シンカー:そもそも、2%の物価目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその目標の是非を独断的に判断して撤回することはできないと考えられる。政府が、現行の金融緩和政策の「出口」での日銀の財務の悪化を強く懸念し、その損失を、中長期的な通貨発行による収益ではなく、単年ごとの増税によって補填するというスタンスに転じれば、日銀は早急に「出口」のシミュレーションを示すことを迫られるだろう。その場合、政府は、持続的に2%ずつ通貨価値が毀損するのと同義である2%の物価目標を放棄し、0%という物価の単純な安定を目指す方針に転じているはずである。「出口」に対して「日銀がどういう手段をどういう順番でとるか」、そしてそれが前提となるシミュレーションは、政府のスタンスに左右されると考えられる。政府が2%の物価目標を是としている限り、日銀がそれを取り下げ、緩和の「出口」に向かっていく可能性はほとんどなし、そのような憶測を生むような「出口論」を提示することもないと考える。国民がデフレ完全脱却の方向性を支持し、リフレを希求する安倍政権が存続する限りその可能性はかなり低い。リスクシナリオは、わずかな物価上昇が持続した段階で国民がそれを拒否し始め、政権が支持を失い崩壊し、財政緊縮と物価の単純な安定を目指す勢力が政権を獲ることになった場合、日銀の方針が大きく転換し、早急に「出口」に向かっていくということだろうか。
7月7日に日銀は指定した価格で国債を無制限に買入れる「指値オペ」を実施した。
日銀は、2%の物価目標にはまだ距離があり、デフレ完全脱却の動きを確かにするため、国債買いオペを増額してでも、長期金利を誘導目標である0%に辛抱強く誘導し続ける決意をもっているとみられる。
堅調なファンダメンタルズを背景にたんたんと利上げを進めるFEDとの対比が年後半にはマーケットも強く意識し始め、日米金利差からの円安の動きが再開するとみられる。
マーケットには、日銀に現行の緩和政策の「出口」の方法論やシミュレーションを早急に要求する声があるようだ。
マーケットの不安は、次の金融引き締めの過程で、日銀が短期金利を引き上げた場合、日銀当座預金の付利と資産である長期国債の金利の逆ザヤが生まれ、赤字になる恐れがあるなど、日銀の財務に問題が発生することのようだ。
しかし、物価が高騰していないのであれば日銀の収益や通貨の信認の問題はなく、2%の物価目標の達成まで日銀はどれだけ長くなるとも緩和政策を継続する意思をもっているとみられる。
もしマーケットの不安が本当に大きいのであれば、逆ザヤが障害となり、日銀の金融引き締めは遅れる、または日銀の財務の問題が通貨の信認を損なうことになるわけだから、期待インフレ率が上昇していくはずである。
しかし、期待インフレ率は上昇しておらず、実際のインフレ率は期待インフレ率に遅行するはずであるから、日銀としても期待インフレ率の上昇が強くなってから、「出口論」を提示する余裕がある。
実際のところ、日銀の金融引き締めの遅れや日銀の財務の問題へのある程度の不安感からでも期待インフレ率が上昇するのであれば、日銀は2%の物価目標達成のためにそれを是認する、またはそのシナリオの一部かもしれない。
期待インフレ率が上昇していないのであれば、「出口」の方法論やシミュレーションが早急に必要であるというマーケットの論調は、日銀に対して説得力をもたないだろう。
マーケットが「出口」に対する不安を持っているが、インフレ期待が上昇しない論理的な説明の仕方は、日銀の財務の悪化を政府が補填しなければならず、いずれ大幅な増税が景気を冷やし、デフレ期待につながってしまうということかもしれない。
しかし、6月16日の黒田日銀総裁の定例記者会見では、「中央銀行は継続的に通貨発行益が発生する立場にあり、長い目で見れば必ず収益を確保できる仕組みになっている。短期的な収益の下振れで、中銀や通貨の信認が毀損されることはない。」と指摘した。
日銀の短期的な財務の悪化を、中長期的な通貨発行による収益でカバーするスタンスを堅持するのであれば、大幅な増税の可能性は小さく、デフレ期待の復活は合理的なシナリオとはならない。
そして、黒田総裁は、「2%の物価安定目標の達成は道半ばの状況だ。具体的な出口戦略や日銀の収益は、将来の経済・物価・金利などに加えて、日銀がどういう手段をどういう順番でとるかによっても変わってくる。現時点で具体的なシミュレーションを示すのは、かえって混乱を招くおそれがあるので難しいし、適当でない。」とも述べている。
そもそも、2%の物価目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその目標の是非を独断的に判断して撤回することはできないと考えられる。
政府が、「出口」での日銀の財務の悪化を強く懸念し、その損失を、中長期的な通貨発行による収益ではなく、単年ごとの増税によって補填するというスタンスに転じれば、日銀は早急に「出口」のシミュレーションを示すことを迫られるだろう。
その場合、政府は、持続的に2%ずつ通貨価値が毀損すると同義である2%の物価目標を放棄し、0%という物価の単純な安定を目指す方針に転じているはずである。
「出口」に対して「日銀がどういう手段をどういう順番でとるか」、そしてそれが前提となるシミュレーションは、政府のスタンスに左右されると考えられる。
政府が2%の物価目標を是としている限り、日銀がそれを取り下げ、緩和の「出口」に向かっていく可能性はほとんどなし、そのような憶測を生むような「出口論」を提示することもないと考える。
国民がデフレ完全脱却の方向性を支持し、リフレを希求する安倍政権が存続する限りその可能性はかなり低い。
リスクシナリオは、わずかな物価上昇が持続した段階で国民がそれを拒否し始め、政権が支持を失い崩壊し、財政緊縮と物価の単純な安定を目指す勢力が政権を獲ることになった場合、日銀の方針が大きく転換し、早急に「出口」に向かっていくということだろうか。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司
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