この記事は2024年9月30日に「第一生命経済研究所」で公開された「石破新政権の経済政策はどうなるか?」を一部編集し、転載したものです。
目次
石破氏が次期首相に内定、経済財政政策の行方は?
27日の自民党総裁選で石破茂氏が選任され、次期首相に内定した。今後の経済・財政政策への影響を考えたい。資料1では岸田現首相と総裁選得票数上位3候補の経済政策を大まかにまとめている。
石破氏はいわゆる「アベノミクス」に反対姿勢を示し、財政再建や金融引き締めを重視してきた経緯がある。しかし、今回の総裁選ではそうした色彩を薄める形で「経済あっての財政」「デフレ脱却最優先の経済・財政運営」など、経済成長>財政再建のスタンスを示してきた。総裁選後にも「岸田政権の経済政策を踏襲する」ことを強調している。金融政策については、「金融緩和基調は変えない」などとテレビのインタビューで話しており、基本的には現行の日銀方針を尊重する形となろう。石破氏の首相就任で特段利上げ圧力が強まるわけでもなさそうだ。
石破氏は自説を抑え、現首相の経済政策の方向性に歩調を合わせている。票を分け合った積極財政路線の高市氏の政策を尊重する観点でも、自説に沿った強い引き締め色は出しにくいだろう。この点は、岸田現首相が当初はアベノミクスからの脱却を目指し、財政再建や金融所得課税などを通じた分配重視の政策を打ち出しつつも、徐々に官民一体投資に軸足を置いた成長重視にシフトしていった過程とも重なる。
財政政策の注目点:デフレ脱却優先の方向性を踏襲へ
財政政策をめぐっての第一の焦点は、今年の経済対策と補正予算である。27日の報道では石破氏が経済対策の策定と裏付けとなる補正予算の編成をすでに指示した旨が報じられている。
資料2は石破氏が総裁就任後に行うとした経済対策の骨格である。実際の経済対策もこれに沿った内容になると見込まれる。内容を確認すると、①物価高対策、②地方創生、③三位一体の労働市場改革、④格差是正とセーフティネット、⑤投資大国の実現の5つを柱としている。物価高対策、地方、三位一体労働市場改革、DXやGXなどへの投資などは岸田政権の実施してきた方向性と軌を一にしている。一方、「格差是正とセーフティネット」が前面に出ている点は、従来の岸田政権下での経済対策とやや異なる点。地方配慮、分配強化による弱者救済の石破氏の政策色が表れている。また、経済対策骨格の順序立てにおいて地方創生の順番が2番目と上位にある一方、対立候補の高市氏が重視する官民投資が最後の順番に来ているところは、石破氏の政策の優先順位を示している部分はあるのかもしれない。
筆者の経済対策規模の現状イメージは「昨年並み」である。23年度は経済対策規模として17兆円程度、補正予算は13.1兆円の対策が組まれた(差分は主に24年度予算で実施した定額減税)。石破氏の自説は財政再建重視である。また、岸田首相下で策定された今年の骨太方針でも「歳出構造の平時化」が掲げられており、補正の縮小を志向している。一方、解散総選挙を控える中で明確に経済対策規模を縮小することは避ける可能性が高いとみられる。特に、石破氏が重視する地方創生の文脈からも、近年経済対策の主要項目になっている地方への交付金が大きくなりやすそうである。
自説の地方創生が「地方の成長」となるか「地方への分配」となるかがポイントに
石破氏の経済政策をめぐって、一つ焦点となるのが重点政策としている地方創生の内容である。石破氏はインタビュー(時事通信、9/20)で、農業、漁業、林業、サービス業活性化を通じて地域経済を活性化し、若い女性に選ばれる地方を作る、そのためのプロジェクト展開を図る、としている。未婚女性の地方への移動を促し、地方の出生を引き上げて人口減少問題にも資する姿をイメージしているのだとみられるが、具体的な施策はまだよくわからない。
また、別のインタビューでは日本企業の国内回帰にも言及している。足もとでは、サプライチェーンの見直しや円安進行の中で、九州や東北地方などにおいて半導体関連の設備投資が内外から活発になっている。この辺りの強化に焦点が当たると、地方の成長戦略としてわかりやすく、現実味も帯びやすい。一方で、先のインタビューでは「農林水産業とサービス業」にフォーカスし、製造、建設業が除かれている。男性比率の高い「製造業」や「建設業」の活発化だけでは女性の都市への流出が止まらない、という問題意識があるのかもしれない。
今後、経済政策の内容は徐々に具体化されていくとみられる。重要なポイントは石破氏の地方創生が、地方(特に高齢者)への「分配」に帰着するのか、地方の「成長」により重点を置いたものとなるのかだ。近日示される経済対策でもその片鱗は見えそうであり、そこを市場も見極めようとするだろう。
法人税増税の現実味は増している。年末の税制改正大綱に注目
筆者は、石破氏の首相就任で現実味が相応に増しているのが法人税率の引き上げだとみている。理由は3つだ。第一に法人税率の引き上げは既に岸田政権下で地ならしがなされている点である。昨年末に定められた2024年度税制改正大綱では、「今後、法人税率の引き上げも視野に入れた検討が必要」として中長期的な法人増税がすでに明示されている。また、「近年の累次の法人税改革は意図した成果を上げてこなかったと言わざるを得ない」と強いトーンで従来の法人減税路線を否定している。法人税増税の根拠として、①各種の租税特別措置と合わせ、投資や賃上げ還元に消極的な企業へのディスインセンティブを強化する観点、②世界的な法人税引き下げ競争の回避の潮流の下で、海外諸国が官民投資促進策の財源として法人税増税を選択している点などが挙げられている。法人増税の方向性はすでに岸田政権で示されていた点を踏まえると、“岸田政権を踏襲”する石破氏の経済政策のなかでもその方向性は示しやすい。
第二に、石破氏は総裁選の討論などで税制関連に話題が及ぶと、「党税調に委ねる」旨の発言を繰り返している点である。これは、党税調が作成した昨年の税制改正大綱の趣旨を是認することも示唆している。財政規律派が中心の党税調においては、増税方向の議論が優勢になりやすい。
第三に、石破氏の経済対策骨格(先の資料2)でこの方向性に沿う形で「メリハリのある法人税体系」が記されている点だ。経済>財政の岸田路線を引き継ぐ手前、初手の経済対策でいきなり法人増税を明確に打ち出すことはしないとみられるが、その方向性が年末の税制改正大綱などで強まる可能性はあろう。
石破氏はその他の税目の増税にも言及している。ただ、総裁選当初に打ち出した金融所得課税は世論の評判の悪さもあって、すでにトーンが大きく弱まっている。石破氏就任決定後のマーケットの反応に鑑みても、話は進みづらいだろう。
石破氏は総裁選での討論で消費税率の引き上げについて、「現時点では考えていない」とする一方、「党税調で議論」と将来実施に含みを持たせた。もっとも、ほかの総裁選候補者いずれもが慎重姿勢を示しており、コンセンサス形成は困難だろう。基本的に実現性は高くないとみられる。しかし、石破氏が教育無償化の拡大を目指す方針を示している点は、将来の消費増税の可能性を推し量る観点でも重要だ。既存の幼保、高等教育の無償化は、2019年10月の消費税率8→10%引き上げを財源として行われている。石破氏が教育無償化を前面に出していく場合、その財源として消費税は再び俎上に載りやすい。
いずれにせよ、石破氏の自説である財政再建路線が直近で最も表れうるのが、石破氏が“党税調に委ねる”としている年末の税制改正大綱になるだろう。その内容に注目しておきたい。