この記事は2023年8月22日に「第一生命経済研究所」で公開された「1ドル150円に向かう円安」を一部編集し、転載したものです。
再びの円安
ドル円レートは、1ドル150円にじわじわと接近しつつある(図表1)。2022年10月21日には1ドル151.94円の円安水準を付けた。日本政府は、そうした中、どこかで為替介入を強く示唆して、実際に動いてくる可能性もある。すると、円安ペースは一時足止めを食らうだろう。
しかし、達観してみれば円安傾向は止まりそうにない。米長期金利が2022年10月よりも上昇しているからだ(図表2)。そうすると、投機的円安とは必ずしも言えなくなる。介入しても、日米金利差という合理的根拠に基づく円安なのだから、介入効果は一時的なものとみなされてしまう。
岸田政権は、まずは9月中旬に内閣改造を実施して、その後で「秋」のうちに衆議院の解散という見方もある。ならば、これ以上の物価高騰で、国民の不満を助長する訳にはいかない。政府には、円安を止めたいという願望が潜在的にはある。
マーケットの方は、そうした政治的思惑とは独立したかたちで、マーケットの原理で動いている。目先の円安は一時的に足止めできても、日米金利に基づく趨勢的な円安は2023年中は止まらないと筆者は理解している。
驚きの米長期金利上昇
米長期金利が上昇することは、筆者からすれば少し意外である。常識的に考えて、長短金利が逆転すると、それは今後の景気悪化の予想が強まっていく。長短金利は時間とともにマイナス方向に広がっていくはずだ。米長期金利は低下していく。そうならないのは、米経済が予想外に強いからだ。特に、個人消費と雇用の強さである。米消費者物価は相当下がっているが、コア部分はほとんど高いままである。
米経済の先行きを語るとき、よく聞かされた言葉は、利上げの累積効果でいずれ経済減速が進むという話である。実際は、逆に、2020年以降の緩和的な金融政策、拡張的な財政政策の累積効果によって、2023年の米国経済は底堅い。2022年3月以降の利上げ効果は、それ以前の累積効果で減殺されているのだろう。
その一例は、FRBの量的引き締め(QT)が十分進んでいないことだ。FRBのバランスシートは依然として膨張したままだ。ここにはパウエル議長の再任に絡んで、FRBのテーパリングが2021年11月に遅れ、量的引き締めの開始も2022年6月になった。量的な修正のスタートが遅れたことが悔やまれる。量的には、まだ水準として緩和的なのだという解釈も成り立つ。
もう1つの論点は、中立金利が上昇していて、2022年3月以降の利上げが相対的に効きにくいという見方だ。この見方には頷ける。FRBは、四半期に一度、ロンガーラン金利というかたちで中立金利を示している。もしかすると、2023年9月のFOMCでは、従来の2.5%から上がるかもしれないという見方さえある。その場合、金融引き締めのベースライン金利が上がることになって、米長期金利も上方シフトする。すでに、それを部分的に織り込んでいる可能性もある。
9月19・20日のFOMCは注目である。政策見通しの上方修正が行われる可能性も否定できない。FRBは、7月に政策金利を+0.25%引き上げて、予告された後1回の利上げを早くも9月に実施するかもしれない。そして、2023年末までに、もう1回の利上げを示唆するサプライズも考えられる。2024年末の金利見通しで、2024年内に利下げという見方を書き換えるシナリオすらある。株式市場には大ショックになる。
日銀も頭痛の種
米国要因でドル高・円安が進むときに、日銀は何も手出しができないのか。為替介入という防衛ラインが突破されたとき、「次は日銀」という国内からの声が出るだろう。植田総裁は、7月に連続指値オペの発動ラインを1.00%に引き上げて、本当はそこでしばらく様子を見たかった。
しかし、マーケットは生き物だ。植田総裁の時間をかけるスタンスは、あまりに緩和的過ぎた。長期金利が上昇していく途中で、臨時の資金供給を行って、上昇を牽制すると、それが返って円安の引き金になった。
9~12月のどこかで政策修正をアナウンスして、今度は長期金利の上昇に寛容になるのだろうか。そうすると、7月の政策修正は、早々に手直しということになり、非常に印象が悪い。
「為替介入の次は日銀の政策修正だ」という議論が出てくると、植田総裁は困った立場になる。これは頭の痛い問題である。