この記事は2024年5月7日に「第一生命経済研究所」で公開された「日米関税交渉(第2回)の進展」を一部編集し、転載したものです。

対立が目立つ
5月1日にワシントンで、2回目の日米関税交渉が行われた。赤澤亮正経済再生担当大臣とベッセント財務長官との間での交渉内容は、必ずしも明らかになってはいない。漏れ聞こえるのは、米国側が自動車関税25%を引き下げない方針である。この点に関して、石破首相は「絶対に飲めない」とコメントしている。米国側の意向は、自動車、鉄鋼・アルミの25%は据え置いて、交渉可能な範囲を相互関税の上乗せ分(14%分)だけに絞って交渉する方針のようだ。日本側からみれば、そもそも相互関税24%の根拠すら曖昧であり、合理的説明がつかないことを「非関税障壁だ」とレッテル張りする論法には不満を覚える。例えば、米国側は日本の自動車市場が米国基準を受け入れないことを「非関税障壁」だとみなす。乗用車のウィンカーの表示をオレンジではなく赤も認めろとか、シートベルトの警告音を運転席だけに限定するルールを認めろと迫ってくる。欧州車は、60か国以上が採用する国際共通基準を受け入れている。米国が独自基準を採用するから日本との違いが生じているだけだろう。その点を突いて、日本の非関税障壁だと言うのである。米国がガラパゴス化しているに過ぎない。米国側より基準が厳しい日本に合わせる方が米国の安全性基準を高めて、Win-Winの関係になるはずだ。元来、米国車が売れないのは、乗用車が大型で、燃費が悪いなど日本人の嗜好に合致しないことが一因だろう。それを改めずして、日本のルールがおかしいという論理こそ、受け入れ難い。
何よりも、自動車関税を全く引き下げずに、相手国の自動車市場だけが不公正だと指弾するところも違和感が大きい。これでは、相互の交渉が成り立たないではないか。このように、第2回目もトランプ政権と日本側との対立点ばかりが目立った。石破政権にとっては、7月に参議院選挙を控えているから、安易にトランプ関税に屈する印象を国民には与えられない図式である。
筆者は、赤澤大臣が述べているように「ゆっくりと急ぐ」方針は間違っていないと思う。もしも米国側が24%(あるいは25%)をゼロ近くまで引き下げる用意があれば、関税交渉を急いだ方がよいと考える。反対に、自動車関税25%をそのままにして、さらに相互関税10%も残すつもりであれば、関税交渉はゆっくりと時間をかけて急がずに進める方がよい。トランプ大統領は、交渉に関して時間はあるので、「急いでいない」と述べているが、これはいつものトランプ語録である。トランプ大統領の真意は、こうした発言と全くの逆であることが多い。つまり、トランプ大統領はかなり焦っていて、早期に合意を勝ち取りたいというのが本音であろう。
第2回交渉までのところをみる限り、筆者は「ゆっくりと急がずに」交渉を進めて、自動車関税25%の引き下げ余地を導いた方が得策だとみる。米国におもねって拙速になるのは禁物だと思える。
農産物問題
赤澤大臣は、日本側からの条件として、大豆・とうもろこしの輸入拡大を提案したと報じられている。対中貿易で、この大豆・とうもろこしは米国側にとって、高関税の応酬によって輸出できなくなった品目だという。中国向け輸出ができなくなった分の一部を日本が購入するという条件は、米国にとって魅力的な提案に違いにあるまい。
日本の農産物輸入は、大豆3,097億円、とうもろこし6,890億円と大きな輸入額に達している(2023年度)。その中ですでに米国はシェアの大きい輸入先である。ほかにも、小麦の輸入分(2,711億円)の約半数は米国からの輸入であるが、今回、小麦の輸入拡大は提案されなかったようである。
むしろ、焦点とみられていたのはコメである。確かに、日本では、コメの小売価格が高騰して、政府は備蓄米を放出して価格を引き下げようとしている。ここに、米国産のカリフォルニア米の輸入拡大を行って、小売価格を引き下げようというアイデアは、Win-Winの関係にも思える。しかし、国内のコメ農家には、需給バランスが崩れることを警戒する声もあるので、コメ輸入はカードとして使わなかったようだ。
とはいえ、すでに放出した備蓄米の買い戻しを国内からではなく、米国からのコメ輸入で行うという手はあるだろう。2023年度のミニマムアクセス米は77万トンとされる。これを拡大して、米国からの輸入量を増やすということは検討してもよいのではないか。備蓄米100万トンも非常に多い数量に思えるが、国内消費仕向量823.5万トンと比べると、僅か12%である。これを日数換算すると、44.3日分(=100万トン÷823.5万トン×365日)に限定される。備蓄米を少しだけ多くして、ミニマムアクセス米の輸入量を増やすことは、国内のコメ農家を犠牲にすることにはならないと思うが、この対案はどうだろうか。
6月のカナダG7が照準
日米関税交渉の次回協議は、5月中旬以降という。おそらく、6月半ばのカナダG7で石破首相がトランプ大統領と会談することを念頭に置き、早ければそこでの合意を目指すつもりだろう。しかし、自動車関税での譲歩が引き出せないと、そこでの妥結は難しいのではあるまいか。繰り返しになるが、石破政権は7月中旬に参議院選挙を控えていて、6月に安易な妥協をしたとみられることを警戒している。
日本からは、各種の農産物の輸入拡大を米国側にさらに提案する可能性があるが、その条件だけで米国側が自動車、鉄鋼・アルミの25%の関税率引き下げに応じるかどうかはわからない。米国側は、米国製の自動車部品を使用する割合に応じて、各国に対していくらか自動車関税を減免することを検討しているから、その案と独立させて日本に対してだけ自動車関税25%を引き下げるという訳にもいかないのかもしれない。そう考えると、6月の会談では決着できず、自動車などは交渉持ち越しになる可能性がある。
相互関税のベースラインになっている10%の基準関税も行方が不透明である。米国が交渉する相手国には、上乗せ分の関税率がなく、10%の関税率の引き下げを求めている国々もある。そうした国々に対しても、「10%は基本フォームだから引き下げられない」と説明し続けることは無理があるだろう。逆に、これらの国々が先行して10%の税率を引き下げることが実現できれば、日本もそれに倣って10%よりも引き下げる方策が見つかるだろう。この点でも、日米関税交渉はゆっくりと急がずに進めた方が賢明である。