物事は、実行するよりも口で言うほうが簡単だ。しかし、この本で提案したことは、だいたい簡単に実行できる。何かをガラッと変える必要はまったくない ―― ただ、今よりも少しだけ現実を敏感に読み取ればいいだけだ。この最後の章では、現実に対して敏感になる方法を解説するとともに、「自信はないが実力はある」人の世界がどんなものかを見ていこう。

紀元前500年、ソクラテスは、幸せへのカギは本当の自分を発見することだと言った。しかし、ここ50年ほどをふり返ると、欧米人(特にアメリカ人)は幸せを追求するあまり、本当の自分を見失っているようだ。私たちは、自分は自信があると思い込もうとしている。自分を実際よりも高く評価していると、たしかに気分はいいかもしれない。しかし、本来の目的を達成していないという現実から目を背け、偽の幸福感で自分を慰めているような社会は、すでに衰退に向かっている。本物の実力を手に入れることを放棄し、成功したふりをすることで、空っぽの自信を手に入れているだけだ。

世の中には、自信を高めるための自己啓発プログラムやコーチングが氾濫している。それらはすべて、社会に蔓延する「いい気分になりたい病」の産物であり、2つの間違った前提の上に成り立っている。1つは自信があれば成功できるという前提で、そしてもう1つは、誰でもその気になれば自信を高めることができるという前提だ。

これまで見てきたように、高い自信が成功につながるという証拠は1つもない。それに、仮にそうだとしても、そもそも自信のレベルを好き勝手に変えることは不可能だ。ロイ・バウマイスター博士も、自尊感情を高める治療やプログラムの数十年にわたる記録を見直した結果、やはりこの結論に到達した。博士によると、自尊感情を高めるための精神科の治療や、学校のプログラムには、特に効果が見られないという(*1)。

*1:Baumeister et al., “Does High Self-esteem Cause Better Performance,” 1.

むしろ、何百もの心理学の研究からもわかるように、ネガティブな自己イメージを押し殺すのはかえって害になる。たとえば、嫌な思考や感覚を避けようとすると(心理学用語で「体験の回避」という)、その嫌なものがかえって増幅されてしまうのだ。実際、体験の回避は、本物の嫌な感情や、その嫌な感情を生み出す嫌な体験よりも、精神に大きな害を与える。

ジョージ・メイソン大学のトッド・カシュダンと同僚たちも言っているように、人は誰でも、痛み、苦しみ、パニックなど、嫌な体験をすることになる。それは人間なら当然のことであり、必ずしも問題にはならない。一方で、体験の回避は問題の原因になる。永遠に回避することはできず、生きていればいずれは嫌な体験をしなければならないからだ(*2)。

*2:T. B. Kashdan, V. Barrios, J. P. Forsyth, and M. F. Steger, “Experiential Avoidance as a Generalized Psychological Vulnerability: Comparisons with Coping and Emotion Regulation Strategies,” Behaviour Research and Therapy 44, no. 9 (2006): 1301-20.

つまり、思考が問題になるのは、その思考を押し殺そうとするときだけだ。抑圧された思考はいったいどうなるのか、次にいくつか例をあげよう。

  • 陪審員は、たいてい「事件に関係ないので無視するように」と言われた情報をもとに判断する。弁護士はその習性を逆手に取り、注目してほしい情報をわざと無視しろと言うこともある(*3)。

*3:W. C. Thompson, G. T. Fong, and D. L. Rosenhan, “Inadmissible Evidence and Juror Verdicts,” Journal of Personality and Social Psychology 40, no. 3 (1981): 453-63.

  • 人から聞いた話は、たとえ噓だと言われてもどこかで信じてしまう(*4)。政治家や有名人の悪い噂が流れると、たとえ後から噓だとわかっても、やはりある程度は評判に傷がつくことになる。

*4:D. M. Wegner, R. Wenzlaff, R. M. Kerker, and A. E. Beattie, “Incrimination Through Innuendo: Can Media Questions Become Public Answers?” Journal of Personality and Social Psychology 40, no. 5 (1981): 822-32.

  • ギャンブルやお金を使うときの判断は、意図的に無視しているオッズによって左右される。たとえ無視することにお金という報酬を与えられても、完全に無視することはできない(*5)。たとえば、まったく同じ商品に、「定価の半額で100ドル」というラベルと、「定価の3割引きで75ドル」というラベルを貼ったら、たいていの人は「半額」につられて100ドルのほうを買う。

*5:A. Tversky and D. Kahneman, “Judgment Under Uncertainty: Heuristics and Biases,” Science 185, no. 4157 (1974): 1124-31.

  • 食べ物のことを極力考えないようにしていると、かえって食べ物のことで頭が占領されてしまう。過激なダイエットをすると、反動で暴飲暴食に走り、むしろ太ってしまうのはそのためだ(*6)。

*6:J. Polivy and C. P. Herman, “Dieting and Binging: A Causal Analysis,” American Psychologist 40, no. 2 (1985): 193-201.

手術の予定があるときに、その手術のことをあえて考えないようにしていると、後から手術関連のストレスを感じることになる(*7)。

*7:I. L. Janis, “Preventing Pathogenic Denial by Means of Stress Inoculation,” in The Denial of Stress, ed. S. Breznitz (New York: International Universities Press, 1983), 35-76.

  • トラウマになるような出来事を無理に忘れようとして、嫌な感情や思考を押し殺していると、かえって健康を害する可能性が高くなる(*8)。

*8:J. W. Pennebaker, “Inhibition and Cognition: Toward an Understanding of Trauma and Disease,” Canadian Psychology 26 (1985): 82-95.

  • ネガティブな感情を押し殺していると、ポジティブな感情や楽しい感情も体験できなくなる(*9)。

*9:J. J. Gross and O. P. John, “Individual Differences in Two Emotion Regulation Processes: Implications for Affect, Relationships, and Well-being,” Journal of Personality and Social Psychology 85, no. 2 (2003): 348-62.

  • ネガティブな思考を押し殺すのは、精神的にとても疲れる作業だ。重いソフトウェアがパソコンのメモリーを占領するのに似ているかもしれない(*10)。

*10:R. F. Baumeister and T. F. Heatherton, “Self-regulation Failure: An Overview,” Psychological Inquiry 7 (1996): 1-15.

  • 人種的偏見を押し殺し、表に出さないようにしている人は、そうでない人よりもかえって差別的な行動を取る(*11)。

*11:C. N. Macrae, G. V. Bodenhausen, A. B. Milne, and J. Jetten, “Out of Mind but Back in Sight: Stereotypes on the Rebound,” Journal of Personality and Social Psychology 67, no. 5 (1994): 808-17.

自信のなさを大切に

イヤな思考や感情を押し殺すのはかえって逆効果であり、真の意味で成長するチャンスを失ってしまう。それに現実をゆがめ、間違った自己イメージを持つことにもつながるだろう。たとえば、自分には価値がないと感じているが、その感情を押し殺していると、自分を変えるために努力することは絶対にない。

そこで自分のイヤな感情と向き合い、今の自分は理想の自分ではなく、自分のことが好きでもないという事実を認めれば、自分を変えることに集中できるだろう。不満は変化の母であり、そして成長するには変化するしかない。

無理に自信があるふりをしても、結局は失敗してやる気を失う。しかし自信のなさを自覚して、パフォーマンスを向上させるために努力すれば、実力がつくだけでなく、本物の自信を手に入れることもできる(*12)。だから、「自信の低さをどうすればいいか」と困っているなら、答えは簡単。

*12:自分に次の質問をしてみよう。「自分の自信と実力のどちらかを変えられるとしたら、どちらを変えたいだろう?」。人が自信のなさを心配するのは、それが実力にも悪い影響を与えると考えているからだ(たとえば、「自分には社交不安がある。だから人と話せないんだ」「水が怖いからきっと泳げるようにならないだろう」というように)。つまり、そもそも自信を高めたいと思うのは、そうすれば実力も高まると思っているからであり、大切なのは自信よりも実力だ。

「そのまま大切にする」だ。

見てきたことは、すべて「自信がなくても大丈夫」という言葉に集約される。人は自信の低さを自覚することで、自分に足りない部分や、問題、心配事に気づくことができる。そうやって気づいた部分を改善するために、実際に行動を起こすことができる。

「自信のなさを大切にする」というアドバイスだけでも、世に出回っている自己啓発本の99%より役に立つだろう。人は不安があったほうが成長できる。自信の低さを生かすことができないのは、自分の問題から目を背けている人だけだ。現実を見ない人に希望はなく、そして現実を直視できるあなたは、希望があるだけでなく、自信の低さを能力の高さに変換するチャンスもあるのだ。

自信のなさは、正直な友人だ。正直すぎるのが玉にきずだと思うかもしれないが、いつもあなたのためを思っていることは間違いない。この友人は、あなたの成長を心から願っている。ここでもう1つ大切なことがある ―― それは、自信の低さを解消するには、本物の実力をつけるしかないということだ。不安や心配を克服したいと思っているなら、効果的な方法はただ1つ。成功することだ。

「自信がない」という価値
トマス・チャモロ-プリミュージク
社会心理学者。ロンドン大学教授、コロンビア大学教授。パーソナリティ分析、人材・組織分析、リーダーシップ開発の権威として知られる。J.P.モルガン、Yahoo、ユニリーバ、英国軍ほか組織コンサルタントとしても活躍。

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