将来に残すのはツケではなく、実は貯蓄?
民間貯蓄率(企業貯蓄率+家計貯蓄率)の前提が、GDP対比+6.9%の前提になっているということは、家計貯蓄率の前提は+7.5%程度とみられる。
高齢化が進行し、家計の貯蓄率が低下し、国際経常赤字に陥り、財政ファイナンスが困難化するリスクがある。財政再建を急がなければいけないという状態には、まったく見えない。実際に、家計貯蓄率がかなりの高水準であるため、国際経常黒字はGDP対比+4.4%の巨額の黒字が維持される前提になっている。
今回の試算では、団塊世代が75歳程度となり医療費を含む社会保障費が、膨張するとされる2024年度まで推計が延ばされている。しかし、2024年度においても、民間貯蓄率はGDP対比+6.4%であり、国際経常黒字は+4.9%の巨額の黒字がまだ維持されている。より慎重なベースラインケースでも、民間貯蓄率は2020年度+6.9%・2024年度+6.9%、国際経常黒字は2020年度+3.9%・2024年度+3.3%と巨額であることに変化はない。
将来世代に借金のツケを回すなという情緒的な議論があるが、実際のところそのツケ以上に貯蓄を残せている状態にある。巨額な民間貯蓄と国際経常黒字の維持を考えると、本当に2020年度までに基礎的財政収支を黒字化する必要はあるのだろうか?
財政議論に早急にマクロ経済学の柔軟性を
EU諸国のように、財政収支の赤字はGDP対比3%以内というより、現実的な目標でもまったく問題ないと考えられる。
日銀資金循環統計によると、2016年1-3月期で財政収支の赤字は既にGDP対比-3.5%まで縮小している。デフレ完全脱却への景気回復の動きを、止めてしまうリスクを犯してまで、財政再建を急ぐ必要があるようには思えない。家計や企業と同じように、政府の収支も黒字になって過去の借金残高を減らさなければいけないという、会計的な固定観念に縛られすぎているように思われる。
いまだに財政の議論の多くは、会計のミクロ経済学の方法論の数字合わせで硬直化し、マクロ経済学としての柔軟性が欠けているのは問題である。
マクロ経済学では、一般政府の負債は民間の資産となるため、景気が異常に過熱し抑制の必要があるとき以外は、政府の借金残高を減らす、即ち民間の資産を減らすという議論は存在しない。一般政府の負債残高は、名目GDP対比で安定化させるのが通例だ。
家計と企業を含んだ貯蓄投資バランスのマクロ経済学の視点では、内閣府の中長期の経済財政に関する試算は、長期に渡ってかなり高い民間貯蓄率が維持されるため、財政再建を急がなくてもいいという根拠になるように思われる。これだけの民間貯蓄があれば、2020年度で3.4%、2024年度で4.4%の長期金利の前提は高すぎるだろう。財政ファイナンスが困難となり、長期金利が暴騰するリスクはほとんど無いだろう。
財政議論はマクロであるべき
実際に、財政赤字と国際経常収支赤字、そして利上げ局面とより条件の厳しい米国でも、長期金利は2%以下であり、3%以上である名目GDP成長率の半分程度である。
民間貯蓄が潤沢であれば、長期金利が抑制されるため、基礎的財政収支が赤字であっても、リフレ政策などにより一定の成長率を保てば、一般政府の負債残高の名目GDP比は低下していくことは可能である。マイナス金利政策のテクニカルな影響(国債時価の上昇による見かけ上の政府負債残高の上昇)を除けば、名目GDP成長率と長期金利のスプレッドの累積の動きの改善に合わせて、既に一般政府の負債残高の名目GDP比は低下を始めている。
民間貯蓄が潤沢である日本において、基礎的財政収支を早急に黒字化しなければいけない、という意味はほとんどない。内閣府の中長期の経済財政に関する試算に対するミクロとマクロは結論が逆であるが、財政議論はマクロであるべきだ。
会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部 チーフエコノミスト
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