かつて、フィナンシャル・タイムズの記者が中央銀行総裁を「マネタリー・シャーマン」と命名した。シャーマンとは霊、神霊、精霊、死霊などの超自然的存在と交信する人物のことであり、人々はそのお告げを読み解こうとしてきた。

確かに、「マネタリー・シャーマン」とは言い得て妙だ。
事実、市場参加者はイエレンFRB議長の発言から利上げの時期を探るべく、一言たりとも聞き逃すまいと、その言動に注意を払う。日本においては黒田日銀総裁の言動に今後の中央銀行の金融政策のヒントを探そうと注目が集まる。その様は、まさにお告げを読み解こうとする人々のようでもある。

そのとき、マーケットは日銀の「呪術師」にひれ伏した

2014年10月31日、マーケットは驚きに包まれた。日銀が予想外の追加金融緩和を決定したからだ。追加金融緩和は「バズーカ砲」と呼ばれた前回の量的・質的量的緩和に匹敵する株高・円安をもたらしたのである。

上昇する株価、急落する円相場を見て、果敢に売りで立ち向かった投資家もたくさんいた。長く相場を見てきた投資家は、日銀総裁の言葉は格好の売り場と判断した。一時的に上昇した株価はすぐに下落に転じるであろうと、多くの投資家はカラ売りを仕掛けた。ところが、相場は彼らの思い通りには動かなかった。「バズーカ2」は彼らを完膚なきまでに打ちのめしたのだ。

そのとき、マーケットは黒田総裁にひれ伏した。この日、黒田総裁はマーケットを動かす神の言葉を市場参加者に伝える「マネタリー・シャーマン」としての地位を絶対的なものとしたのである。

以来、市場参加者は「マネタリー・シャーマン」が驚くべき金融政策を打ち出し、株価を再び上昇させてくれることを祈るようになったのだ。

黒田総裁の神通力にも陰りが見え始めた

しかしながら、最近の日本の実情を見るにつけ、黒田総裁のマネタリー・シャーマンとしての神通力には陰りが見え始めたかのように感じられる。

今年4月、そして6月の日銀政策決定会合で多くの投資家が日銀総裁からの「お告げ」を期待していた。ところが、お告げは何もなかったことから、マーケットは売りで反応した。いまや、多くの投資家は「謙虚さ」を忘れ、自分たちに都合の良いお告げが発せられることを祈るばかりである。

そして精神科医が求められるようになった

「マネタリー・シャーマン」の呪術の効果がなくなったことを知った投資家が次に頼ったのは精神科医だ。ここでいう精神科医とは医師免許を持った「本物」の精神科医ではない。そう、中央銀行総裁が呪術師なら、我々金融商品の販売の現場に携わる銀行員は、精神科医なのだ。

まず、「本物」の精神科医にはどのようなことが出来るだろうか。本物の精神科医は患者を診断することができる。薬を処方することができる。患者の話を聞くことができる。患者の努力に方向付けをすることができる。患者の努力を評価することができる。入院させることができる。退院させることができるーーそして、それらはそっくり銀行員にあてはめることが可能だ。

すなわち、銀行員がお客様にできることはーー運用状況を説明することができる。どの金融商品を購入すべきかアドバイスすることができる。愚痴を聞くことができる。投資方針に方向付けをすることができる。成功談を聞き、褒めることができる。投資を引き上げるようアドバイスすることができる。投資タイミングをアドバイスすることができるーーこのように、精神科医にできることと、銀行員にできることは共通点が多い。

精神科医にもできないことがある

しかし、残念ながら、精神科医にもできないことがある。

精神科医にできないことは何かーー患者の病気を「治す」ことはできない。薬を飲ませることはできない。患者の話をどこまでも聞くことはできない。患者の代わりに努力することはできない。全ての患者に良い評価をもらうことはできない。全ての患者を退院させることはできないーー精神科医は神ではない。できないものは、できないのだ。

銀行員にもできないことがある

同じく、精神科医にできないものは、銀行員にもできない。

まず、銀行員はあなたを「幸せにする」ことはできない。確かに運用がうまく行った方が良いにこしたことはないだろう。しかし、幸せとは人それぞれの価値観であり、お金だけを貯め込んだとしても、それが全ての人に幸せとは限らない。

銀行員は、あなたに金融商品を買わせることはできない。最終的に売買の判断を行うのはあくまでもあなただ。銀行員が無理強いすることはできない。

銀行員は、あなたの話をどこまでも聞くことはできない。特にクレーム対応に関しての話であるが、「出口のない話」を延々と繰り返すことはお互いに時間と労力の無駄意外の何ものでもない。「それなら裁判でもやってくれ」と言いたくなることがある。

銀行員は、相場を動かすことはできない。あなたは、銀行員を何だと思っているのか。銀行員は販売のプロであって、運用のプロではない。あなたが、金融商品を購入されたならそれで終わりなのだ。アフターフォローが重要と言われるが、現実問題としてアフターフォローで運用状況が改善されるわけではない。

銀行員は、全ての投資家に良い評価をもらうことはできない。人には相性というものがある。どんなに誠実に対応しても、どこかスレ違いが多いお客様がいるのは確かだ。そんな場合は諦めるのが最善策である。

銀行員は、全ての投資家を勝たせることはできない。銀行員が相場の全てを知っているワケではない。まして、どの銘柄が騰がるのか。明日の株価がどうなるのか。そんなことは誰にも分らない。それが投資の世界である。

謙虚な投資家だけが「相場の神様」に愛される

銀行員と精神科医には多くの共通点がある。精神科医は神ではない。銀行員も神ではない。あなたが、どんなに泣いても叫んでも暴れても、銀行員はあなたを救うことはできない。この機会に、あなたは銀行員にできることと、できないことを理解すべきだ。

前回執筆したこと をもう一度繰り返そう。
投資とは「欲と恐怖の戦い」である。欲が勝っても、恐怖が勝っても投資はうまくいかない。その欲も恐怖も、あなたの心の中にいることに気づかなければならない。全ての原因は、あなたの心の中にある。

だからこそ、あなたは、あなたの「心の鏡」と向き合い、謙虚にならなければならない。あなたの一番の理解者は、あなたに他ならない。結局のところ、あなたを救うことができるのは、あなた自身なのだ。(或る銀行員)

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