実家,相続,遺言,人口減
(写真=PIXTA)

「実家の処分」は特に今の現役世代にとって切実な問題である。たとえば地方都市で育ったものの、仕事の都合で東京や大阪で生活している人には、地元に生まれ育った思い出のある「実家」がある。

両親が健在なうちはいい。けれども両親が年老いて施設で生活するようになったり、亡くなったりした後に起きるのが、この「実家の処分問題」である。

実家の処分問題の根幹には「不動産が売れない」という現実がある。人口が減っているから、当然マンションや土地などは売れにくくなる。しかし、実家が処分できない理由が「人口減少」だけではなく、「法律的な事情」ということも珍しくない。

共同所有不動産の売却は「全員の同意」

処分がうまくいかない原因を解説する前に、「共同所有不動産」の売却方法を確認しよう。

たとえばAとBとC3人の共同所有不動産があるとする。この不動産を売却するためには、3名全員の同意が必要なのだ。

法的には3人それぞれは「共有持分権」を持っており、持分権だけを売却することは可能だ。だがあくまで「法的には」。他人間の売買で共有持分という状態で買ってくれる人はほとんどおらず、共有不動産を売るには全員の同意が必要だ。

数十人が共同所有している状態に

全員の同意がなければ現実的に不動産は売れない。このことが実家の処分を難しくする。共有者が3〜4人ならおそらく家族で共同所有形態になっているのだから、意思の統一もスムーズにいくことが多い。一方で数十人の共同所有形態であったらどうだろうか。全員の同意を得るのは難しいだろう。

数十人での共同所有などあるかというと、実は「数十人共有」は珍しい話ではない。「相続登記」をせず放置することで、数十人共有にはなり得る。

「相続登記」とは、不動産の名義人になっていた人が亡くなった後にする所有者名義の変更手続。これをしないとやっかいなことになる。もともと少人数での共同あるいは単独所有であっても、相続が繰り返された結果、不動産の所有者が数十人になることがある。

たとえば単独所有者Aが死亡したとする。Aの相続人は兄Bと妹C。相続登記をせずにBも死亡したとする。こうなるとBの相続人は配偶者Dで、そのDも死亡すると、Dの相続人はEとFとG。そしてEが死亡して……。

超高齢社会である日本では、相続人自身が高齢であることが多く、相続人になった者が時間を置かずして亡くなり、また相続が始まることがある。兄弟姉妹間の相続人になると、相続人は一人や二人ではないことも多く、あっという間に不動産の権利を相続した者は数十人になってしまう。

対策としては、相続が起こったらすぐに相続登記をし、名義を整理しておくことだ。Aが死亡して相続人がBとCであれば、B−C間の合意がそろうなら、遺産分割協議でいずれかの単独所有としておく。また相続が発生したら、できることならやはり遺産分割協議をし、名義を誰かの単独名義にする。こうして所有者が際限なく増えていくという事態を回避できる。

「認知症」の人がいたら不動産は売れない?

実家の処分ができなくなるのは、相続登記未了で相続人が多くなる場面だけではない。不動産の権利者のなかに、重度の認知症の人がいる場合も、処分が非常に難しくなるのだ。

たとえば不動産所有者Hが死亡。相続人は妻Iと長男Jで、Iは高齢で、施設で生活している。Jは自分の家庭を持ち、東京で生活をしているとして、Iが重度の認知症である場合は、売却の意思の表示ができない。買い手が見つかったとしても、不動産売買に立ち会う司法書士がIの売却意思を確認できないのなら取引は流れてしまう。

Iが不動産売却の意思表示ができないのなら、遺産分割協議で不動産を長男であるJの単独所有にすればよいのではないかと思われるかもしれないが、これも難しい。遺産分割協議を行うにしても、判断能力が必要で、重度の認知症であればその能力に疑問符がつくためだ。

結局、Jの単独名義にして売却するにせよ、IとJの共同名義にして売却するにせよ、「成年後見制度」の利用を検討するべき場面だ。

問題は、成年後見制度を利用するためのコストだ。家庭裁判所への申立ては簡単ではないし、専門家が後見人になると費用も必要だ。司法書士などの専門家が後見人になる場合、費用は年間数十万円であることが一般的だ。

さらにネックになるのは、後見制度を利用して不動産を売却した後に、後見制度の利用をやめようと思っても、勝手にはやめられない点。成年被後見人になった者が亡くなるまで、年間数十万円の後見費用が必要になることを覚悟するべきである。この費用が気になって、不動産の処分を諦める人もいるのだから深刻な問題だ。

対策としては、不動産の所有者が亡くなる前に遺言を作成することだ。「不動産は長男の単独所有にする」という一言があるだけで、不動産の処分がしやすくなるのだから、遺言書はやはり有効なのである。(碓井孝介、司法書士)

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