この記事は2025年1月10日に「第一生命経済研究所」で公開された「トランプ関税の悪いシナリオ」を一部編集し、転載したものです。

緊急事態宣言か
1月20日にトランプ次期大統領(以下トランプ大統領と略)の就任を控えて、マーケットは就任直後に表明される関税率引き上げに身構えている。CNNは、トランプ大統領が同盟国を含めて輸入品に一律の関税をかけるため、「国家経済緊急事態宣言」の発動を検討していると報じた。これは、「国際緊急経済権限法」(IEEPA)を使って、大統領権限で迅速に関税引き上げができる手法である。
仮に、全輸入品に一律10%の関税率がかけられれば、それだけ米国の輸入事業者は、値上げを迫られる。関税率が転嫁されたとき、負担するのは結局のところ消費者になる。つまり、コストプッシュ・インフレと同じ作用になる。インフレが進めば、FRBは利下げを継続できなくなる。12月のFOMCでは、2025年内に2回の利下げ見通しを示したが、その回数はさらに少なくなる可能性すらある。以前から利下げを織り込んできた米株式市場は、利下げ予想の修正を迫られる。緩和予想の梯子を外されると、米株価はさらに下落する可能性もある。日本の株価もその悪影響を受ける。
経済的帰結
トランプ関税がもたらす結果をよく考えてみよう。これは、わかりやすく言えば、輸入品に+10%の消費税を課すのと同じだ。企業が原材料として使用している輸入品価格が値上がりするので、その企業は値上がり分を製品価格に上乗せせざる得ない。消費者は、値上がりするものを避けて、値上がりしていないものに購入をシフトさせる。ここにはデフレ作用が働く。米国では、カナダ・メキシコの現地工場から部品などを輸入する企業が収益面で打撃を受ける。
また、そうしたトランプ関税が相手国の報復を誘発することにも注意したい。報復関税は、米国の輸出企業の利益を損なわせるものだ。中国、カナダ・メキシコは、報復関税を実行する可能性がある。カナダ・メキシコは、USMCAの下で関税のない世界で貿易取引をしてきた。米国など各国企業は、それを前提にして、カナダ・メキシコに現地工場をつくり、生産体制を分業していた。そうした製造業は、手痛い打撃を受ける。具体的に考えると、その深刻さがわかる。仮に、米自動車メーカーが、まず米国で部品を生産して、メキシコの工場にそれを送って、組み立た後に米国に再び完成車を輸入してきたとする。部品をメキシコに送るときに例えば10%の報復関税を課され、さらに完成車を米国に送るときにトランプ関税10%をかけられることになりかねない。関税が二重の負担になると、打撃は大きい。国際分業を著しく不利にさせる。
それに反応して、米国の株価が下落するリスクは高まる。米国の鉄鋼メーカーの買収にバイデン大統領が待ったをかける措置は、かなりアンチビジネス的にみえるが、それと同じような印象がトランプ関税にも感じられる。
一方、トランプ大統領は関税で得た税収を、国内に工場建設をする企業向けの減税などの原資にする方針である。国内製造をする企業向けには、法人税15%とさらに低い税率を適用するアメをちらつかせている。理屈上は、それで増税分がチャラになるかに聞こえるが、こちらの効果は時間がかかる。しばらくはトランプ関税のマイナス・インパクトの方が大きいのではないか。全体的に捉えて、減税効果があるとしても、企業がトランプ関税で被る打撃を穴埋めする訳ではない。
関税から為替調整へ
もしも、日本から米国への輸出品すべてに10%の関税率がかけられたならば、日本政府はどういった対抗措置を準備するのだろうか。日本もまた報復関税を実施するのかは難しい選択だ。米国製品が値上がりすると、それは日本の消費者のデメリットになるからだ。
もう1つの論点は、日本や中国など貿易相手国の為替政策である。もしも、10%の関税コストを少しでも相殺したいと思えば、通貨を切り下げようとする圧力が生じる。例えば、10%の円安になれば、日本企業は対米輸出価格を10%引き下げる余地が生まれてくる。10%の関税分で割高になった輸出価格を、そうした為替調整で減殺できる。トランプ関税は、貿易相手国に対して通貨切り下げの誘因を与えてしまう。
その代償は、貿易相手国の輸入物価を高騰させることだ。10%の通貨切り下げを行うと、その国の輸入価格は上昇する。奇しくも、トランプ関税が米国のインフレ圧力になる作用が、為替調整を通じて、貿易相手国のインフレ圧力に飛び火することになる。
おそらく、日本に関してはそうした為替調整を推進したりはしないだろう。しかし、各国にそうした誘因が生じることで、日本の物価を押し上げる圧力が生じることには注意したい。
どう対処するべきか?
2017~2021年の第一次トランプ政権の時期に日本は賢明な対処をしたと思える。米国が保護主義に傾く中で、日本は貿易連携を粛々と進めた。TPPの枠組みを維持して、徐々に参加国、加盟申請国を増やしていった。こうした連携の強化を、2025~2029年にかけて日本は推進するべきだろう。
カナダとメキシコは、すでにこのTPPのメンバーである。トランプ関税を課された国々は、関税率のかからないTPPメンバーとの取引へシフトする公算は高い。まさしくTPPという関税同盟の中で関係強化が進むのだろう。場合によっては、EUがこの枠組みに参加して、対米包囲網が形成される可能性もある。日本は自由貿易の盟主として、トランプ関税に対抗していく。
ドル高の影響
トランプ関税は、米国にインフレ圧力を生み出し、高金利状態をつくる可能性が高い。その結果、ドル高がさらに進むだろう。トランプ関税が、他国の通貨安で調整されるとすれば、それはドル高を促すということだ。
トランプ大統領は、法人税率15%への引き下げで生産能力の国内回帰を推進しようとしている。しかし、ドル高はその方針と対立する。かつて、1980年代の高金利政策が米国の産業空洞化を生み出した。トランプ大統領は、そうした原理には不思議なほど無関心である。
日本は、ドル高によって円安基調になるだろうから、日銀にも追加利上げの誘因が働く。トランプ政策によって生じたインフレ圧力が日本に飛び火して、日本の政権基盤が不安定化することも気になる。