この記事は2023年9月8日に「第一生命経済研究所」で公開された「サービス物価もかなりの上昇」を一部編集し、転載したものです。
前年比2%まで上がったサービス価格
消費者物価の上昇率は、財価格とサービス価格の間で、コントラストが明確になってきた(図表1)。今後、財価格は、輸入物価の影響を受けやすいため、しばらくは鈍化していくだろう。サービス価格の方は独立して動き、上昇率を高めていくだろう。
日銀は、「安定的に2%を上回る」と目標を定めている。政府も、2006年3月には「再びそうした状況(物価が持続的に下落する)に戻る見込みがないこと」をデフレ脱却の条件に挙げている。これらの条件は、いずれも一定まで下がらないことを意味している。だから、判断を厳しくさせる。
よって、焦点は、輸入物価の変動でアップダウンしやすい財価格ではなく、下方硬直的なサービス価格が切り上がっていくことが、脱却条件になると考えられる。
そのサービス価格は、2022年半ばまでは上昇が遅れていた。それが2023年になると、徐々に切り上がっていき、2023年7月は前年比2.0%まで高まっている。そうした観点から、政府・日銀の基準で考えてもデフレ脱却は着実に近づいていると言える。
宿泊料金の値上げが目立つ
では、サービス価格はどんな品目が上昇しているのだろうか。2023年当初は、専ら外食サービス(一般サービス)の上昇率が目立っていた。食料品の値上がりによって、外食産業も強烈なコストプッシュ圧力を受けていたからだ。それが、2023年に入って経済再開が進むと、今度はそれに人手不足が追い打ちをかけた。外食はもともと非正規雇用の割合が高く、コロナ禍では雇用を減らしていた。経済再開となると、非正規雇用者を奪い合うような格好になるので、時給上昇が起こり、それがサービス価格に転嫁されるようになったと考えられる。
ほかには、家事関連サービス、教養娯楽関連サービスの上昇が加わってきた。特に、この教養娯楽関連サービスには、宿泊サービスの寄与が大きい。全国旅行支援が6月でおおむね切れて、それまでの価格上昇圧力が噴出した。インバウンドの活況が、都市部、人気観光地のホテルでの稼働率を高め、客室不足を発生させている。ホテルの中には強気で価格を引き上げているところもある。7月の前年比は15.1%まで上がった。体感温度では、もっと著しく上がっている印象がある。
個別にみると、サービス価格の上昇の裾野は広い。2023年7月は、
- 一般外食 6.2%
- クリーニング代 6.6%
- 各種鉄道運賃 3~7%
- タクシー代 6.8%
- レンタカー代 20.4%
- 新聞代・全国紙 8.4%
- ゴルフプレー代 2.8%
- カラオケルーム 6.4%
- ビデオレンタル 3.8%
- ペット美容 5.7%
- 入浴料 8.8%
などである。経済再開の影響もあって、レジャーなどで値上げが進んでいることがわかるだろう。
同様のサービス価格上昇は、企業向けでも起こっており、やはり幅広い種類で値上げが起こっている。とりわけ、企業向け宿泊サービスは、7月の前年比が35.6%(6月26.7%)と著しい。
人件費の上昇
サービス価格には、下方硬直性があるのだが、一定期間ごとに値上げが行われなくては、「安定的に2%を上回る」ことにはならない。「安定的に」という言葉が入っているからこそ、日銀は物価目標に厳しく縛られている。
この条件をクリヤーできる基礎は、賃上げにおけるベースアップ率の上昇だ。ベースアップが毎年行われて、2%以上のペースで賃金が切り上がれば、購買力が増えて物価も持続的に上昇していく。連合の最終集計では、2023年度は2.12%であった。これと同等の上昇が今後も続けば、それが物価上昇の持続性を担保するだろう。
日銀の政策委員たちの中には、最近の講演で、物価目標に対して「はっきり視野に入ってきた」とか、「芽がようやく見えてきた」などの前向きな発言をする人が増えてきた。これは、目標達成が近づいていることのシグナルだろう。筆者は、来年の春闘結果が見えてきた2024年4月末に、目標達成を宣言し、マイナス金利解除に動くとみる。そのための条件が賃上げになってくる。
春闘以外にも、賃上げが進捗する傍証はある。非正規雇用者の待遇改善が着実に進んでいることだ。リクルートの三大都市圏のアルバイト・パートの平均時給は、7月の前年比が2.6%まで高まっている(図表2)。企業サービス物価の中の職業紹介・労働者派遣サービスは、前年比2.8%まで上昇率が切り上がっている。ここには、人手不足による需給タイト化が反映されているのだろう。そうした非正規雇用の時給増は、サービス価格と表裏一体の関係で継続的な上昇を続けていくとみられる。
エネルギー価格も再度上昇
日銀が消費者物価をみていくときに、2024年に入ってからの動向を前向きに評価するだろう。植田総裁は、就任直後、2023年度後半の物価が鈍化することを心配していた。当時は、円安や原油市況が2023年10月から2024年1月頃にかけて下押しに働くとみていたからだ。
しかし、現在のドル円レートは150円に接近し、原油市況WTIも1バレル86~88ドルで推移している。おそらく、この変化は、2024年1~4月にかけて消費者物価のエネルギー関連品目を押し上げていく要因に変わっていくだろう。筆者は、円ベースの原油価格(=WTI市況×ドル円)で日次の前年比を計算してみた(図表3)。さらに、現在の円ベースの原油価格を12月末まで横ばいに置いて前年比を弾いた。すると、10~12月の価格はおおむね前年比プラスになるだろう。そうすると、1か月遅れでガソリン価格に反映され、3~5か月遅れで電気ガス代に影響を与える。それを念頭に置くと、2024年1~4月の消費者物価のエネルギー価格は、プラス寄与していくと予想される。これは、たとえ電気ガスの支援が2024年4月まで現状維持されると想定しても変わらない見通しだ。
サービス分野でも、電気ガス代が徐々に切り上がっていく影響が表れていくだろうから、現在の上昇傾向は2024年前半に強まっていくとみられる。