この記事は2024年10月4日に「第一生命経済研究所」で公開された「石破政権と金融政策」を一部編集し、転載したものです。


インフレはピークアウトも、高成長は望めない
(画像=bluedesign/stock.adobe.com)

目次

  1. 首相発言の真意
  2. 金融所得課税はどこに
  3. まともな感覚
  4. 政治的な思惑

首相発言の真意

石破首相は、10月2日に「私は個人的には現在、そのような環境にあるとは思っておりません。追加の利上げをするような環境にはありません」と発言した。この首相発言は、2日に官邸で首相就任後に初めて植田総裁と会ったときの状況を踏まえてのものである。ドル円レートは、それまでの円高がこの発言に反応して、一気に1ドル147円台まで戻った(図表1)。10月3日の日経平均株価は、1,000円以上も急騰する場面もあった(図表2)

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

この発言には経緯があって、以前は石破首相の金融政策へのスタンスが日銀の追加利上げに寛容であるとの思惑があり、総裁選明けの9月30日に株価急落、円高騰という反応が起こったことを念頭に置いたものだった。いわゆる「石破ショック」に手当てを施した格好である。

筆者は、石破首相が金融政策に介入しようなどとはさらさら思っていないとみている。すべては10月27日の衆院選のためである。石破首相は、今は自身の党内基盤が必ずしも強固ではなく、党内には金融緩和をずっと続けるべきと考える議員も多いことを気にかけている。多くの議員は、株価が高ければ高いほど選挙には好ましいと考えるだろう。秋に予定していた経済対策も、念頭にあるのは次の衆院選である。石破首相は、老練であり、かつ意外なほどにリアリストである。

日銀の方も、かつて内田副総裁がマーケットが不安定なときは利上げをしないと発言している。株価が不安定なときには、追加利上げをしてはまずいと心得ている。裏返しで言えば、衆院選で与党が過半数を得ることができたときは、株価は上がるだろうし、党内の議員構成も変わってくる。日銀が追加利上げをできる環境へと進むだろう。衆院選勝利+株価上昇の環境では、石破首相も現在のような発言をして、日銀の対応に釘を刺したりはしないはずだ。ここは、あうんの呼吸が日銀に求められている。石破首相も、日銀との関係を築きたいと考えていて、打ち返しやすいように牽制球を投げているとみられる。

金融所得課税はどこに

株式市場が気にする案件は、ほかにもある。金融所得課税と法人税の課税強化である。9人が争った自民党総裁選では、石破首相が唯一、金融所得課税に前向きな発言をしていた。それが株式市場では、石破首相への懸念材料になっていた。繰り返しになるが、石破首相は原理主義者ではなく、リアリストである。すべては衆院選で勝利しなくては始まらないと知っている。自分にとって自由度を得るには、選挙での勝利がマストだと割り切っているに違いない。

金融所得課税も、株価が上昇基調に乗ってからでなくては実行できないとわかっているはずだ。それに、増税は財源確保のために行うものだ。地方創生や防衛費拡充のような歳出計画があって初めて、その財源確保が論じられるのが筋だ。増税のための増税を唱える政治家などは存在しない。

石破首相の持論を政府予算に本格的に盛り込めるのは、来年度ではなく、再来年度くらいであろう。そう考えると、2025年7月頃に予想される参議院選挙で勝利した後、本当にやりたい政策に本格的に着手して、2026年度予算に盛り込むつもりだろう。そこでは、プライマリー・バランスの黒字化を継続する必要性に迫られるから、金融所得課税の具体的な話があるとすれば、2025年冬の税制改正大綱に盛り込まれると予想される。賃上げの継続と脱デフレという課題の達成も、2025年冬にはもっと見えているだろうと、石破首相は考えているに違いない。

まともな感覚

石破首相は、あまり原理に縛られてものを考える人物ではなさそうだし、金融・財政政策の運営についてはまともな感覚を持っている印象が強い。極端な金融緩和の継続や、財政拡張一辺倒には傾かない。だから、金融政策に関しても、物価が上がれば金利正常化も進むという考え方を受け入れるだろう。

おそらく、その前提は賃上げによって、物価・賃金の好循環が進んでいることになる。石破首相は、すでに岸田路線を引き継ぐことを表明している。具体的には、官民一体になった賃上げ促進の継続を指している。こうした理解は、政策運営として正しい。植田総裁とも目標共有はできている。

そうなると、秋以降のテーマは2025年の春闘交渉で3~5%の高い賃上げ率を達成できそうかという点になるだろう。毎月勤労統計の賃金は、6・7月と連続して、実質賃金のプラスを記録している。この流れは、12月支給の冬のボーナスでも確認されるだろう。日銀の年内利上げができるかどうかは、そこが1つのポイントになる。

さて、石破政権はどうやって、次の春闘を後押ししていくのだろうか。岸田政権以上に何か働きかけができるのであろうか。最低賃金の引き上げは、社会政策であり、マクロの賃上げには必ずしも影響しないことは過去のデータで明らかだ。ひとつの対応策として挙げられるのは、12月の税制改正大綱で賃上げ促進策を増強できるかどうかになる。これは、数少ない政策的な側面支援のツールである。実際のところ、政府には短期間で賃上げを促進する強力なツールが乏しいのが実情だ。

過去のデータを確認しておくと、消費者物価の上昇率は2022年度3.2%、2023年度3.0%と高伸した。日経センターのESPフォーキャスト調査(2024年9月)では、コア指数の上昇率は2024年度2.44%といくらか鈍化する見通しである。春闘の結果は、2024年度はベアの上昇率が3.56%(定期昇給含めて5.10%)、2023年度2.12%(同3.58%)だった。そうすると、2025年度のベアが3.0%以上になれば、今年度以上の実質賃金の上昇を見込めそうだということになろう。おそらく、日銀が想定通りのシナリオで追加利上げを継続するには、そのくらいの春闘での賃上げ率がほしいと思っているだろう。

政治的な思惑

石破首相は、選挙対策として追加利上げは不利だと考えているのだろうか。石破首相は、衆院選に勝てば、次に考えるのは2025年7月頃に予定される参院選への勝利だろう。そこでは、物価上昇が今よりも進んでいては困る。2025年夏までは、日銀に物価安定を期待する。これは過剰な円安の抑制でもある。石破首相にとっても、選挙の直前は日銀に利上げしてほしくはないが、選挙が終われば物価安定のためにしっかりやってほしいというのが本音であろう。この考え方は原理主義者とは違っていると考えられる。

また、石破政権として、継続的な賃上げを成功させるためには、企業の生産性向上に向けて、AI活用や輸出増進などを促して、強い経済を目指すことだろう。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生