アベノミクス,プライマリーバランス
(写真=Thinkstock/Getty Images)

経済の安定的な成長のためには、その時の経済状況(企業貯蓄率の水準)に応じて、十分な財政赤字が必要であると考えられる。

これまでの日本は、財政が赤字はすべからく「悪い」というミクロ・会計として考えられすぎた一方で、経済の安定的な成長のためには赤字は「必要」であるというようなマクロで考えることを怠っていたと言える。

データでも企業貯蓄率と財政赤字が逆相関関係にあることを確認できることを解説してきた。景気動向が弱ければ財政収支の赤字は大きくあるべきだし、景気動向が強ければ財政収支は黒字になるべきだ。

日本では企業貯蓄率は恒常的なプラスになってしまっており、企業からデレバレッジの力(総需要破壊の力)がかかり続けている。

言い換えれば、財政の景気自動安定化装置が極めて重要な役割を果たし続けており、それにより総需要が加速度的に縮小し、家計の富が著しく破壊されるデフレ・スパイラスを回避してきたとも言える。

財政赤字は大きいが、企業のデレバレッジという貯蓄行動をオフセットしていると考えれば、財政ファイナンスが容易であることも理解できよう。

大きな財政赤字の慢性化は、マクロ理論ではマイナスであるはずの企業貯蓄率の異常なプラスが継続し、内需低迷とデフレの長期化が税収を大きく抑制していることが原因であると言える。

企業貯蓄率と財政赤字の逆相関関係

では、どのように景気中立的な財政収支が計算できるのであろうか。どの水準で企業貯蓄率と財政赤字が逆相関関係となっているのかが極めて重要である。

日本の内需低迷・デフレの長期化は、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)に対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)であり、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、トータルレバレッジ、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済が拡大する力が喪失していたことが原因である。

ネットの国内資金需要が大きければ資金が循環し貨幣経済が拡大する力が強く、ネットの資金需要が弱ければ逆で、ネットの資金需要が破壊されていけばデフレ・スパイラルとなる。

言い換えれば、ネットの国内資金需要のターゲットを決めれば、企業貯蓄率の水準(景気動向の強さ)に対する、景気中立的な財政収支の水準も決められる。

経済活動の拡大より若干多い通貨供給の拡大を維持したほうが、若干の物価上昇は恒常化するが、経済活動の持続的な拡大にはよいと考えられる。

まとめれば、潜在成長率(実質、内閣府の推計)に、政府・日銀が考える望ましいインフレ率(2%)、そしてこの予備的貯蓄に対応する部分(1%)を足したものが、ネットの国内資金需要のターゲットであると考えられる。

足元では、潜在成長率の0.5%程度、望ましいインフレ率の2%程度、そしてこの予備的貯蓄に対応する部分(1%程度)を足し、名目GDP対比-3.5%程度となる。

このネットの国内資金需要のターゲットから企業貯蓄率を引いたものが景気中立的な財政収支ということになる。この景気中立的な財政収支と実際の財政収支の差が、財政の引き締め度合い(プラス=引き締め的、マイナス=緩和的)である。

現在の財政収支は中立的水準より改善しすぎ

1997・8年度の金融危機後、企業貯蓄率がデレバレッジにより急激に上昇したことにより、景気中立的な財政収支は大幅に赤字となった。

しかし、政府は1995年に既に財政危機宣言をしてしまい、大きな財政政策には及び腰で、財政赤字を拡大しなかったため、財政が過度に引き締め的となり、日本経済が景気低迷・デフレから長期間脱却できない理由になっていたと考えられる。

財政収支は、2010年にはGDP対比で4%程度引き締め的であったが、2011年からの震災復興のための財政支出、そして2013年からのアベノミクスによる景気刺激策により、2013年以降は景気中立的水準に戻った。

アベノミクス開始から名目GDPが拡大を始めたリフレの動きの原動力として、日銀の金融緩和が語られることが多いが、財政が過度に引き締め的なところから中立的な水準に戻ったことの方が重要かもしれない。

しっかりとしたネットの国内資金需要が存在せず、日銀が量的金融緩和によって間接的なマネタイズする対象がなければ、金融政策の効果は限定的になるからだ。

しかし、2014年4月の拙速な消費税率引き上げ、そして税収の大幅な増加による自動的な緊縮効果などにより、2015年4-6月期には、再び財政収支がGDP対比で2%程度の引き締め的な水準に戻ってしまった。

計算方法は、望ましいネットの国内資金需要(-3.5%程度)から企業貯蓄率(+2.5%程度)を引いたものが中立的な財政収支(-6.0%程度)で、それと実際の財政収支(-4%程度)の差となる。

そして、グローバルな景気・マーケットの不安定感により企業貯蓄率がリバウンドしてしまったことにより、7-9月期には3%程度の引き締め的な水準に更に悪化している。

日銀資金循環統計ベースで、一般政府の財政収支(資金過不足、直近1年累計、GDP対比)は2015年10-12月期に-4%程度となり、2011年の-8%程度のピークから半減している。

総務省が発表した2014年度の地方自治体の財政健全化判断比率によると、消費税率引き上げなどにより地方税収が増加し、3分の1の自治体が無借金になったと見られる。

景気中立的な財政収支(GDP対比)を計算すると、現在の-4%程度の財政収支は、拙速な消費税率引き上げもあり、中立的な水準より3%程度ほど改善しすぎている。

この15兆円程度(GDP対比3%程度)の国が取りすぎた分は、経済対策として国民にすぐ返す必要がある。1月に3.5兆円程度の2015年度の補正予算が国会を通っていることを考慮しても、10兆円程度の新たな経済対策が必要だと考えられる。

掛け声だけでなくしっかりとした予算が必要

デフレ完全脱却をより確かなものとするために、5月にまとめるとみられる成長戦略の中長期計画「ニッポン1億総活躍プラン」に沿った経済対策、そして老朽化している公共インフラの再構築と防災対策の財政支出などが必要だろう。

成長戦略の有効性を感じられないのは、掛け声だけでしっかりとした予算がついていないことが原因である。

3月末に2016年度の政府予算が国会を通過した後、6月1日の通常国会の会期末まで、2016年度の補正予算として大幅な予算をつけ、前に動き出さねければならないだろう。

現実的な政治議論では、2015年度の補正予算額である3.5兆円程度をいかに大きく上回ることができるかの議論となろう。

しかし、2014年11月18日に安倍首相が消費税率引き上げの見送りを決めた時の日経平均(1万7000円程度)にとどまっており、それだけグローバルな景気・マーケット環境が不安定なことを考えると、経済対策は大きければ大きいほどよい。

日銀の強い金融緩和政策により、国債10年金利がマイナス、そして40年金利まで1%以下まで低下しており、新規国債を増発してでも必要とされる経済対策を実施するのが理に適っている。

必要な支出が早急にまとめられないのであれば、疲弊した中間所得層を支えるためにも、税収中立の原則(減税には必ず代替財源が必要であるという日本独特の政策の束縛)を廃止してでも、減税を行う必要もあるかもしれない。

OECDやIMF、そしてG20でも財政政策による需要対策の必要性が認識され、国際世論が財政緊縮から財政拡大に急激に転じていることも追い風だ。

5月の日本でのG7とサミットで、議長国である日本が需要創出のリーダーシップ役としての責任を果たすことも重要であろう。

そのリーダーシップのため、2020年度の東京オリンピックまでは需要拡大と経済再生に注力するとして、2017年4月の消費税率再引き上げの見送りと、その根本である2020年度の財政プライマリーバランスの黒字化の目標を先送りしても、世界はその決断を十分に理解するばかりか、高く評価するだろう。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト

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