獺祭が日本酒ブランドとして徹底して考えていることは、多くのお客様のニーズに応え、受け入れてもらうこと。しかし本書の著書である桜井氏は、一方で「お客様のいうことを“そのまま”聞かない」ことも重要と説きます。その真意を説明していきます。
(本記事は、桜井 博志氏の著書『
勝ち続ける「仕組み」をつくる 獺祭の口ぐせ
』KADOKAWA(2017年5月18日)の中から一部を抜粋・編集しています)
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「酔うため、 売るため」 の酒を捨てる
純米大吟醸の製造は手間がかかります。50%以下に酒米を磨こうと思えばそのぶん時間がかかりますし、温度や麴などの管理も厳密に行う必要があります。だから、私たちが獺祭を造る前は、純米大吟醸は少量しか造らないのが業界の常識でした。
杜氏(とうじ)にとっては、2級酒(1992年まで存在した日本酒の分類体系による)などの安くて品質の低い酒を造っていたほうがラクだったのです。せっかく睡眠時間を削って純米大吟醸を少量造っても、たいして儲かりもしないし、誰も褒めてくれない。だから、うちにいた杜氏もそうでしたが、一般的に杜氏は純米大吟醸をあまり造りたがらない。杜氏は「安い酒を大量に造ったほうが儲かる」という発想に流されていたのです。
そのような事情もあって、日本酒は、ひたすらチープさを求めてきました。あまり良い言葉ではありませんが、「せんべろ」といって、1000円でべろべろに酔っぱらえる酒場には日本酒が似合うというイメージがありました。
具体的に言えば、駅近くのガード下の焼き鳥屋やビールケースをイスにした安価な居酒屋、立ち飲みの居酒屋などでしか日本酒は飲まれないイメージがあり、マスコミの取材もそんなところに集中していました。それも日本酒の特徴や文化のひとつとも言えますが、ブランド価値という面では、ワインやシャンパンなど他のアルコール飲料との差は開くばかりです。
「せんべろ」の酒のイメージだけでは、これからの日本酒の未来は明るくありません。それは、市場が3分の1に縮小した歴史を見ればあきらかです。
品質が低く、価格の安い酒を浴びるように飲み、翌日二日酔いで体調を崩す。仕事もはかどらないし、「あんなに飲まなければよかった」と後悔の念にさいなまれる。ここにお客様の幸せはあるでしょうか。私には、あるとは思えません。
「日本酒離れ」は真っ赤なウソ
売ることだけ、会社を大きくすることだけが目的になってはいけない、と常に自分を戒めています。「お客様に美味しい酒をお届けする」 そこにしか成功の要因はありません。美味しい酒を飲んで幸せな気持ちになってもらう。そうしたら、お客様は「また獺祭を買おう」という気持ちになってくれます。そういうお客様が増えれば、売上も上がり、社員の給料も増えて、優秀な人材を雇うことができる。そうした状況をつくることは、当然、酒の品質にも影響します。当たり前のことかもしれませんが、こうした循環のサイクルをまわすことができないと、世界はおろか、日本市場でも勝負できないと思っています。
2015年、さまざまな一流ブランドが集まる東京の一等地、銀座の隣の京橋に「獺祭Bar 23」をオープンさせたのも、「酔うため、売るため」の酒というイメージから脱し、酒のブランド価値を上げたい、というのが狙いのひとつです。ところが、酒造業界ではまったく逆のことが行われています。
業界の人と話していると、「最近の若者や女性は日本酒を飲まない」という半ばあきらめの声を聞くことがあります。しかし、「若者や女性の日本酒離れが進んでいる」というのは真っ赤なウソ。あたかも「客が悪い」というような言い方をする人もいますが、実際に若者や女性を日本酒から遠ざけているのは、酒造メーカーや酒造業界のほうです。
たとえば、酒造業界を盛り上げるために、全国の酒造組合などが主導して「乾杯条例」を推進しています。「最初の乾杯は日本酒で行う」という趣旨の条例です。販促を目的にした酒造組合絡みのイベントや会合でも、乾杯条例にもとづき、地元の日本酒が用意されますが、これが逆に若者や女性の日本酒離れを加速させている面もあるのです。会場に用意される酒の種類は酒造組合の力関係で決まり、たいていは売れずに在庫となった酒が運び込まれます。しかも、必要な温度管理もされず、紙コップやチープなぐい呑みに酒が注がれる。これを飲んだ若者や女性は、どう思うでしょうか。
「やはり日本酒は美味しくない……」
若者や女性を日本酒嫌いにさせているのは、日本酒を売ろうと努力している酒造業界なのです。これほど皮肉な話はありません。しかし、当の本人たちは、その矛盾に気づいていません。
ブランドは「つくる」 のではなく、「守る」
どんな業界も同じでしょうが、日本酒の市場は、営業してお願いすれば売れるという甘い世界ではありません。私たちは、強力な営業部隊をもっているわけではありません。たった7人の小部隊です。これでアメリカ、ヨーロッパを含む世界中に対応しています。それでも売れるのは、「獺祭を飲みたい」と思ってくれるお客様がいるから。だから、小売店も獺祭を仕入れてくれます。
獺祭を飲みたいと思ってもらうには、やはりブランドの力が必要です。私たちは獺祭というブランドを一緒に育ててくれる販売店としかお付き合いをしません。現在取引しているのは600店です。夫婦で営んでいるような小さな酒屋さんが、獺祭を育ててくれています。なかには、1店で1億円以上獺祭を売っている店舗もあるくらいです。一方で、基本的に大手流通企業とは組みません。なぜなら、大手流通に価格決定権を握られ、安売りされることになれば、獺祭のブランドは地に落ちてしまうからです。大手流通の中には、熱心に誠意をもって誘ってくださるところもありますが、基本的にはお断りしています。大手流通に対して憎しみや恨みの感情をもっているわけではありませんが、他の販売店が値下げをすれば、自分たちだけ指をくわえて見ていることはできないでしょう。そこは商売ですから、自分たちの利益を優先して値下げを決断するはずです。無理して売ろうとすれば、必ずムダが生じます。
私たちが山口の地元の酒屋さんとお付き合いしていた時代の話ですが、忘年会や正月休みなどの需要で日本酒が売れる年末のシーズンは、酒屋さんは普段以上に酒を仕入れていました。しかし、結局は売れずに余るので、1月になって酒蔵に一気に返品の山が返ってきます。今の大手流通も似たようなところがあります。大量にどっと仕入れてくれるので一時的に売上は上がりますが、お客様に飽きられるのも早い。飽きられたら、「今度は、こんな酒を開発してみませんか?」と言ってくるのが関の山です。このような売り方をされれば、私たちは価格もブランドも維持できなくなります。
「もっと別の企画の酒を造ってくださいよ」
実際、苦い思い出があります。二十数年前、私たちが獺祭よりも前に造った「雪化粧」という名の純米大吟醸が一世を風靡したことがありました。酒の質にもこだわりましたが、半透明の白い瓶にスケルトンのオシャレなラベルを貼ったパッケージも好評で、ある大手スーパーで販売してもらいました。300mlで500円と、純米大吟醸としては価格も手が届きやすい商品でした。すると、雪化粧の売れ行きを見た他の酒造メーカーが、似たようなコンセプトの類似商品で参入。安い米で造った本醸造酒で、品質的には雪化粧に劣っていましたが、価格が300円ということもあって、一気にお客様は他社の日本酒に流れてしまいました。そういうときこそ、大手スーパーには売り支えてほしかったのですが、担当者はこう言いました。
「桜井さん、雪化粧はもう売れません。もっと別の企画の酒を造ってくださいよ」大手なら価格競争をする体力もあるでしょうが、小さな酒蔵は市場から出ていくしかありません。大手流通と付き合っていては、使い捨てにされる。ブランドも築けない……。このときの教訓から、ブランドを大事にしてくれる販売店としか付き合わないことを決めました。
ラクをすればブランドは死んでしまう
大手企業の要望に応えて、新しい製品をつくっている中小企業は数多くあります。大手と付き合っていれば、一時的に売上がグンと上がるかもしれない。しかし、商品は売れなくなれば使い捨てにされ、次の企画を求められます。このような経営の中ではブランドは育ちません。ラクをしようとすればブランドは、たちまち死んでいきます。ブランドは「守る」覚悟が必要なのです。
会社の論理はお客様に 「丸見え」
ブランドを築いていくうえで気をつけているのは、「私たち酒蔵はお客様から丸見えだ」と意識することです。
これは酒蔵以外にも当てはまると思いますが、メーカーは「どうせお客様にはわかるはずがない」と思いながら商品を世に送り届けがちです。商品の質を高めることなく、キャッチコピーやパッケージの変更で目先を変えたり、キャンペーンや広告で興味を引いたりする。一時的にお客様の関心を引くことはできるかもしれませんが、小手先のテクニックや「こんなものでいいだろう」という企業の本音は、すぐに見破られます。
勘のいい消費者であれば、大規模な広告を打ったり、キャンペーンを張っていれば、「この広告宣伝費は商品の値段に転嫁されているにちがいない」とすぐに気づくものです。企業が考えているよりも、お客様には企業の本音が見えています。かつては「安ければいい」「おまけがついてくるほうがいい」というお客様がほとんどでした。でも、今のお客様はシビアに見ています。「お金儲けを優先している」「業界の論理でやっている」というところまで見透かしているのです。
「お客様はどう思うか?」を判断基準にする
獺祭がメインターゲットとしているのは、30〜50代のビジネスパーソンで、仕事にも人生にも前向きで一生懸命な人、というイメージです。そういう人は総じて感度も高いので、獺祭がお客様の期待に反することをすれば、すぐに見抜いてしまいます。もし獺祭が管理の行き届いていない店舗にまで取引を拡大し始めれば、不信感をもって、獺祭から離れていくでしょう。お金をお客様からいただいている企業が「このくらい大丈夫だろう」と高をくくって品質を落としたり、手を抜いたりする。しかし、お金を払っているほうは、そんな企業の思惑を察知するものです。
だからこそ、私たちは「お客様はどう思うか?」を判断の指針とするように心がけています。獺祭をいつも飲んでくださるお客様のことを第一に酒造りをしなければならないと、常に自戒しているのです。もしも業界の常識がお客様のデメリットになっていることがわかれば、私はその常識を覆そうと前進します。このとき、業界からは抵抗がありますが、「ここで引いたら、お客様はどう思うか?」と想像することで、戦う勇気が湧いてきます。
お客様の言うことは〝そのまま〞 聞かない
私たちは、お客様が飲んで幸せになるような酒を造りたいと思っています。しかし、マーケティングの手法として一般的な「お客様の声を聞く」ということはしません。なぜなら、お客様は本音を言わないからです。試飲をしてもらうと、私たちに気をつかって「美味しい」と言うこともありますし、心の底で思っていることとは正反対のことを言う場合さえあります。
これまで日本酒業界においては、「酒は安いに越したことはない」「俺は特級酒・1級酒のような金持ち臭い酒は嫌いで、2級酒がいちばん好きだ」と考えるお客様が多いと言われていました。これは、本音と言えるでしょうか。そう言いながらも、現実にはもっと高価だと位置づけられていたウイスキーなどを飲んでいました。これは、本当の好き嫌いではなく、「庶民的な自分を演出したい」というお客様の願望が言わせるのです。それどころか、自分の本音をわかっていないケースがほとんどなのです。
私たちも、お客様の声に素直に耳を傾けていた時代がありました。酒販店から「お客さんは、旭酒造の酒は高いから買わないと言っている」と聞けば、値引きをしました。営業担当者が「お客様から、おたくはサービスがないから買わないと言われた」と聞いて、一升瓶を買ったお客様にお皿をつけるというキャンペーンを行ったこともあります。お客様から言われたことで実践できることは、何でも試してみました。しかし、結果はついてきませんでした。一時的な成果は上がっても、時が過ぎれば、売上はたちまち下がっていったのです。
このような経験から、私たちはお客様の言うことは〝そのまま〞聞かないように意識しています。その代わり、次のような覚悟で酒造りをしています。自分がお客様の代表として酒造りをする―。そう思うからこそ、下手な酒は造れません。売れるストーリーは「結果」からしか生まれない
一方で、マーケティングを〝しかける〞ということにも興味がありません。広告代理店の人やデザイナーと話をしていると、「商品には物語性が必要だ」とよく言われます。「女性社員が企画してつくった」とか、「地元の商工会議所と共同でつくった」といった類の物語です。このような物語性はマーケティング上、効果的なこともあるでしょうが、わざわざこしらえるものではありません。あとからつくりあげた物語性に騙されるほど、消費者はおろかではありません。酒造業界でも、一時期「酒を売るには物語が必要」とさかんに言われた時期がありましたが、物語を意図的につくって売れ続けているという事例は聞いたことがありません。物語性は、結果として生まれるものです。獺祭の場合も、今になってみれば十分に物語性があると思いますが、さまざまな問題や困難を克服しようと試行錯誤を続けた結果生まれたものです。経営をしていれば、うまくいかないことばかりです。それを解決しようとがむしゃらに行動し続ければ、おのずと商品の物語性は生まれるのではないでしょうか
桜井博志
旭酒造会長。1950年、山口県周東町(現岩国市)生まれ。松山商科大学(現松山大学)卒業後、西宮酒造(現日本盛)での修業を経て、76年に旭酒造に入社するも、酒造りの方向性や経営をめぐって父と対立して退社。一時、石材卸業会社を設立し、年商2億円まで成長させたが、父の急逝を受けて84年に家業に戻る。研究を重ねて純米大吟醸「獺祭」を開発、業界でも珍しい四季醸造や12階建ての本蔵ビル建設など、「うまい酒」造りの仕組み化を進めている
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