2018年の著書『銀行員はどう生きるか』(講談社現代新書)が業界内外で高く評価された経済ジャーナリストの浪川攻氏が今春、その続編ともいえる『銀行員は生き残れるか――40万人を待ち受ける運命』(悟空出版)を上梓した。メガバンクがリストラを発表、FinTechスタートアップが金融サービスに進出して金融機関と競合するなど、銀行が置かれた環境が大きく変化しつつある中、長年、金融業界を取材し続けた浪川攻氏が提示する「銀行員の生きる道」とは。浪川氏に刊行の経緯や込めたメッセージについてうかがった。(取材・濱田 優 ZUU online編集長、写真・森口新太郎)
銀行とメディアは驚くほど似ている
2023年、東京オリンピック・パラリンピックが成功裏に終わった後も、海外の日本人気は衰えを見せず、多くの外国人観光客が日本全国の観光スポットにあふれていた。特にアジア系の観光客の購買意欲はおう盛で、政府や有力シンクタンクが予測したとおりだった。しかし一つだけ、大方の予想を覆す時代も起きていた……。
これは浪川氏の新刊『銀行員は生き残れるか』の冒頭に掲載された近未来シミュレーション「メガバンク 5年後の銀行員」だ。そこで浪川氏は近未来の日本における、「お金」「銀行」を取り巻く環境の変化を、リアリティを持って――若干のアイロニーとともに――描き出している。
本書の著者・浪川氏は上智大学卒業後、電機メーカーを経て、金融専門誌、証券業界紙、月刊誌で記者として活躍してきた経済ジャーナリストだ。東洋経済新報社の契約記者を経て、2016年4月、フリーに。著書も冒頭に挙げた『銀行員はどう生きるか』以外に、『金融自壊』(東洋経済新報社)などがあり、一貫して金融業界で取材をし続けている。
浪川氏は転職を続けてきたという自身のキャリアについて、「メディアは一つの分野を取材し続ける立場を提供してくれないから」と説明している。メディア企業でも一般に、編集者やライターなどは3年程度のサイクルで担当替えがあったり、昇格にともなって取材に出られなくなったりすることがある。その結果、「金融分野を取材し続けるためには、会社を変え、あるいは社員の道を捨てて生きるしかなく、最終的には100%フリーランスの記者になるしかなかった」というのだ。
「その程度の記者にすぎなかった」と謙遜する浪川氏はまた、「どうにか一人前扱いされ、多少なりとも金融取材ではプロフェッショナルであるという自負を持てるようになった」とし、「自分にとって、きわめて正しい生き方だったと思う」と振り返る。そして「自慢できるほどの能力もない者が一端の職業人になるには、ひたすらひとつの分野を追い続けていくしかない」と付け加える。
こうしたメディア業界の構造は、銀行業界でも同じだ。ほぼ3年おきの異動、早期退職という人事制度や組織体制。広く浅い知識やノウハウを持つだけのゼネラリストばかり生み出し、「営業現場が命」といいながらも組織の運営は上意下達……。
特に若手銀行員の中で、スペシャリストとして生きたい、地域に根差した営業を続けたいなど、明確にキャリアプランを持っている人は、本意ではない異動に嫌気がさして別の業界に転職してしまうというが、それもうなずけるというものだ。
こうしたゼネラリストを生み出す仕組みに対して浪川氏は「戦後の復興から高度成長経済期においてはいかんなく機能を発揮したかもしれない」「銀行は定型的なビジネスさえ行い、信用リスクさえ回避すればあとは規定通りの仕事をしていればよかった」としたうえで、「時代は大きく変わったにも関わらず、銀行は変われていない」と厳しく指摘する。
ただ、銀行も変わろうとはしている。経営環境が厳しくなるなかで経営陣も苦悩し、ようやく「変わろうとする動き」に出ているのだ。その一端がデジタル技術を駆使した効率化だ。とはいえ、(そうした動きをとることは間違ってはいないものの)IT、デジタルを導入して効率化したところで、単なるコスト削減でしかない。問題の本質をとらえた、抜本的な解決策とはいいがたい。
そうした中で、浪川氏は2018年にメガバンクの頭取らに取材をし、彼らから「改革の本丸」ともいえる発言を引き出している。ゼネラリストを前提とするキャリアパスの見直し、官僚体質の打破……。こうした改革の必要性を認識し、ようやくメガバンクも変わろうとしている。それはとりもなおさず日本の「銀行」が変わろうとしているということに他ならない。
銀行叩きの記者じゃない 「僕は銀行が好きなんです」
新刊の刊行経緯や理由についてあらためて問うと、前回の書籍『銀行員はどう生きるか』を出した後、意識的に銀行の現場を回り、そこで見聞きしたこと、感じたことが理由だという。
浪川氏は2018年、メガバンクグループの本部で頭取や経営陣に取材するだけでなく、全国の金融機関を回って、現場を支える若手たちに会い、話を聞き続けた。そこでは主に営業店で働いている30歳前後の人たちに会い、彼らの本音、今どういう仕事で悩んでるのかといったことを聞いた。「『転職したい』と思っている若者が少なくなかった」と振り返る浪川氏の胸中に、あらためて危機感のような感情が沸き上がったとしてもおかしくない(ちなみに全国の金融機関めぐりで出会ったユニークな支店長や銀行員の話、そのインタビューの成果は近いうちにまた別の書籍としてまとめる予定という)。
前著に続けて銀行員に向けて、その厳しい現状と未来を突きつける著作が続くことから、「銀行叩きの記者だと思われている」と苦笑する浪川氏は、「僕は銀行が好きだ」とはっきりと述べている。
「銀行の仕事って本来的にいい仕事だと思います」としたうえで、「それをつまらない仕事にしてきたのは、経営者たちの責任です。本来いい仕事だということに、みんなでもう一回意識を向けるべき」と訴える。さらには「現場を支えているのは経営陣ではなく、今の若い子たち。現場から変えていくパワーを発揮すれば、彼らの時代が来ると僕は信じてます」と力強く話す。
浪川氏のインタビュー詳細については、特集「金融 大サバイバル――銀行が、銀行員が生き残るため」と題して、4月9日(火)ごろから数回にわたってお届けする。
新刊『銀行員は生き残れるか』は、長年、金融機関を取材し続けてきたジャーナリストが、高評価を得た昨年刊行の前著の後、全国を飛び回って続けてきた取材の成果をしっかりとまとめた、示唆に富む力作だ。インタビューとあわせて読むことで、銀行員など金融業界で働く人だけでなく、キャリアパスの構築に悩む若手ビジネスパーソンも多くの気づきが得られるはずだ。