(本記事は、高橋 聡氏の著書『起業するより会社は買いなさい サラリーマン・中小企業のためのミニM&Aのススメ』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)

M&A
(画像=PIXTA)

なぜいままで小規模M&Aがなかったか

規模の小さな会社がなかなかM&Aの対象にならなかった理由は、はっきりしています。M&Aにかかる取引のコストが高すぎるからです。

いままでは、M&Aの仲介会社にかなりの額の仲介料を払わないと「会社を売る」ことも「会社を買う」こともできませんでした。仲介業者は、M&Aを行うときに相談する専門家で、都内ではM&A仲介専門会社が複数ありますが、地方では一部の公認会計士事務所、税理士事務所、金融機関などがその役を担っています。

仲介会社は会社の買い手候補をリストにしていて、M&Aの相談を受けると、その中から買ってくれそうな相手に一件一件打診し、最終的には3〜5社程度に買い手候補を絞って交渉します。

誰もが買いたくなるような会社であれば買い手探しにさほど時間はかかりませんが、赤字や債務超過などの業績の厳しい会社や、市場の小さなニッチな会社の買い手探しは簡単ではありません。一般的に3ヵ月から6ヵ月ほど買い手探しに時間をかけると言われていますが、難しい場合はより多くの買い手候補にあたる必要があり、場合によっては数年にわたって買い手を探しつづけることもあるようです。このように専門家の仕事はかなり長期に及ぶことがあり、しかも彼らの手数料は「成果報酬」とされているため、M&Aが成約するまで報酬を受け取ることができません。

専門家もボランティアではありませんから、どうしても成約時に多額の手数料が見込め、かつ確実に成約が見込める条件の良い大きな案件の扱いに限られてしまうのが現実です。

最近、小規模M&Aを行う環境が整いつつあるため、専門家の手数料は徐々に下がってきてはいますが、それでも大手のM&A仲介会社の手数料は最低2000万円程度で、売り手と買い手の双方がそれぞれこの金額を支払います。それだけの手数料を払わなければ、M&Aはできないのです。

この額は中小企業M&Aの手数料のケースで、日経新聞などで報じられる大手企業ではさらに一桁、二桁上の手数料になりますから、いかにM&Aにおカネがかかるかわかります。

会社の売買金額が数百万円から数千万円という中小企業や個人事業では、専門家のコストのほうが高くなってしまうため、取り扱う専門家がいないというのが現実でした。

この買い手探しのプロセスをいま、ネット経由に置き換える動きが広がっています。

まず売り手側が会社情報をインターネットに掲載します。会社情報と言っても、業種、大まかな所在地、会社規模、ビジネスの概要説明など会社が特定できない大まかなものだけです。会社を売っているという情報が世の中に流れてしまっては大変なことになりますから、あくまでも特定されない情報に限っています。

これらの情報は「ノンネーム」と呼ばれ、M&A専門家が買い手候補に提供している情報とほぼ同じものです。

専門家が一件一件買い手を探したうえで提供していた情報を、ネットを利用して広く提供できるようになったため、一気に多くの買い手が集まる仕組みができあがったのです。買い手候補を募集するのにかかっていた期間も、3〜6ヵ月かかっていたのが10日程度に短縮されました。

ネットを活用したM&Aのもうひとつの利点は、仲介会社のリストには出てこない、まったく別の業種や別の地域の個人や会社が「買い手」として手を挙げられるようになったことです。これにより買い手候補の数が圧倒的に増えたのです。

具体的な事例で説明しましょう。

長野にある、創業40年ほどの温泉旅館の買い手候補となったのは、東京の病院(クリニック)でした。

この病院は東京で人間ドックのサービスを提供しているのですが、コスト競争によって単価の引き下げを余儀なくされ、なかなか採算が取れなくなってきていたそうです。そこで、クリニックの院長は温泉旅館併設の高級人間ドックサロンの開設を考えました。

元の温泉旅館では、客単価は一泊8000円程度でしたが、人間ドックが行える温泉併設高級サロンに変えることで客単価を一気に上げることが可能で、旅館経営の課題である平日の空室率も改善します。

このように、まったく別の地域、まったく別の業種による買い手探しは、専門家に任せていてはなかなか実現できません。買い手本人が自らその情報をもとに発想することができてはじめてこのような結びつきが生まれるのです。

M&Aにかかるコストが下がり、買い手の候補となる企業の数が増えたことで小規模M&Aが実行できる環境が整いつつあります。高齢になった経営者の多くが自社に価値を見出せずに廃業するなか、買い手となる個人や中小企業がその事業に新たな価値を見出し、事業を引き継ぐことが可能になったのです。

起業するより会社は買いなさい サラリーマン・中小企業のためのミニM&Aのススメ
高橋 聡
長野県長野市出身、長野高等学校卒業。デュポール大学(アメリカ・シカゴ)情報システム学科卒業、2001年 アクセンチュア株式会社に入社。通信販売大手の業績管理システムの構築、政府機関の業務基幹システムの構築、大手メーカーのグローバルSCMの推進などのプロジェクトに従事。
2005年アスク工業株式会社に入社。経営戦略室室長、取締役常務を経て2010年代表取締役社長に就任。
中小企業の事業承継問題を解決するため、日本初のユーザー投稿型M&Aマッチングサービス「TRANBI」を開発。「TRANBI」のサービス向上の為、2016年株式会社トランビを設立し、代表取締役に就任。同社のユーザー数は2019年に3万人を突破した。著書に『会社は、廃業せずに売りなさい』(実業之日本社)がある。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます