(本記事は、沢渡 あまね・吉田 裕子の著書『仕事は「徒然草」でうまくいく 〜【超訳】時を超える兼好さんの教え』=技術評論社、2019年9月9日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

ビジネスにも通じる普遍的なメッセージを持つ古典「徒然草」。本稿ではまず、徒然草の内容を吉田氏の「超訳」で紹介します。そのエッセンスを沢渡氏が現代の職場に当てはめた「当世とほほ徒然話」が続くので、徒然草が身近なものに感じられるはずです。学びのまとめには「声に出して読みたい原文」。最後に、吉田氏が歴史や文学の観点から教養的知識を「解説」しています。

肩書き依存のリスク

肩書き
(画像=serpeblu/Shutterstock.com)

「徒然草 第八十六段〜惟継中納言は」の超訳

中納言の平惟継は賢いお人じゃ。仏道修行にも熱心での、
円伊という坊さんを師匠と仰いでおった。
円伊は寺法師、かの名刹・三井寺の法師であったが、
一三一九年に三井寺が焼き討ちにあってしもうた。
誇りの寺が燃えてしまって気落ちしておった円伊に対し、惟継は、
「これまでは『寺法師』とお呼びしてきたが、今後は単に『法師』としましょう」
と励ましたんじゃ。気の利いた声のかけ方じゃろ?


当世とほほ徒然話

知人の誘いで、何の気なしに参加した異業種交流会。業界問わず、新たなビジネスを立ち上げた人たちがショートスピーチをし、その後に立食形式で懇親を深める場なのだという。どうもこの手の場は居心地が悪い。共通の話題のない相手との名刺交換も、正直気が進まない。

トップバッターはシニアの男性。企業を定年で退職後、個人でコンサルタント業を始めたという。大企業での新事業立ち上げ、そこから転職して複数の外資系企業の本部長経験。有名企業の名前をドヤ顔で連ねる。聞く限り、眩しすぎる経歴だ。

ひととおりのスピーチが終わり、懇親タイム。皿に盛ったビュッフェの料理に箸をつけようとした時、その男性が近づいてきた。名刺を片手に、話しかけられる。

「何かお仕事はないでしょうか?いい案件があれば、ぜひ紹介してください」

あらら、先ほどの堂々とした姿勢はどこへやら?一転して弱気な態度。そのギャップに思わず言葉を失う。いきなり「いい仕事」「いい案件」と言われても……。そもそもあなたが何をできる人なのかまったくわかっていませんし、知る気もないです。


業務改善・オフィスコミュニケーション改善士の沢渡です。

中途採用の面接で、「あなたは何ができますか?」と候補者に尋ねたところ、「部長ができます」と返ってきて困った。

ある企業の採用担当者の言葉です。人生100年時代。60歳リタイアは過去の夢物語になりつつある昨今、シニア人材の転職や再雇用が増えてきています。一方、何ができるのかわからない、スキルがない、自分の経験や残してきた実績を語れない「残念なシニア」も少なくありません。

「有名企業に勤めていた」「部長をしていた」

これらは、肩書きでしかありません。残念ながら、環境が変われば肩書きでは評価してもらえません。会社の看板や肩書きがなくなった時、あなたは何ができますか?

環境が変わっても通用するスキルを身につけ、実績を残す。
説明可能な自分を作る。

環境が変わっても活躍しているシニアは、それをやっています。

また会社側は、どこへいっても通用する人材を育成していきたいものです。それが、魅力ある人材を引き寄せ、ひいてはあなたの組織の価値を高めます。


声に出して読みたい原文

御坊をば寺法師とこそ申しつれど、
寺はなければ、今よりは法師とこそ申さめ。

 (訳)あなたをこれまで「寺法師」とお呼びしていたが、寺は焼失したので、今後は単に「法師」と申しましょう。


解説

国語講師の吉田です。

三井寺は、園城寺とも呼ばれている滋賀県大津市のお寺です。天武天皇(?〜六八六年)が、「園城寺」と名付けるなど、歴史のある名刹で、今でいえば、TOYOTAのような、だれもが知る老舗の大企業です。

この三井寺が、長年のライバル・延暦寺の宗徒に燃やされてしまったのが今回の事件です。建物や寺宝の多くが燃え、円伊を含め、三井寺の面々はさぞ傷ついていたことでしょう。そんな円伊に対し、惟継は一種のしゃれを言ったのです。

軽口のようですが、「三井寺の法師である」ことに強くプライドを持っていた円伊に対し、「三井寺の法師である前に、一人の法師である」と、根本的なアイデンティティを自覚させた、深い声かけだと見ることもできます。

私ももう少し若い頃、三大予備校などと呼ばれる大手予備校の講師になることに憧れた時期がありました。自己紹介をする時にも、「S台やK塾のような大手ではないんですが」と卑屈に言っていました(笑)。でも、今はそもそも国語講師であることに強い誇りを持っています。大手予備校に入るよりも、今いるところを大きくすることに関心があります。八十六段は、そうした誇りの根幹を再認識させてくれます。

仕事は「徒然草」でうまくいく
沢渡 あまね(さわたり・あまね)
1975年生まれ。あまねキャリア工房代表。株式会社なないろのはな取締役。業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。
日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社などを経て(経験職種は情報システムネットワークソリューション事業部、広報など)、2014年秋より現業。複数の企業で働き方改革、組織活性、インターナルコミュニケーション活性の企画運営支援・講演・執筆などを行う。NTTデータではITサービスマネージャーとして社内外のサービスデスクやヘルプデスクの立ち上げ・運用・改善やビジネスプロセスアウトソーシングも手がける。
著書に『職場の問題地図』『仕事の問題地図』『働き方の問題地図』『システムの問題地図』『マネージャーの問題地図』『職場の問題かるた』『業務デザインの発想法』『仕事ごっこ』(技術評論社)『新人ガールITIL使って業務プロセス改善します!』『 運用☆ちゃんと学ぶシステム運用の基本』(C&R研究所)などがある。趣味はダムめぐり。
好きな徒然草の段は、第五十二段。
吉田 裕子(よしだ・ゆうこ)
1985年生まれ。国語講師。東京大学教養学部超域文化科学科を卒業後、大手学習塾や私立高校で講師経験を積み現在は都内の大学受験塾で現代文・古文・漢文を教えるほか企、業研修にも登壇し、文章力や言葉遣い、リベラルアーツ・教養としての古典文学を指導している。カルチャースクールや公民館での講座では、6歳から90代まで幅広い世代から支持される。
NHK Eテレ「ニューベンゼミ」など、テレビやラジオ、雑誌でも幅広く活躍中。著書に、『心の羅針盤をつくる「徒然草」兼好が教える人生の流儀 (徳間書店)、『イラストでわかる超訳百人一首』(KADOKAWA)、『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)、『たった一言で印象が変わる大人の日本語100』(ちくま新書)など多数。
趣味は和の習い事と通信制大学での学習(現在は三つめの通信制、武蔵野美術大学で日本画を学んでいる)。
好きな徒然草の段は、第三十九段。

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