本記事は、小林 弘幸氏の著書『自律神経の名医が教える集中力スイッチ』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

Tired woman sitting in office practicing meditation technique
(画像=Studio Romantic / stock.adobe.com)

究極の集中力=ゾーンへの入り方

スポーツ選手などから「ゾーンに入った」という言葉を耳にすることが最近増えています。

ゾーンとは、究極の集中力を発揮している短期集中力の理想形です。

古くから知られているゾーンのエピソードといえば、プロ野球の巨人の元選手で〝打撃の神様〞と呼ばれたかわかみてつはるさんの、「ボールが止まって見えた」ではないでしょうか。

川上さんは極度のスランプに陥ったとき、練習場で打ち込みの特訓をしました。悩みを忘れて、無我夢中でボールを打ち返しているうちに、ボールが止まって見える感覚を得ました。

その集中力はすさまじく、気がつくと時間がものすごくたっており、ヘトヘトになった打撃投手の「もう勘弁してください」の言葉でようやく我に返ったといいます。

この特訓後に川上さんはスランプを脱し、翌年にはその後35年間にわたって破られないセ・リーグの打率記録を樹立します。

50年前の「ゾーンに入った」経験

打撃の神様とは比べものにならない話ですが、じつは私にも中学野球で似たような体験があります。

私は中学2年生のときにチームの四番を任されていました。地区大会の決勝戦、0対0の最終回、ランナー3塁で、私に打順が回ってきました。でも、マウンドに立っているのは、有名高校からスカウトが来るような好投手。最初は「四球を選ぼう」と考えました。

ところが、いいピッチャーだったのでストライクしか投げてくれません。仕方なく打ちに行くのですが、球威があるので全部ファールになってしまいます。

でも、7球くらいファールで粘っていると、だんだんとタイミングが合ってきました。次の球をピッチャーが投げた瞬間、「あ、これはヒットになる」となぜか私は確信しました。バットを振り抜いたら、予感どおりにセンター前。チームはサヨナラ勝ちを収めることができました。

もう50年も前の出来事ですが、あのときのボールの軌跡も、打った感触も、今でもはっきりと覚えています。

当時は「ゾーン」という言葉は知りませんでしたが、ヒットを打った一球は、相手の呼吸と自分の呼吸が一致しているのがわかりました。私が自律神経の研究を始めた原点は、この体験にあると思っています。

普通の中学生だった私が体験しているくらいですから、ゾーンは特別な人だけのものではありません。

復習をせずにテストを受けたのに過去の記憶が次々と浮かんでスラスラと解けたり、締め切り間近になって机に向かったら文章が続々とわいてきたり、普段は下手なのにダーツで全部の矢がど真ん中に刺さっていったり、負けているのを開き直って麻雀を打っていたら相手の待ちが全部透けて見え出したり……。

こういった状態は、ゾーンに入っている可能性があります。

ゾーンに入るには、あきらめることが大事

ことわざにある「火事場の馬鹿力」も、いわゆるゾーンに入った状態を指しています。人間が究極に集中すると、自分の想像以上の力を発揮できるのです。

人がゾーンに入れるのは、自律神経が究極の安定状態になっているときです。自律神経が安定しているので血流はよくなり感覚も鋭くなる―だからいつも以上の力を発揮できるのです。

そして、ゾーンに入るために重要なのが、「あきらめる」ことです。

目の前のことをあきらめるというネガティブな意味ではなく、目の前にあること以外のすべてを「あきらめて(忘れて)」集中するのです。

ボールが止まって見えた川上さんは、スランプに陥っている現状を忘れて、球を打ち返すことだけに集中したため、ゾーンを会得できたのだと思います。

かくいう私も、四球で出ることをあきらめて、投げられた球を打ち返すことだけに集中したから、ゾーンに入ることができました。火事場で馬鹿力を出せるのも、燃えている家や、ましてや自分の命すら忘れて、「家財道具を持ち出す」ことのみに集中するからでしょう。

実際の生活に置き換えてゾーンについて考えてみましょう。

たとえば、どうやっても間に合わないような量の仕事を振られることがあると思います。

大量の仕事を目の前にすると、
「締め切りに間に合わなかったらどうしよう」
「量をこなせても質がともなわないだろうか」
「家に帰れるかな……。家族に迷惑をかけるかもしれない」

こんな負の感情が浮かんできます。

こういった悩みや迷いを抱えたままでは、ゾーンに入ることはできません。悩みや迷いは自律神経を乱れさせるからです。

まずは「目の前の仕事をこなすだけ」と開き直ることが大切です。

コツコツと仕事を進めているうちに、ゾーンに入っていきます。ゾーンに入ると時間も周囲の雑音も悩みもまったく気にならなくなるので、驚異のスピードで仕事は進んでいくでしょう。

迷えば迷うほど、自律神経は乱れる

ゾーンに入る入らないの話は別にしても、迷いをなくすことは人生を豊かに生きていくコツだと思います。

私たちの生活は選択の連続です。何を食べるのか。何を着て外出するのか。職場に行けば、それこそ選択だらけでしょう。

選択が正解のときもあれば、失敗に終わることもあります。しかし、選択をする瞬間に迷わないことが重要です。迷えば迷うほど自律神経は乱れていき、集中力を発揮できなくなっていくからです。

とはいえ、迷いを消すのは簡単なことではありません。どんな一流の人でも迷いと向き合っています。だからこそ、「迷いをなくすこと」をつねに意識しておかなければ、私たちは迷いにとらわれてしまいます。

迷いをなくすことを心がけながら、健やかな生活を送ってください。すると自然と集中力は高まり、あなたもゾーン体験ができるかもしれません。

集中力のスイッチ
小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授。日本体育協会公認スポーツドクター。
1960年、埼玉県生まれ。1987年、順天堂大学医学部卒業。
1992年、同大学大学院医学研究科修了。
ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任する。
自律神経研究の第一人者として、プロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導にかかわる。
『医者が考案した「長生きみそ汁」』『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(小社刊)など、著書多数。
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