この記事は2024年10月25日に「第一生命経済研究所」で公開された「日本経済の伸び代=インバウンド分散」を一部編集し、転載したものです。


インバウンド
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目次

  1. 消費の実力
  2. 何が問題か?
  3. ネックはどこにあるのか?

消費の実力

日本経済を再生させるためには何をすればよいか。この課題は、残念ながら、衆議院選挙でも、その前の自民党総裁選挙でも、具体的な答えを提示されてこなかった。これは石破政権の課題でもある。そこで、本稿では「自分ならばどうするか」という私案の1つを示してみたい。

有力策は、訪日外国人消費額を地方に分散させることだ。訪日消費額の推移をみると、GDPベースの消費額はすでに2024年前半に年間ペースで7兆円前後にまで増加している(図表1)。筆者は、これを旅行消費でみれば、2024年内には8兆円台に届く可能性もあるとみる。イメージは、増加する訪日外国人が今まであまり足を伸ばさなかった地域に出向くようになれば、もっと訪日消費額が増えるという発想だ。

※GDPベースは付加価値額で、旅行消費額から中間投入が引かれている。それでも旅行消費額はサービスが中心で、その約9割が付加価値になっている。

第一生命経済研究所
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実は、この訪日消費額は統計上、GDPの家計最終消費には含まれず、外需にカウントされる。おかしなことに、個々の消費産業では、訪日消費額が加わって業績が改善していることを実感しているのに、GDPの消費に関する評価は「ずっと弱いまま」という認識になる。マクロ指標と企業業績とのずれが生じている。実質家計最終消費に、実質訪日消費を加えると、その金額はもっと改善するかたちになる(図表2)。

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筆者は、地域の消費産業の振興のためには、地方に訪日外国人を分散させ、その場所へのリピーターを増やしたり、別の地域でも魅力探しを展開する訪日外国人が増えれば、全体のボリュームもさらに増えていくだろうとみる。分散効果が、需要の誘発効果を生み出すという考え方だ。例えば、これまで秋田県に行くことのなかった外国人が、秋田の魅力を知れば、再度、秋田に出向いたり、ほかの東北地域への魅力探しに行く機会も増えるということだ。

次に、地方分散の有効性をデータで直接示してみたい。まず、驚くのは訪日旅行消費額の61.5%が東京都・大阪府・京都府の3地域に集中していることだ。2023年7月~2024年6月までの1年間の都道府県別の累計値を調べると、その3地域の合計は40,800億円で、残りの1道43県は25,523億円と少ない(図表3)。個々の県の金額をみれば、どれほど特定地域に訪日旅行消費額が偏在しているかがわかると思う。

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昔から、関西空港から入って羽田・成田空港から出ていくゴールデンルートがあると言われてきた(逆の経路もある)。関空から大阪府に入って、新幹線が通る京都府、岐阜県、愛知県、静岡県、神奈川県を経由して、東京都で降りて羽田空港、または千葉県の成田空港から出る。この経路上の8都府県には大きな需要が落ちやすかった。この8都府県の訪日旅行消費額は、47,387億円と全体の7割(71.4%)を占めている。

逆に表現すると、ゴールデンルートから外れた地域の累計は18,936億円に過ぎない。ゴールデンルート以外に訪日客が分散することを促せば、都道府県別で今まで年間100~300億円程度だった訪日消費額が仮に1,000億円規模にまで増えるとすれば、地域経済への振興効果は絶大になる。数多くの地域が巨大な需要拡大の恩恵に預かれるはずだ。筆者には、目下のところ、速効性の「地方創生」のアイデアは、これ以上のものが見当たらないと思える。

何が問題か?

地域別データを子細に見ると、ゴールデンルート以外でも健闘しているところはある。多い順に、福岡県3,604億円、北海道3,116億円、沖縄県1,616億円は突出している。それなりに観光客のための社会インフラが充実しており、集客力を発揮しやすい地域でもある。

地域の家計最終消費と対比した旅行消費額を計算すると、次のような1~20位までのランキングを作ることができる(図表4)。東京都、大阪府、京都府の3地域は、上位を占めている。その割合は5~7%と非常に高い。このほかに、福岡県、北海道、沖縄県も健闘している。山梨県、大分県、長野県、石川県のように旅行消費額のボリュームは必ずしも大きくなくても、地域経済の規模に比して訪日消費額の貢献度が高いところがあることがわかる。これらの県は、富士山などが見渡せる景勝地があったり、特徴のある温泉地を目玉にしてPRに成功しているのだ。やはり、外国人に対して、地域の魅力を軸にした「目玉づくり」が成功の秘訣だ。

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その点を考えると、思い出されるのは、鉄道会社がTV広告や駅で展開している旅行キャンペーンだ。それを見て、私たちは時々、「そうだ京都に行こう」と思ってしまう。そこで、具体的な対応策として、各地の鉄道会社等がもっと外国人向けのキャンペーンをする方法があると考える。私たちが、主要駅で見かける温泉旅行、果実狩り、雄大な風景などの表紙のパンフレットを海外向けに発信すればよい。訪日外国人は、特定の案内サイトをみているから、そこにアクセスして広報できることが望ましい。従来から、そうした案内サイトに載った飲食店には大挙して外国人客が押し寄せることがあった。外国人のアンテナに引っかかるような工夫が求められる。

ほかにも、目玉づくりの内容にも工夫が必要だろう。外国人の中には、地場の文化や風習に強い関心を持っている人が少なくない。しかし、観光情報を発信する側に外国人向けを意識する感覚が乏しいケースも見受けられる。例えば、地域の歴史はその典型だ。お城の天守閣の脇にその歴史について説明が延々と記述されているが、今ひとつ外国人にはピンと来ない。最近の歴史研究では、戦国大名が海外との交流をさかんに行っていたことがクローズアップされている。なぜ、そうした知見を使って親近感を与えないのかが不思議に思える。

ネックはどこにあるのか?

訪日客が少ない地域にはどんな問題点があるのだろうか。最後に、そのことを考えてみよう。

下位にある地域では、例えば四国の県が目に付く。新幹線がなく、空港から観光地までの距離が離れているケースもある。訪日外国人が多い地域では、空港から新幹線にアクセスする手段が多く、新幹線を使って乗り継ぎができる。新幹線の駅からは、そこを起点にハブ・アンド・スポーク型で他の交通手段を使って分散できるようになっていることが多いようだ。訪日客が少ない地域は、そうしたネットワークから外れていたり、ネットワークが脆弱なケースが見受けられる。

観光振興のためには、そうした機能が見劣りする地域では、代替手段としてライドシェアを海外並みに普及させればどうかという案が浮上する。確かに、沖縄県などは、ゆいレールしか鉄道(モノレール)がないが、値段の安価なタクシーが普及していて、ネック解消に貢献している。北海道では、新千歳空港から札幌まで最速37分の快速エアポートがある。

ハブ・アンド・スポークのネットワークが構築されいない問題点は、四国だけではなく、九州、中国、東北の地域にもある。地域の目玉づくりは重要な課題だが、簡単にアクセスできるルートをどう作るかも課題である。

旅行消費の割合のランキングで、47都道府県中で最下位なのは福井県である。金額でも19億円とごく少ない。しかし、新幹線は2024年3月に延伸し、工夫次第でこれから膨らむだろう。福井には、水ようかんやお揚げなどの特徴のある食品がある。スティーブ・ジョブズが憧れた永平寺は、福井駅から直通バスで30分だ。

ネックになっている交通ネットワークを充実させることは、都道府県をまたいで観光バリューチェーンをつくるときの前提になると考えられる。筆者には、日本の地方に眠っている魅力を引き出すことには大きいなポテンシャルがあると考えるが、どうして政治的にはあまり訴求力がないのだろうかと思えてしまう。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生