中国は従来からの孔子平和賞に加え、2016年には世界文明賞、未来科学大賞など独自の賞を設定した。賞金額はノーベル賞を大きく上回る。世界的権威を誇るノーベル賞に対抗意識を持ち、葛藤しているのだ。
中国のノーベル賞受賞者は?
中国本土国籍を持つノーベル賞受賞者は3人のみである。
2010年 劉曉波 (平和賞) 中国の基本的人権確立に貢献
2012年 莫 言 (文学賞) 民話、歴史、現代を融合させた
2015年 屠ユウユウ(医学・生理学賞)マラリアの治療に関する発見
このうち平和賞の劉は、中国にとって反体制活動家に過ぎず論外、文学賞の莫も、初の科学分野受賞者の屠も、当局の意に沿う人物ではなかったらしく、奥歯にものの挟まったような報道ぶりだった。国を挙げて祝福する日本のそれとはまったく違う。
そうかといって興味がないわけでは決してない。外国のブランドは中国人にとって最も信頼に値する。新聞にノーベル文学賞特集が掲載された。それも3ページに渡り、ボブ・ディラン氏で1ページ、村上春樹氏には2ページも割いている。内容を見てみよう。
ボブ・ディラン氏の受賞への反応は
記事は「破天荒!多くの米国人も懐疑、なぜ民謡(フォークソング)歌手にノーベル賞が?」と始まる。今回の受賞は米文学界の誰も「看破」できず、長い時間をかけてその意味を考えることになるだろう。
一方で、「驚くにはあたらない、歌詞だけでも完結した作品であり、その力量は抜群、偉大な作家と言って何ら差支えない。」とする米音楽界の見方も紹介している。また「彼の歌は、民権、世界和平、環境保護など世界的問題に対する激情が表現されている。」とも解説され、これは中国政府批判にも聞こえる。いろいろな意図を持った特集記事である。
ディラン氏の経歴紹介後には、2011年に行われた中国公演にも触れている。盛り上がらずあまり評判は高くなかったようである。
ディラン氏の知名度そのものがあまり高くない。何しろ1960年代から80年代のポピュラー音楽の全盛期に、文化大革命という政治闘争に踊らされ、娯楽や芸術どころではなかったのだ。西欧ポピュラー音楽は改革開放後、外国人を通して受容したものである。大きな時間差があり、影響は間接的、限定的である。
特集は明らかに村上春樹に肩入れしている。ノーベル賞は年配者を優先する傾向があり、年上のディランに有利に作用した、と述べている。村上の中国に対する影響力は、ディランの比ではない。
村上春樹氏を推す声多数
「中国には村上春樹の影響を受けていない場所はどこにもない」
村上関連記事はこのように始まっている。不完全な統計だが、中国における村上作品の販売数は、600万部に及ぶという。20世紀の中国文学に最も影響をもたらした10人のうちの1人である、とまで述べている。中国読者の感想から人気の秘密を探ってみよう。
M氏は1975年生まれ、証券会社勤務のホワイトカラーである。典型的読者層といってよい。
M氏は「村上の作品は1980年代、90年代を象徴している。細やかな場景、情感が多彩に変化し、詳細、微小な感受性を描いている」と表現し、その独自のオリジナリティーを高く評価する。代表的な意見である。闘争に明け暮れる中国社会からは生まれてこない作品だ。
特集記事は、万年有力候補、英国ブックメーカーでも本命なのになぜ受賞できない?と結ばれている。とにかく政府の意向を考慮しない3ページにわたる特集を組んだ。すべて新華社の配信によらない署名記事である。この意味は大きい。
村上春樹氏がノーベル文学賞を受賞すれば、中国の文学者と読者にも大きな影響をもたらすだろう。政治と文学を切り離す契機となるかもしれず、そうなれば中国社会の大きな変革に寄与することになる。来年が楽しみである。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)
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