(本記事は、伊藤丈恭の著書『(無)意識のすゝめ』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)

飽きることは大事

飽きる
(画像=miya227/Shutterstock)

興味を保つためにゲーム性を持ち続ける。

飽きることは大事なんです。同時に、飽きるだけでも意味がありません。すべての文化や技術の歴史は、飽きることと、「なにかもっといい方法はないか?」「もっと面白くできないか?」という欲求をセットで考えられる先人がいて、彼らの工夫や改良によって更新されてきたと言ってもいいほどです。

真面目な人、忍耐力のある人は仕事や練習を飽きても続けますよね。その姿は社会人として立派ですし、飽きたら放り投げてそのままにしてしまう人よりずっと尊敬すべきなのですが、あいにくその先には進んでいけない欠点があります。

飽きたら、やめる。それでも続ける。飽きないよう工夫する。この三択からどれを選ぶかに、その人の生き方や性格が集約されているのかもしれません。

僕が自分の開講するクラスで教えている「アイゼ・アプローチ」が、スタニスラフスキー・システムやメソッド演技をベースにしつつ実質はほぼ変えた練習法なのは、これまでもお話してきた通りです。

正直に言えば、これも飽きてきた結果なんです。

僕自身が飽きっぽい性格なので、生徒を指導していてだんだん苦痛になってきたんです。(ああ、今日も昨日と同じカリキュラムをまたやるのか……)と溜息をつくようになってきた。一人でやっていることなら、さっさとやめてしまっていたかもしれませんが、生徒がいるのにそうは言っていられません。

どうしたものかと悩んでいるうち、自分も「やらなくてはいけない」ルールに縛られていたことに気付いたんです。

飽きないようにするには練習法を工夫して、自分自身にも新鮮な発見があるようにすればいい。そうやって一つアレンジしてみたら、生徒にも良い効果があって面白い。じゃあこれも、これも……となってからはずっと練習が楽しいです。もとの理論からずいぶん変わったのは、その結果なんです。

それで「アイゼ・アプローチ」も、改良し始めた当初と比べたら、今のほうがかなり簡単な練習法になっています。

スタニスラフスキー・システムやメソッド演技の内容をそのまま実践するのは、実は難しい作業です。演劇や映画の世界の高みに君臨している理論ですから、やっているとかなり充実した気分にはなれるのですが、本当はまだできていなくてもやれた気分になってしまうところが怖い。

「アイゼ・アプローチ」は実践しやすいです。すぐできるけど、これのどこが演技の練習につながるんだろう?と気付かれにくいところまで分解しています。ベイビー・ステップといって、小さく分解した練習を急がず何度も繰り返します。トップアスリートほど上腕や下半身のトレーニング、ストレッチなどと細かく練習メニューを分けているのと同じだと思ってください。

この章では、まず集中すればリラックスできるとお伝えし、その集中のために昔の記憶を思い出したり、目の前の対象に興味を持ったりする方法を紹介してきました。

試してもらっている間、(ああ、私は今集中できている)(いい感じで集中しているぞ)という手応えはありましたか?なかったとしたら、いい傾向です。集中という言葉を忘れれば忘れるほど、あなたの集中力は高まっています。

せっかくなので、集中という言葉を忘れたら仕事の効率が上がったという二人のビジネスパーソンのお話を章の最後に添えておきます。

先日、あるメーカーの営業マンの知人に、お礼を言われました。

外回りの多い彼の悩みは、最近営業の仕事の他に商品企画の仕事を任されたことです。

定期的に多くのお客を訪問する営業の仕事の量は以前と変わらないので、企画の仕事は外回りが終わった夜にやっていたのですが、それでは時間が足りません。

そこで外回りの時もパソコンを持ち歩き、企画書などの文書は移動中の電車、駅のホームの椅子、喫茶店などで書くことにしたそうです。しかし、これだとどうしても作業の時間が三十分、十分とぶつ切りになり、思うように進みません。焦るとますます電車の走行音、駅のホームの放送、周りの会話などが耳に入ってきて、気が散って仕方がない。企画書を作成する時に集中力を発揮できるサプリメントがあれば、数万円出しても買いたいくらいに思っていたそうです。

そんな時に彼は僕の話を聞いて、試しにすべてを受け入れてみました。

「俺は焦っている、次のアポがあるので時間がない、仕方ないじゃないか!」と自覚し、諦め、周囲の物音をシャットアウトしようとするのもやめた。十分以内で企画書をまとめるなんて土台無理な話だったんだということにも気付き、自分の状況を受けいれると、めっきり、パソコンのキーボードを打つスピートが早まったそうです。

「あれだけ企画書の作成に集中するのに骨が折れていたのに、雑念を受け入れるようになったらだいぶ違ってきましたよ。よし書くぞ!と気合を入れると一行も書けなかったのに、どうせ今日中には無理だ、と諦めていると何行も書けているんです」

もう一人は、たまに会う友人の女性です。

語学を活かしてビジネス関係の翻訳をしている才媛なのに、集中力に欠けていて仕事のミスが多いのが長年のコンプレックスという人でした。彼女を見ていると集中力がないわけではなく、本来かなりできるため、いつも同時にあれもこれもやり過ぎようとしているんです。自分に課すタスクが多いというのか。

そこで、「アイ・ウォント アイ・ドゥ」という練習法を彼女に教えました。俳優は時々、話している台詞や行動と内面の意識がずれ、バラバラになって戻らなくなってしまうことがあります。そんな時に外と中を一致させる練習です。

「俺は足音を立てないよう部屋に入る。カーテンを閉めたままの部屋は外の陽光との落差で余計に暗く、俺はしばらく目を凝らして様子を見る。奥に誰かがいた。気付いた俺は咄嗟に身構え『誰だ?』と聞く」

こんな具合に、行動を口に出していくんです。ホームの駅員が指差し確認しているのと同じです。

ふだんは演劇にも演技にも特に興味のない女性なんですが、僕のこの話だけはピンと来るものがあったらしく、「今日は午前中のうちに○○さんに連絡して来週のスケジュールを決め、午後は十四時から○○社で来賓の通訳。夜は○○で会食……」などと、予定を声に出して確認することをさっそく実践し始めました。

しばらくすると、連絡をし忘れるなどの小さなミスがかなり減っていたことに気付いたそうです。

「伊藤さんありがとう。おかげで私、頭が良くなってきた!」

もともといいじゃないか、とは言いませんでした。彼女ほど優秀な人でも仕事の悩みはあるし、そんな人ほど、声に出して自分の行動を確認するようなシンプルな練習法が効果的なのかもしれない、と気付かされたものです。

(無)意識のすゝめ
伊藤丈恭(いとう・たけやす)
演技トレーナー。1967年生まれ。大阪出身。19歳より、故・吉沢京夫よりスタニスラフスキー・システム、ゼン・ヒラノ氏よりメソッド演技、マイケル・チェーホフ・テクニークを学ぶ。吉本興業沖縄ラフ&ピース専門学校演技コース講師。メンサ会員。現在、アイゼ演技ワークショップを東京・渋谷近郊で開講中。参加者は延べ10万人を超える(2019年5月現在)。『プレゼン・緊張解消クラス(一般の方が対象)』も開講中。
アイゼ演技ワークショップHP:https://aize.tokyo/

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