本記事は、堤 藤成氏の著書『制約をチャンスに変える アイデアの紡ぎかた』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

旅
(画像=Prostock-studio / stock.adobe.com)

目的地が見つからないなら、目的を見つけるための旅から始めよ

とはいえ、そもそも「やりたいことがないから、目的地が見つからない」と嘆く人もいるでしょう。その場合、まず「自分の目的地を見つけること」それ自体を目的にするのもアリです。『クリエイティブ・スイッチ』(アレン・ガネット著・千葉敏生訳・早川書房)には、『ハリー・ポッター』シリーズを書いたJ・K・ローリングの創作の真実が語られています。一部抜粋して紹介しますね。

『J・K・ローリングは、マンチェスターからロンドンへと向かう列車内に閉じこめられていた。列車は遅れ、定刻でロンドンに到着する見込みはどんどん少なくなっていった。彼女はふと思考を巡らせはじめた。のちに、彼女は『ニューヨーク・タイムズ』紙にこう語った。「信じられないような感覚だった。どこからともなく、アイデアが舞い降りてきたの」(中略)「列車が到着するころには、全七巻のシリーズものになっていた。」』

このエピソードからは、ローリングが旅する中で、アイデアの目的地としての物語を着想したと言えます。実際に物語の中でも、駅が魔法学校へと導く重要な舞台装置となっています。とはいえ、彼女は完全に無からアイデアを生み出したわけではありません。そもそも知らない知識は組み合わせようがないからです。

『子どものころ、ローリングは大の読書家で、小説を次々と読みあさっていた。(中略)彼女は寝室にこもり、本に慰めを求めた。読書は、彼女が暮らすイングランド南部の小さな村から、遠く離れた別世界へと彼女をいざなった。』

こうして本の大量消費をしたことで、小説家の道を志すようになったことがわかります。そして、旅の途中で電車が止まるなどの偶然に導かれて着想を得たことで、本の世界で身につけたさまざまな要素により、「『孤児が幸せを手にする』王道のシンデレラ・ストーリーをベースに『魔法使いの成長譚』を混ぜる」というアイデアを手に入れたのです。

『それから五年間、彼女は反復的な創作プロセスを実行し、全七巻の筋書きを完成させてから、ようやく一作目を執筆した。(中略)彼女はテレビのインタビューで記者に創作メモを見せたことがある。そのなかには、第一巻の第一章だけで() () () () のバリエーションがあり、ホグワーツ魔法魔術学校のハリー・ポッターのクラスに在籍する登場人物全員のチャートもある。彼女はこのチャートを使って筋書きを練っていった。』

このエピソードからも『経路』として「若い孤児の魔法使いが成長するシンデレラ・ストーリーとしての方向性」だけでなく、入念に7巻の物語のゴール『地点』を設計し、何度も反復を重ね、解像度を高めていったことがよくわかります。

『彼女はすばらしい作品をつくりあげるために長年苦労に苦労を重ねた。計画やあらすじを練り、参考資料を作成し、数えきれないほどの修正や手直しを重ねて、ストーリーや登場人物を完成させていった。その過程で、私生活や金銭上の問題に直面したが、エージェントやブルームズベリーのチームを含めたクリエイティブ・コミュニティに支えられて、執筆をつづけた。』

また当時、シングルマザーでうつ病を患い、生活保護を受けていたローリングは、妹の近くに引っ越したことで、義理の弟が営むカフェで小説に専念することができました。さらに、原稿を12の出版社にダメ出しされ続けても諦めなかったのは、セラピストの支えや応援してくれるプロモーターのおかげだったと言います。つまり、『附属施設』となるコミュニティのおかげで旅を完成させることができたのです。

もし、あなたがやりたいことが見つからないなら、気になる分野の本を読み、日本や世界を旅するのも良いでしょう。心と体の旅を通じて、目的地は自然と見えてくるからです。運を転じると書いて『運転』と言います。自分が誰であり、何を知っていて、誰を知っているか。こうした身の回りのモノゴトに好奇心を持つことから始めましょう。

アイデアのサイン■●▲の法則 ポイント
▼ 夢ややりたいことがないなら、読書や旅に出て運を転じることから始めよう
「自信がない」という価値
堤 藤成(つつみ・ふじなり)
『つむぐ塾』塾長/コピーライター 

生まれつき右耳が聞こえず、コミュニケーションにコンプレックスを抱えた結果、言葉で魅了するコピーライターに憧れる。中学の卒業文集に「CMをつくりたい」と記し行動を続け、新卒で電通に入社。新人時代はアイデアが採用されずにもがき苦しむ。しかし制約を味方にしてアイデアを導くための思想を身につけたことで、国語の教科書に掲載される広告をつくるなど徐々に結果を出せるようになる。クリエイティブやデジタルなどの部署を経て、マレーシアのELM Graduate SchoolでMBA取得。スタートアップ転職後はオランダと日本を行き来し、クリエイティブ視点でのブランディングを担当。言葉やアイデアで『幸せに叶えるを紡ぐ』を実践するコミュニティ『つむぐ塾』主宰。カンヌGOLD、日本新聞協会新聞広告クリエーティブコンテスト・グランプリ&コピー賞、宣伝会議Advertimes(アドタイ)第1回コラムニストグランプリなど受賞多数。
著書に『ほしいを引き出す 言葉の信号機の法則』(ぱる出版)がある。

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