リクルートスーツの就活生を見かける機会が増えてきた。
大型連休前のこの時期、彼らは企業説明会やエントリーシートの作成、試験、面接と大忙しだ。メディアの見出しで「人手不足」「売り手市場」といった言葉が並ぶ昨今、最近の就活は楽勝なのかと思いきや……どうも様子が違うようだ。

働き方改革だとか、ライフワークバランスといった耳当たりの良い言葉が飛び交う一方で、新卒大学生の就活事情は過酷を極めている。こんな有様では学生も企業も、誰もハッピーになれそうにない。

「実際の就活は地獄ですよ」

「そうでしたか。ご立派になられて」
何年ぶりだろうか。先日、長くお付き合いさせて頂いているお客様のご子息とお話しする機会があった。大学4年の彼は就活の真っ最中である。会話の流れで、私は何の気なしにこう言った。「採用を増やす企業が増えているし、どの企業も人手不足のようだから就活は楽勝でしょう?」

だが、彼から返ってきた言葉は意外なものだった。

「世間ではそんなことを言われてますが、実際の就活は地獄ですよ。最初は夢も希望もありましたが、4月のいまの時期になって既に自暴自棄の寸前まで追い詰められています……」

彼の話はにわかに信じられなかった。
しかし、決して彼の言葉は大げさではなく、聞けば聞くほど昨今の就活事情は地獄の様相を呈しているように思えてならない。

いまは「持ち駒」をいかに増やすかが重要

彼の話をまとめると次のようになる。大学生は3年の夏頃に企業のインターンシップに参加する。翌年の3月から企業説明会に参加し、エントリーシートの提出が始まる。そして6月から選考がスタートするというスケジュールだ。

現時点での学生の関心は「どれだけたくさんの企業にエントリーするか」ということのようだ。就職情報サイトを運営するマイナビがリリースした『2017年卒マイナビ学生就職モニター調査』によると、昨年の就活生は平均45.7社の企業にエントリーしたという。実に驚くべき数字であるが、就活生は手当たり次第にエントリーしている状況が想像できる。

これだけの数の企業の説明会に参加し、エントリーシートを作成する労力がいかばかりか想像するだけで気が滅入る。日中は各地で開催される説明会に参加し、帰宅後はエントリーシートの作成に追われる毎日だ。現役バリバリのサラリーマン以上にハードなスケジュールをこなしているかも知れない。当然アルバイトも辞めざるを得なくなるケースもでてくるし、大学の授業に出席することすらままならない。

就活生たちはいつどこでどの企業の説明会が行われるのかをチェックする。複数の企業が合同説明会を開催しているケースもあれば、企業へ訪問するケースもある。メーカーの場合は工場を訪問することもあり、交通の便が必ずしも良いとは限らず時間のロスにつながる。希望する企業の説明会のスケジュールが被ることも当然ある。

彼らはエントリーした企業を「持ち駒」と呼んでいる。この段階でひとつでも多くの「持ち駒」を確保しておきたいというのが彼らの本音だ。なぜなら、これから後には持ち駒を増やすことはできず、その数は減る一方なのだから。そして持ち駒が減ることで彼らは追い詰められていくことになるのだ。

一日も早く、どこかの会社の内定が欲しい

インターンシップを積極的に行う企業が増えているが、これもかえって就活生には負担となっている。希望する業種や企業のインターンシップがバッティングするケースが往々にしてあるのだ。インターンシップに参加していないからといって「不利になることはない」とは言われているが、そんなことを真に受けている就活生がどれほどいるだろうか。

経団連加盟企業のスケジュールは申し合わせがあるというものの、実際にはすでに内々定をもらっている学生がいるらしいという噂がまことしやかに語られる。それは当然ルール違反であり、真偽を確かめることはできない。だが、就活生にとっては単なる噂話であっても動揺を隠すことはできない。

件のご子息は、まだ4月だというのに疲れ果てている様子である。「ハウスメーカーに就職して、家を売りたい」当初はそんな希望を抱いていたが、無駄に長いインターンシップへの参加がその後の活動に大きくマイナスとなった。本来であれば同業の多くの企業を回り、研究すべきなのだがその機会を失ったうえ、インターンシップでは採用への好感触を得ることはできなかった。

彼はもはや自分が志していた業種へのこだわりを捨て去り、スケジュールが許す限りひとつでも多くの企業の説明会に参加するようにしている。そう、「持ち駒」を増やすことに躍起になっている。それでも次々に持ち駒は減っていく。もはや将来の夢や希望などどうでも良くなっていた。ともかく一日でも早く、どこかの会社の内定が欲しい。ただそれだけなのだ。

銀行員の私は新卒採用とはまったく縁のない業務に携わっているが「最近はロクな新人が入ってこない」と勝手に感じている。もちろん、それは就活生にとっても同じで、彼らにしてみれば「入ってみたらロクな職場じゃなかった」といった感じで早々に辞めていくケースも見られる。

一体人事担当者はどんな選考をやってるんだと文句のひとつも言いたくなるのだが、実際に就活生の話を聞いてみるとなるほどこれでは上手く行きそうにない。

このままでは、誰も幸せになれそうにない

私が就職活動を経験したのはバブルの頃だ。今の時代と比較しても何の参考にもならないのだが、今どきの就活生の負担はかなりのものだ。金銭的な負担も馬鹿にならない。企業の説明会に参加するだけでもかなりの額の交通費が必要になる。リクルートスーツに昼食代、当然のことだがこれらはすべて自腹だ。

それでも、メディアによれば「人手不足」「売り手市場」なのだそうだが、就活の実態とはどうにもかけ離れている。なぜこうしたことが起こるのか。人手が足りない業種は建設業やサービス業など一部に限られているからだ。さらに学生の多くは名前の通った上場企業への就職を目指す。本当に優秀な人材を欲しがっている中小企業には学生たちは集まらない。需要と供給の間に大きなミスマッチが生じている。

銀行員である私は、たとえ中小企業であっても魅力のある会社がたくさん存在することを良く知っている。しかし、就活生がこうした企業を探し出すことはほとんど不可能と言っても良い。必然的に名前の通った大企業をターゲットにせざるを得なくなる。毎年変わる就活のスケジュールも現場に混乱をもたらしている。

じっくりと就職活動ができる環境を何とかして提供することはできないものだろうか。このまま「勝者なき競争」を続けたところで、誰も幸せにはなれそうにない。(或る銀行員)

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