マクロ経済では、企業貯蓄率と財政赤字の合計で、国内のネットの資金需要の強さが計測できる。ネットの資金需要が強いということは、それだけ信用創造と支出拡大により、マネーと名目GDPを拡大する力が強いことを意味する。
企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(名目GDP比)がマイナスであれば、ネットの資金需要が存在し、マネーと名目GDPがしっかり拡大できることを意味する。過去の平均をみれば-5%程度が適度だとみられる。-10%程度となれば、バブル的な膨張となってしまう。
一方、0%であれば、2000年代からのようにマネーと名目GDPが拡大できずデフレの状態となる。このネットの資金需要が消滅したのが「日本化」といわれる現象で、他国ではみられないものである。
2001年から2010年までネットの資金需要は消滅していた。更に、+5%程度となると、ネットの資金需要が破壊されていくことを意味し、マネーと名目GDPが強く縮小する恐慌的な状態になると考えられる。政策スタンスとしては、ネットの資金需要が0%であれば財政ファイナンスというミクロの「均衡」に拘りデフレスパイラルを回避するだけの受動的な政策(財政拡大は企業の貯蓄行動をただオフセットするだけ)、マイナスであれば政策によりデフレ脱却を強くリードしていくリフレ政策がとられていると言える。
十分な財政拡大がないと金融緩和も無効に
ネットの資金需要が消滅しているという停滞の状況が、アベノミクスにより一変した。企業のデレバレッジの緩和とアベノミクスや円安に刺激された企業活動(投資、雇用、賃金など)の回復により、企業貯蓄率は急速に低下し、内需回復とデフレ緩和の動きが強くなった。
さらに、震災復興とアベノミクスによる機動的財政政策で、財政がこれまでの水準より拡大してきた。実際には、アベノミクスによる財政政策だけでは不十分であり、震災復興が大きな力を発揮している。結果として、ネットの資金需要がここ十数年で初めて復活し、資金がしっかり循環・拡大し始めている。厳密には震災復興による2011年からネットの資金需要が復活し、復興の動きが緩やかになるのをアベノミクスが補完した。
この変化が、これまでと違い今回の景気回復局面がデフレ完全脱却に向かうより強い力をもっている理由である。ネットの資金需要が拡大しても、日銀が異次元の金融緩和を続けているので、長期金利は低下し、これがインフレ期待の上昇とともに、長期実質金利の低下につながり、景気と金融市場を刺激していると考えられる。言い換えれば、ネットの資金需要が復活したことが、日銀の量的金融緩和が効果を持ち始めた理由であると考えられる。
ネットの資金需要を日銀の量的金融緩和により間接的にマネタイズすることにより、市中のマネーが拡大でき、インフレ期待を刺激できるからである。これまではネットの資金需要がゼロであったので、量的金融緩和がマネタイズするものが存在せず、2000年代が例であるが、量的金融緩和の効果も限られていた。十分な財政拡大がないと金融緩和も無効になってしまうということだ。
アベノミクスは蘇生するためには
現在、このアベノミクスのデフレ完全脱却の動きに逆噴射がかかっている。
昨年4月の拙速な消費税率引き上げによる消費者心理の萎縮やグローバルな景気・マーケットの不透明感などにより企業貯蓄率がリバウンド(企業活動が鈍化)してしまった。企業貯蓄率(4四半期移動平均、GDP対比)は2010年4-6月期のピークである+10.6%から2014年10-12月期には+2.6%まで低下したが、2015年10-12月期には+4.8%までリバウンドしている。
一方、景気回復による税収の増加と、リフレ政策であるアベノミクスと本来無関係で財政緊縮である消費税率引き上げもあり、財政収支は急激に改善している。財政赤字は2012年4-6月期のピークである9.5%から、2015年10-12月期には3.4%まで、急激に縮小している。企業の慎重な支出行動と財政の緊縮の動きにより、ネットの資金需要が2015年4-6月期から再び消滅してしまった。2015年10-12月期にはネットの資金需要は+1.4%となり、2000年代の停滞期と同程度になってしまっている。
過度な財政緊縮もあり、ネットの資金需要が消滅してしまっているので、量的金融緩和の効果は限定的になり、マネーが拡大できず、デフレ完全脱却への動きは止まってしまっている。そして、マネーが拡大できないことは、円の供給が拡大できないことと同義であるため、円高のリスクが高まってしまっている。
ネットの資金需要の復活と、それをマネタイズする量的金融緩和によりマネーが拡大し、円安、そして名目GDPの拡大につながってきたアベノミクスは瀕死の状態にあると言える。政府・日銀が、デフレ完全脱却に向けた経済政策への強いコミットメントを国民に示し、不安感を払拭し続け、企業貯蓄率を低下のトラックにいち早く戻すことが重要だろう。
そして、5月の日本でのG7とサミットで、議長国である日本が需要創出のリーダーシップ役としての責任を果たすため、政府は成長戦略と構造改革の推進を促進するような積極的な財政出動に早急に転じる必要があるだろう。財政拡大により、ネットの資金需要をいち早く再復活させないと、マネーの循環の停滞が、景気停滞感とデフレ感の拡大につがなり、アベノミクスは死を迎えることになってしまう。
逆に、ネットの資金需要が復活すれば、アベノミクスは蘇生し、企業貯蓄率のマイナス化(正常化)への動きとともに、デフレ完全脱却への動きが再始動することになろう。3月29日に2016年度の政府予算が国会で可決された後、補正予算としての経済対策の議論が一気に進んでいくだろう。
ネットの資金需要をしっかり復活させるには、10兆円超の規模が必要となろう。1月に可決した2015年度の補正予算(3.5兆円程度)を上回る5兆円程度をスタートに、10兆円超に向けて、どれだけ有効な対策を積み上げられるか問われることなる。世論調査では過半数の国民が経済対策の早期実施を望んでいることも追い風となろう。
会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト
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