この記事は2023年10月27日に「第一生命経済研究所」で公開された「円安マグマ蓄積、150円台へ」を一部編集し、転載したものです。


年末1ドル=133円予想、米利下げ後退で円安寄りに着地も
(画像=tadamichi/stock.adobe.com)

目次

  1. 根強い介入警戒感
  2. 円安マグマ
  3. 焦点は日銀
  4. 原油高は構造的円安圧力

根強い介入警戒感

ドル円レートは、約3週間の膠着状態を抜けて、1ドル150円台の円安になっている(図表)。10月3日に為替介入が実施された可能性が高く、その牽制効果が効いて、ドル円レートは一旦150円のところに壁ができていた。今後、「150円の壁」がいよいよ崩れて、この間に蓄積された円安マグマが噴出する公算は低くない。

今のところ、まだ為替介入への警戒感は依然として強い。10月3日の介入効果は、時間とともに弱まっていくことは間違いが、それでも心理的インパクトは残っている。財務大臣と財務官は揃って、為替レートの水準ではなく、過度な変動を問題視している。3週間も膠着状態を経ているのだから、150円の水準をもって介入する根拠にはならない。その説明は額面通りには受け取られず、警戒感は存在するのだ。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

円安マグマ

ドル円レートが1ドル150円を抜けて、さらなる円安に進むことには根拠がある。第一は、米長期金利が5%台に向けて上昇していく機運があること。簡単な推計式を作って、米長期金利が5%になったときのドル円レートを割り出すと、155円であった。すでに、米長期金利が5%を付けることはあった。それでも、今のところは介入警戒感の縛りによって、円安抑制が維持されている。おそらく、そうした円安マグマは着実に溜まってきているだろう。もしも、介入なかりせば、現状150~155円の円安になる実勢だと考えられる。

先行きを考えると、ほかにも円安加速を促すような要因が控えている。

(1)イスラエルのガザ地区への地上侵攻が警戒されること。ウクライナ侵攻後は、原油市況がWTIで1バレル120ドルまで高騰している。原油上昇は、欧米でもインフレ圧力になり、利上げの観測を強める。米長期金利の上昇要因にもなる。

(2)米債務上限問題の紛糾。11月17日までに2024年度歳出関連予算の法案を妥結しなくては、再び政府閉鎖の危機を迎える。新しい共和党下院議長と民主党との交渉が難航すると、米長期金利は上昇する。

(3)物価上昇圧力に反応して、FRBが追加利上げの姿勢を強める可能性も残る。米長期金利が5%まで上がると、年内1回の追加利上げが不要という見方もあるが、パウエル議長はそうした見方よりもタカ派だ。追加利上げはドル高要因である。

このように、ドル高要因は、いくつも水面下に隠れている。ドル円レートは見かけ上、膠着状態にあったが、円安マグマは蓄積していると理解すべきだ。

焦点は日銀

すでに、円安マグマが強いという前提で、それに対抗する圧力があるのかどうかを考えよう。筆者は、為替介入は時間の経過とともに効力が薄れてくるともみている。そのため、円安進行に歯止めがかからなくなってくる。

最大のカウンターパワーは、日銀の緩和修正となろう。マイナス金利解除は、年内は考えにくい。早くても3、4月に春闘結果をみてからというタイミングになろう。仮に、それを先取りすれば、円安進行には確実に牽制効果を及ぼすだろう。

政府は11月2日にも具体的に経済対策を打ち出す意向だ。日銀は、10月30・31日に決定会合を控える(年内はほか12月18・19日)。連続指値オペの発動ラインを1.00%から1.20%(あるいは1.50%)へと引き上げる可能性はある。政府の物価高対策に歩調を合わせる格好で、円安対策の緩和修正を得ってくるかたちだ。

筆者は、仮にそれがなかった場合には円安傾向はさらに進むとみている。政府の追加的為替介入はあるかもしれないが、日銀が動かなければ、いずれ円安は進んでいく。介入・緩和修正が実行されなければ、2023年12月にかけて円安は、1ドル150~160円へと進んでいくだろう。

過去、2022年のときも9・10月の為替介入の後、12月に黒田総裁(当時)は長期金利の変動幅を上下0.50%へと引き上げている。ドル円レートはその効果も手伝って、2024年1月には1ドル127円まで円高に振れていた。要するに、後詰めとして緩和修正があれば、円安対策は持続性を持つ。そうした意味で、日銀のアクションは為替レートの帰趨を握っていると考えられる。

原油高は構造的円安圧力

2022年の貿易収支は、原油高騰に伴って巨大な貿易赤字になった。目先、原油は再高騰に動いている。すると、貿易収支は赤字化する方向だろう。これは構造的な円売り圧力になる。

本来は、円安であれば、輸出数量が増えて、貿易収支はリバランスされる。しかし、今時局面では、自動車の半導体不足や競争力低下、現地生産化といった要因もあって、輸出が増えにくい。それが原油高騰→円安という流れを作っている。

実は、ここでも陰の主役は日銀だ。日銀が原油高騰の波及に対して緩和修正をしていれば、円高になって貿易赤字の膨張に歯止めをかけていたはずだ。今回は、そうした対応は採らなかった。そのため、貿易収支は赤字化しやすく、それが自己実現的な円安を生み出した。経済学者出身の植田総裁は、そうしたロジックは百も承知のはずだが、政治的利害の中ではそう簡単に動けないのだろう。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生