(本記事は、伊藤丈恭の著書『(無)意識のすゝめ』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)

「緊張してどうするの?」

緊張
(画像=fizkes/Shutterstock)

「ジブリッシュ」は、どうして言葉はメチャクチャ、適当でいいのかさえ考えず、本当に無為な遊びのつもりでやってほしい練習法です。そうなると無意識が自然と、楽しいほうに向かって動く状態になるので。

僕も今ここで、何のプランも考えもなく、インチキ外国語で話し続けてみましょう。

やっているうちに、ドイツ語っぽさが気持ちよくなり、ふざけたくなってきました。外国の俳優の演技のように、さらに抑揚を付けて続けます。

「ハイヒライツメンツェ、ステイライハー!」

適当なドイツ語らしさに乗って調子よく遊んでいると、戦争映画に出てくるドイツ軍の司令部にいるような気分になってきました。自分はそこで熱弁を振るい、高揚しているエリート将校です。そうなると尊大で大仰な調子が、独りでにますます乗ってくる。

もちろん錯覚ですが、この全身に包まれたような錯覚が楽しい。何より、いつかテレビの洋画劇場で見たものの、それについて考えたことなど人生のなかで一度もなかった、まさに無意識の奥底にあったドイツ軍の司令部の光景が、感情とともにブワッと蘇ってくるのが新鮮です。

小さな子どもは、まさに日常の延長で仮面ライダーごっこ、ウルトラマンごっこをいきなり始めます。エイッ、トウッと見事になりきって没入する姿を見ているのは可愛いし面白いし、極端に言えば、全能感に近い気分をどっぷりと味わっている様にはある種の感動と戦慄さえ覚えます。

この、ごっこ遊びを追体験してほしいのです。大人が仮面ライダーごっこをすれば決まったヒーローに近づけよう、決まり台詞を上手くやろうなどの理性が働くので、設定も感情もキャラクターも何も考えないメチャクチャ言葉、インチキ外国語のほうがいいわけです。

これが「今度はドイツ軍の将校を演じる。『ジブリッシュ』でそれふうにやってみよう」という順番になると、急に味気なくなります。思考のスイッチ、真面目のスイッチが入ってしまうので。

日常では気軽に「ジブリッシュ」ができているが、いざやろうと思うとなると上手くできない、と訴えてくる生徒もいますが、これは、感じたい、楽しみたい、成功したいという欲があるからで、その欲は理性です。

「ジブリッシュ」は、やっていて楽しくなるのなら良いけれど、楽しもうと思って始めると効果が薄れてしまう練習法です。

ここは少しややこしくて、説明が必要ですね。

「ジブリッシュ」は、何も整理せず、無意識に口から言葉が出るに任せることで緊張をとり、感性を伸び伸びとリラックスした状態に持っていくための誘導法です。しかしそれが上手くいくと、もっと面白くやりたい、「ジブリッシュ」そのものを磨きたいと思うようになりがちです。この気持ちが、無意識の邪魔をしてしまうんです。

そうならないために、これっぽっちも楽しくならないように、楽しくなる感情はゼロを基準にしてやってください。「ジブリッシュ」で楽しもうとしてなる楽しい気持ちはニセモノで、勝手に引き出されてくる気持ちのほうが本物です。

僕が「ジブリッシュ」をやっていても、インスピレーションみたいなものがやってきたとして、それが本物なのか、無理やり呼び起こしたニセのインスピレーションなのかはすぐには分かりません。さっきのドイツ軍司令部の場合、無意識から勝手にやってきたイメージならアリですが、少し無理をして押し出してきたものなら、「ほしがっている」という邪魔が備わっています。この差が分かりにくいのは確かです。

その時に僕がどうしているかというと、(俺なんかにすぐインスピレーションが来るわけがない)と無視します。わざとスルーさせるんです。ほしがらないでいると、本物が来るんですよ。

これはもう、悟りに近いのかもしれません。成功したいなら成功したいと思わない。緊張をとりたいなら緊張をとろうと思わない。でも、これが一番の得策なんです。

本音を言うと僕は、緊張をとる方法を絶対に会得してほしいとまでは思っていません。

緊張って、それほど必死になってとらなくてはいけないものでしょうか。

僕は、緊張していることが人にバレたっていいや、と思っているんです。だって、緊張している相手を「緊張しているから」という理由で嫌いになる人なんていないでしょう?

歌舞伎俳優の十一代目市川海老蔵さんはかつて、「緊張してどうすんの?」と言ったそうです。この言葉を聞いた時は目からウロコが落ちる思いでした。確かにそこまで大事な問題ではない、という考え方はある。隠す必要があるほどのことか?と考えればはるかに楽になれるんです。

図1
(画像=(無)意識のすゝめ)

もしもあなたが営業マンで、熱意はあるのにどうしても飛び込み先で、時候の挨拶や雑談からスムーズに切り出していくのに慣れない……と悩んでいるのなら、いきなり本題から入ってしまっていい。常識に沿ってセールス・トークを器用にこなせる自分を諦めて、ゼロにするんです。

少なくとも自分のペースはスタートから守れます。

それにゼロにすれば、商品知識は頭に入っているから本題にさえ入ればきちんと説明はできるんだけどなあ、と惜しく思っていた要素を点数として一気に加点することができます。その点数は意外と高いかもしれません。自分で自分の積み上げてきた点数をきちんと評価できるようになれば、自然と気持ちは楽しい方向に向かってくれます。

無意識の領域が九割を占める自分の心は、土台、無理をして頑張らなくてはと思う意識の言うことはあまり聞いてくれません。だから、緊張しない自分になりたいと願えば願うほど、頑張ること、我慢することから離れて、緊張を忘れるほど楽しいことに心を向けたほうがいい。

この考えは、僕自身も最近になってやっと固まってきたものです。二冊の本『緊張をとる』『集中力のひみつ』では、テーマの核心に近づくほどリラックスできる方法など別の話題を選びました。わざと違う話でカモフラージュして気を逸らせ、読者を身構えさせないほうがストンと入ってくる、このほうが大きな効果があるなと書きながら自分でも気付いたんです。まさに、心は直接操作はできないが誘導はできる、です。

(無)意識のすゝめ
伊藤丈恭(いとう・たけやす)
演技トレーナー。1967年生まれ。大阪出身。19歳より、故・吉沢京夫よりスタニスラフスキー・システム、ゼン・ヒラノ氏よりメソッド演技、マイケル・チェーホフ・テクニークを学ぶ。吉本興業沖縄ラフ&ピース専門学校演技コース講師。メンサ会員。現在、アイゼ演技ワークショップを東京・渋谷近郊で開講中。参加者は延べ10万人を超える(2019年5月現在)。『プレゼン・緊張解消クラス(一般の方が対象)』も開講中。
アイゼ演技ワークショップHP:https://aize.tokyo/

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