中国経済の概況

中国では経済成長率の鈍化が続いている。中国国家統計局が10月18日に公表した19年7-9月期の成長率は実質で前年比6.0%増と、4-6月期の同6.2%増を0.2ポイント下回り、2四半期連続で減速することとなった(図表-1)。

15年夏のチャイナショック時に7%を割り込んだ中国経済の成長率は、中国人民銀行が基準金利を引き下げるなど景気テコ入れを図ったことで下げ止まり、17年秋の党大会までは6%台後半で推移した。しかし、景気悪化には歯止めが掛かったものの、過剰な債務がさらに積み上がり、非金融企業が抱える債務残高はGDP比150%を超えG20諸国で最大となり、このまま放置すれば将来に大きな禍根を残すリスクが高まった。そこで、17年の党大会後に開催された中央経済工作会議では、債務圧縮(デレバレッジ)を推進する方針が打ち出された。そして、中国政府がデレバレッジを推進した18年、インフラ投資は急減速することとなった。

また、18年夏に激しくなった米中対立も中国経済に打撃を与えた。中国経済の将来を担う「中国製造2025」関連産業で先行き不透明感が強まり、中国株は大きく下落して16年1月の安値を割り込み、消費者マインドを冷やして自動車販売は前年割れに落ち込んだ。さらに、「産業のコメ」と言われる集積回路(IC)にも悪影響を及ぼし、データセンター建設ラッシュは沈静化、中国における仮想通貨バブル崩壊によるマイニング需要の落ち込みや次世代通信規格(5G)への移行期に差し掛かったスマホの買い控えも重なり、ITサイクルはピークアウトした。

そこで、中国共産党・政府は18年12月に開催された中央経済工作会議で「反循環調節(景気減速の押し戻し政策)」と呼ばれる景気対策に舵を切り、「地方債券の発行規模を大幅に増やす」とするとともに、金融政策を「穏健中立」から「穏健」に切り替え、デレバレッジの方針を微調整(GDP名目成長率につり合う伸び)した。これを受けて、社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)は緩やかに伸びを高め、製造業や建築業・不動産業の減速にも歯止めが掛かったため、19年1-3月期の成長率は横ばい(前年比6.4%増)に留まった。しかし、デレバレッジによる景気下押し圧力は減じたものの、米中対立による景気下押し圧力は残ったため、前述のとおり2四半期連続で減速することとなった。但し、米中対立の長期化に備えて中国政府が5G移行を推進し始めたため、足元では集積回路(IC)の需要が持ち直し、ITサイクルには底打ちの兆しが出てきた(図表-2)。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

消費の動向

個人消費の代表的な指標である小売売上高の動きを見ると、19年7-9月期は前年比7.8%増(推定(1))と前四半期の同8.5%増(推定)を0.7ポイント下回った(図表-3)。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

業種別の内訳が分かる限額以上企業の統計を見ると(図表-4)、日用品類が前年比12.6%増(推定)と前四半期の同12.1%増(推定)を上回り、飲食も同7.5%増(推定)と前四半期の同6.5%増(推定)を上回る伸びを示した一方、住宅販売の低迷を背景に家電類が同4.3%増(推定)と前四半期の同5.6%増(推定)を下回り、家具類も同6.3%増(推定)と前四半期の同6.4%増(推定)を下回った。また、自動車は同4.4%減(推定)と環境規制強化前の駆け込み登録が見られた前四半期の同5.7%増(推定)から再びマイナスに転じた。なお、ネット販売(商品とサービス)は前年比16.8%増と引き続き高い伸びを示した。18年通期の前年比23.9%増に比べると伸びはやや鈍化したものの、BAT(百度、阿里巴巴、騰訊)を代表とするプラットフォーム企業が新たな消費需要を生み出す流れは続いている。

他方、個人消費への影響が大きい雇用情勢を見ると、都市部の登録失業率は3.61%と低位にあるものの、都市部の求人倍率は1.22倍へ低下、都市部の調査失業率も5.2%に上昇してきており、農村部からの出稼ぎ労働者に余剰感がでてきた可能性もあるため、今後の雇用情勢には注意を払う必要がでてきている。但し、消費者信頼感指数(中国国家統計局及びUnionPay)が引き続き高水準を維持しているため、個人消費が失速する恐れは今のところ小さいと見られる。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(1)中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。

投資の動向

投資の代表的な指標である固定資産投資(除く農家の投資)の動きを見ると、19年7-9月期は前年比4.6%増(推定)と前四半期の同5.3%増(推定)を0.7ポイント下回った(図表-6)。投資を3大セクター別に見ると、インフラ投資は前年比5.3%増(推定)と伸びを高めたが、製造業は1%台で低迷しており、不動産開発投資は同9.7%増(推定)と高水準ながらも伸びが鈍化した(図表-7)。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

製造業の投資が低迷している背景には、米中対立の影響がある。槍玉に挙げられたのが「中国製造2025」で、その関連投資に対する先行き不透明感が高まったからである。また、米中の“関税引き上げ合戦”が激化したため、対米輸出拠点を中国以外へ移転する動きがじわじわと拡がってきており、製造業の投資は18年夏をピークに低下傾向を強め、19年に入っても度々前年割れに落ち込んだ。但し、9月は前年比1.7%増(推定)とプラスに転じた(図表-8)。また、工業設備稼働率も、17年10-12月期の78.0%をピークに19年1-3月期には75.9%まで低下し、過剰に積み上がった企業債務が不良債権化する恐れが懸念されたが、足元では下げ止まった。また、前述のとおりITサイクルには底打ちの兆しが出てきており、特に集積回路(IC)の国内生産は9月に前年比13.2%増と急増した(図表-9)。中国政府が5G移行を積極的に推進し始めたことが背景にある。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、昨年夏に債務圧縮(デレバレッジ)の影響で前年割れとなったインフラ投資は持ち直してきている(図表-10)。前述のとおり、中国では18年12月に開催した中央経済工作会議で「反循環調節」を打ち出し、その中で地方政府債の増発を決めた。そして、19年1-9月期に発行された地方政府債は約4.2兆元と前年同期の約3.8兆元を0.4兆元(日本円換算で約6兆円)上回っている(図表-11)。中国政府は9月4日の国務院常務会議で2020年分の特別地方債を前倒し発行することや、その調達資金をプロジェクト資本金に用いることを可とすることなどを決めており、インフラ投資の持ち直し傾向は今後もしばらく続くと見られる。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

輸出の動向

消費・投資と並び中国経済の第3の柱である輸出(ドルベース)を見ると、19年7-9月期は前年比0.4%減と前四半期の同1.0%減に続き2四半期連続で前年割れとなった(図表-12)。特に米国向け輸出は前年比10.7%減と、米中の“関税引き上げ合戦”が輸出全体の伸びを抑える足かせとなっている。また、輸出の先行指標となる新規輸出受注指数は16ヵ月連続で拡張・収縮の境界線(50%)を割り込んでおり、輸出の回復はしばらく期待できそうにない(図表-13)。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

今後の注目点

以上のように、7-9月期の中国経済は米中対立の影響が鮮明となり、輸出、投資、消費の3本柱のいずれも不振だった。輸出(ドルベース)は、米中対立による関税引き上げを背景に7-9月期は前年比0.4%減と前四半期の同1.0%減に続き前年割れとなった。投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)も、米中対立に伴う先行き不透明感から7-9月期は同4.6%増(推定)と前四半期の同5.3%増(推定)を0.7ポイント下回った。さらに、消費の代表指標である小売売上高も、米中対立による株価低迷で自動車販売が落ち込んだことなどから7-9月期は同7.8%増(推定)と前四半期の同8.5%増(推定)を0.7ポイント下回った。

一方、9月単月の景気指標には底打ちの兆しが見られた。9月の小売売上高は前年比7.8増と8月の同7.5%増をやや上回り、自動車販売は19年上半期の2桁前年割れから1桁台にマイナス幅が縮小した(3ページの図表-4)。また、債務圧縮(デレバレッジ)の影響で昨年夏に前年割れとなったインフラ投資も持ち直してきている(5ページの図表-10)。

その背景には中国政府が「反循環調節(景気減速の押し戻し政策)」と呼ばれる景気対策を強化したことがある。8月27日には「流通の発展を加速し消費を促進することに関する意見」を発表し20項目に及ぶ消費拡大策を打ち出し、9月4日には地方政府特別債券の発行とその使用を加速する措置を発表した。また、金融面でも、8月には新たに導入したローンプライムレート(LPR)を貸出基準金利より低めに設定し、9月にはそれをさらに引き下げて貸出金利の低下を促し、9月16日には預金準備率を引き下げて銀行の貸出余力を増やした。

さらに、中国政府が5G推進し始めたため、ITサイクルにも底打ちの兆しが出てきた。18年下半期から前年割れになっていた集積回路(IC)の生産が9月には前年比13.2%増に回復した(4ページの図表-9)。そして、ニッセイ基礎研究所で開発した「景気インデックス」(工業生産、サービス業生産、製造業PMIの3つを合成加工し、月次の景気指標から成長率を推計したもの)を見ても、7月の5.97%、8月の5.99%から9月は6.14%へ回復している(図表-14)。

中国経済,注目点
(画像=ニッセイ基礎研究所)

但し、中国経済の先行きは必ずしも楽観できる状況にはない。米中対立が激化すれば、再び景気を冷やしかねないからだ。10 月10 日~11 日にワシントンで開催された米中閣僚級貿易協議では、中国が米国産農産物の輸入を拡大することや、米国が10月15 日に予定していた対中制裁関税の上乗せを凍結することで合意したものの、米国が12 月15 日に課すとしている対中制裁関税(スマートフォンやノートパソコンなど1600 億ドル相当、関税率15%)は取り下げられなかった。むしろ、米商務省は安全保障上の懸念があるとして中国有力企業を「エンティティー・リスト(EL)」に掲載する動きを加速している。米中対立の行方が引き続き最大の波乱材料となる。

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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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