(本記事は、沢渡 あまね・吉田 裕子の著書『仕事は「徒然草」でうまくいく 〜【超訳】時を超える兼好さんの教え』=技術評論社、2019年9月9日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

ビジネスにも通じる普遍的なメッセージを持つ古典「徒然草」。本稿ではまず、徒然草の内容を吉田氏の「超訳」で紹介します。そのエッセンスを沢渡氏が現代の職場に当てはめた「当世とほほ徒然話」が続くので、徒然草が身近なものに感じられるはずです。学びのまとめには「声に出して読みたい原文」。最後に、吉田氏が歴史や文学の観点から教養的知識を「解説」しています。

衝突や対立は、オトナの対応力で

大人の対応
(画像=Rido/Shutterstock.com)

「徒然草 第三十六段〜久しくおとづれぬ比」の超訳

あ、これは、あ・く・ま・で、人が言っていた話だがな。付き合っている女に会いにも行かず、連絡も怠って「あ、これは絶対怒り心頭だろうなぁ」と気まずさMAXの時に女のほうから何事もなかったように「ちょっと、下男をひとり貸してくれない?」なーんて連絡してきてくれると、助かるもんである。折れてくれる人はありがたい、とその男も言っておったが、わしもじつにそう思う。折れるのは、負けじゃなくて、オトナの余裕じゃろうな。


当世とほほ徒然話

「困ったな。想定外のトラブル続きで、プロジェクトの進捗がいよいよヤバい。隣の高岡さんのところの若手を一人貸してもらえたら、このピンチを乗り切れそうなのだけれど......」

プロジェクトマネージャーのあなた。朝からため息が止まらない。悩むくらいなら高岡に相談してみればいい。わかっているのだが、今回はそうもいかない。なぜなら、先月の部内会議以来、高岡との関係がよろしくないからだ。席上であなたが出した提案を、高岡は頭ごなしに全面否定、あなたはその場でムッとなってしまった。以来、彼とはまともに口を聞いていない。あなた自身、避けているつもりはないのだが、高岡の態度がどうもよそよそしい。

「この状況で、高岡さんに相談を持ちかけるのも、なんだかなぁ....」

窓の外を切なげに見やるあなたを、空はこんなに明るいのに、あなたの心のモヤモヤは晴れそうにない......


業務改善・オフィスコミュニケーション改善士の沢渡です。

組織で生きる以上、人間関係のトラブルはつきもの。衝突や対立を避けようとするあまり、本音を言いにくかったり、改善提案をしにくい組織があります。ズバリ、不健康。だれも意見を主張しない、うわべだけの”仲よし倶楽部”に意味はありません。衝突や対立は、組織の健全な成長に必要な糧。プロジェクトマネジメントの世界には、「コンフリクトマネジメント」という概念があります。コンフリクト(衝突、対立)は、起こるべくして起こるもの。発生させない「コントロール」ではなく、事後の関係修復を含む「マネジメント」をすればいいのです。

問題なのは、衝突しっぱなしの状態です。当事者同士の、その後の人間関係がギクシャクするのみならず、まわりにもいい影響を与えません。特に、部門長やマネージャーやリーダーなど、上に立つ人同士の冷戦状態ほど、はた迷惑なものはない。

「本当は隣の部署の人たちと連携したいんだけれど、上同士が仲が悪いからなぁ......」
「あの取引先に仕事をお願いしたい。ああ、でもあの会社の社長とウチの部長、派手に喧嘩をやらかしてたな......」

部下の無駄な気遣い、忖度、まわり道を次から次に生む。仕事のスピードにも、働く人たちのモチベーションにも影響します。

冒頭のこの状況。あなたから高岡さんに話しかけてみてはいかがでしょう?往々にして、衝突の原因を作ってしまった側の人ほど、過剰に気にしてしまい、その後なかなか相手に気軽に話しかけられず、「ごめんなさい」のひと言が言えないもの。だからこそ、被害者側からきっかけを作るのです。

「悪い。ちょっと今、プロジェクトがヤバくてさ。相談に乗ってほしいんだけれど」

こんな感じで、過去の衝突の件はいっさい触れず、仕事の相談モードでさわやかに声をかけてみては? 仕事の用件は、相手との関係性を修復するための、絶好の大義名分です。大いに利用し、どんどん健全に衝突して、どんどん成長する組織風土を作っていきましょう。


声に出して読みたい原文

我が怠り思ひ知られて、言葉なき心地するに、女の方より「仕丁やある、ひとり」など言ひおこせたるこそ、ありがたくうれしけれ。

 (訳)自分の側の怠慢が思い知られて、何と言っていいかわからない状況で、女から「下僕は余っていますか。いたら一人貸してください」などと言ってくるのは、まれな幸運で、うれしいことだ。


解説

国語講師の吉田です。

『徒然草』のおもしろいところに、法師である兼好の語る恋愛ネタが妙にリアリティがある点が挙げられます。このケンカ話の段も、友人の意見であると弁明していますが、「本人の実体験?」と思わずにはいられません。

なお、『徒然草』全体を通して、兼好は女に手厳しいです。

女性の本性は皆、ゆがんでいるのだ。(一〇七段)

どんな女でも、朝晩ずっとそばで見ていたら、大変気に食わないもので、嫌になるに違いない。(一九〇段)

――若かりし頃に、何か嫌なことがあったのでしょうか?(苦笑)

ただ、一方でこうも書いています。

別々に住み、時々ともに過ごす夫婦生活なら、年月を経てもいい関係でいられるだろう。ふらっと男がやって来て泊まっていくのは、きっと新鮮なときめきがあるに違いない。(一九〇段)

所帯じみることなく、ずっと恋人気分を味わいたい。兼好はそんなロマンチストの感性を持っていたのかもしれません。そうして恋や女性を美化し深く憧れているからこそ、理想を叶えてくれない現実の女性に手厳しくなってしまったのかも....?

女性の私としては、女性にいろいろ期待する前に、まず兼好にいい男であってほしいと思いますけどね。相手にオトナの対応を期待するなら、まず自分がオトナにならなくては、ね。

仕事は「徒然草」でうまくいく
沢渡 あまね(さわたり・あまね)
1975年生まれ。あまねキャリア工房代表。株式会社なないろのはな取締役。業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。
日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社などを経て(経験職種は情報システムネットワークソリューション事業部、広報など)、2014年秋より現業。複数の企業で働き方改革、組織活性、インターナルコミュニケーション活性の企画運営支援・講演・執筆などを行う。NTTデータではITサービスマネージャーとして社内外のサービスデスクやヘルプデスクの立ち上げ・運用・改善やビジネスプロセスアウトソーシングも手がける。
著書に『職場の問題地図』『仕事の問題地図』『働き方の問題地図』『システムの問題地図』『マネージャーの問題地図』『職場の問題かるた』『業務デザインの発想法』『仕事ごっこ』(技術評論社)『新人ガールITIL使って業務プロセス改善します!』『 運用☆ちゃんと学ぶシステム運用の基本』(C&R研究所)などがある。趣味はダムめぐり。
好きな徒然草の段は、第五十二段。
吉田 裕子(よしだ・ゆうこ)
1985年生まれ。国語講師。東京大学教養学部超域文化科学科を卒業後、大手学習塾や私立高校で講師経験を積み現在は都内の大学受験塾で現代文・古文・漢文を教えるほか企、業研修にも登壇し、文章力や言葉遣い、リベラルアーツ・教養としての古典文学を指導している。カルチャースクールや公民館での講座では、6歳から90代まで幅広い世代から支持される。
NHK Eテレ「ニューベンゼミ」など、テレビやラジオ、雑誌でも幅広く活躍中。著書に、『心の羅針盤をつくる「徒然草」兼好が教える人生の流儀 (徳間書店)、『イラストでわかる超訳百人一首』(KADOKAWA)、『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)、『たった一言で印象が変わる大人の日本語100』(ちくま新書)など多数。
趣味は和の習い事と通信制大学での学習(現在は三つめの通信制、武蔵野美術大学で日本画を学んでいる)。
好きな徒然草の段は、第三十九段。

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